「生きていてよかった」ラグビー元代表が薬物逮捕の男を案じたワケ | FRIDAYデジタル

「生きていてよかった」ラグビー元代表が薬物逮捕の男を案じたワケ

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昨年のラグビーW杯の盛り上がりが冷めない2020年1月12日、トップリーグ開幕戦で日野レッドドルフィンズの主将として先頭でピッチに入る村田毅(右から2人目)
昨年のラグビーW杯の盛り上がりが冷めない2020年1月12日、トップリーグ開幕戦で日野レッドドルフィンズの主将として先頭でピッチに入る村田毅(右から2人目)

ジャパンラグビートップリーグは9月9日、選手の社会的責任を理解し、実践するための教育機会として、新人研修会を実施した。その中では例年、「コンプライアンス概論」として独立した講義が組まれているが、今年に関しては3月に日野に在籍していた外国人選手が薬物使用で逮捕されたこととも無関係ではないだろう。

日野自動車は即座に無期限の活動自粛を発表したものの、当該選手が精神疾患に悩んでいたことは後日、判明した。当時チームの主将だった元日本代表の村田毅は「これだけ人に迷惑をかけておいて」と断りを入れながら、命が絶たれなかったことへの安堵も隠さない。再発防止のために、村田はある行動に出た。

薬物を使用するような人間ではなかった

悪い知らせは突然やってくる。日野自動車が持つ日野レッドドルフィンズの主将、村田毅がそう感じたのは、国内トップリーグが中断していた2020年3月4日のことだったか。

自由時間の運転中、自身のスマートフォンにメールが来ているのに気付いた。助手席の妻に読み上げもらうと、衝撃的な内容に呆然とした。

同僚でニュージーランド出身のジョエル・エバーソンが、東京は六本木でコカインを使って捕まったというのだ。

「(エバーソンは)もしチーム全員に『このなかで1人、薬物を使用しています。誰でしょう』と聞いても、誰もそいつのことを指さないような奴だった。その意味での驚きもありました。それに、いままで他のチームで起きて客観的に見ていたような事件がいきなり自分の身に降りかかってくると、色々整理するのに時間がかかって…」

日野は多くの移籍選手を集めていた。元日本代表でNECにいた村田もその1人だったが、2018年に主将となってからは「日野らしさとは何か」と部員に問いかけ。「寄せ集め」の雰囲気がなくなりつつあることに、手ごたえを掴みかけていた。ところが今度の件で、「結局、(自分の取り組みは)意味なかったのかな…」と途方に暮れた。

まもなく活動自粛を余儀なくされ、チームの存続可否も気がかりになった。「(関係者とは)誰とも連絡が取れない。連絡が取れてもいい情報も入ってこない」なか、「人と話しても、こればっかりは会社の判断だからコントロールできないよなぁ、という結論になるんです」。不安を解消する術は、見つからなかった。

先が見えないながらもできたことは、チームの同僚と対話することだった。エバーソンが夜の街を出歩いたあの日、「きょうは家で食事をしないか」と気軽に誘える同僚がいたら未来が変わっていたのではと思った。

かねてエバーソンが精神の病に悩んでいて、それを村田は後になって間接的に知った。だからこそ、実感を込めて言うのだった。

「これだけ人に迷惑をかけておいてよかったと思ってはいけないんですけど、彼が命を絶たなくてよかったな、生きていてよかったな、とは思いました」

それは決して、大げさな話ではなかった。あくまで一般論だが、気持ちの落ち込みの激しい病にかかった人が突発的に死を選んでしまうケースもなくはない。ラグビー界の文脈とは無関係ではあるが、コロナ禍のこの春から夏にかけ、木村花さん、三浦春馬さんといった著名人が命を絶ったニュースも世間を悲しませていた。

村田は、あくまで自分たちの業界の話として続ける。

「表に出ていないだけで、ギリギリのところで踏みとどまった選手は他にもいたかもしれない。そう思うと、これからそうやってチームメイトとつながりあう部分が大事になると思いました」

チームメートとどこまでつながり合うか

元同僚の過ちをきっかけに、心と身体の健康の大切さも再確認したであろう日野のフィフティーン。その中核にいる村田は現在、主将を退いて「チームブランディングリーダー」なる役職に就く。先頭集団を引っ張る仕事は仲間に任せ、チーム文化の醸成に本腰を入れる。

薬物トラブルの再発防止へも、選手サイドでのできることをしてゆく。

「事件の2日後くらいに、英語の塾に申し込んだんです。それから3か月くらい、ひたすら英語学習をしてきました。チームメイトが家族だと言っておきながら(エバーソンとは)ラグビーの話しかできない関係性でしかなく、心に寄り添える相談ができなかった。それって、僕が英語を話せなかったことも理由のひとつ…と。

あと、これからラグビーをしていくなかでも英語は常に隣り合わせ。たくさん入ってくる外国人選手が日本語を完璧に話せるようになるのを待つより、こっちが喋れるようになるほうがいい。…今回、学んだことは他のチームにも伝えて、ラグビー界、スポーツ界に展開して、二度とこういうことが起きないようにしていく。それが(事件を)経験してきたチームの義務だと思う部分もあります」

世界では新型コロナウイルスの感染が拡がるなか、中断が延びていたトップリーグは全6節限りで中止となった。いまはどのチームも、2021年1月の新シーズン開幕を信じる。

日野も5月1日に選手のSNS利用の規制を緩め、7月6日には本格的に活動再開。感染症対策のため、少人数グループに分かれてのトレーニングを組む。時計の針を進める。

「普通にグラウンドを使えることが、普通じゃない。コロナの影響でそう感じている人もいると思いますが、僕らの場合は(事件と併せて)ダブルパンチを食らっているので。トレーニングではかなり走り込んでいてなかなかハードですが、やらせてもらっていることへの感謝が強い。それが、いままでとは違うモチベーションになっています」

未来は予測不可能なものだ。今回のことがあったからといって、今後はもう何事も起きないと言い切ることも誰にもできない。それでも今回のことを忘れずにいることは、村田の努力次第でできる。

  • 取材・文向風見也

    スポーツライター 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

  • 撮影松本かおり

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