頑張っても報われない韓国の若者が共感した、ある漫画の中身

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閉塞的な格差社会で生まれた“自分らしく生きる努力”とは?

韓国では、これまで当たり前とされてきた価値観に辟易とする空気が流れ始めている。格差社会を風刺的に描いた『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を席巻したのは記憶に新しいところだ。 

生き方に悩み、自分と向き合う様子を描いた『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(ホン・ファジョン著/大和書房)といったイラストエッセイなども20代を中心に広く読まれ、「心が軽くなった」「無理して頑張らなくてもいいんだ」と共感の声が寄せられている。 

韓国の若者たちが強いられる“頑張り”の要因とは何か。韓国在住で『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』の日本語版訳者である藤田麗子さんに、隣国の今を聞いた。

『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(ホン・ファジョン著)より

進学、就職、結婚。そのすべてに立ちふさがる「格差」の厚い壁

『パラサイト 半地下の家族』のキーパーソンは大学受験に失敗し続ける主人公と、美大を目指すが塾に通うお金がない妹だった。韓国の受験戦争の実態とは、どんなものなのだろうか。

「大学進学率は70%程度と非常に高く、家計の中では教育費が大きな割合を占めています。高校は受験のない一般校に進む人が多いですが、その中にも名門校があって、学区内に住んでいないと入学できません。そのため、裕福な人たちは子どものために、名門校の多いソウルの江南地区に引っ越すことも珍しくありません。韓国には生まれた家の階級によって人生が決まるという意味の“金のスプーン、土のスプーン”という言葉があり、“金のスプーンをくわえて生まれてこない以上、人生逆転は難しい”と考えられています」(藤田麗子さん 以下同)

いい高校に入らなければいい大学には行けない。そして厳しい受験戦争に打ち勝ったあとは、過酷な就職戦争が待っている。

「成績がいいのは大前提で、留学経験や語学の資格、受賞歴などといったスペックを積むことが重要になります。英語は小学3年生から必修科目で、第二外国語を取り入れているところも。また、韓国人は整形が多いと言われますが、男女問わず見た目がいい方が就職に有利だという理由で手術を受ける人もいます」

そこまでして入った会社では、生き残りをかけた戦いが始まる。肩たたきも早く、40代で放り出されることも少なくないという。既に窒息しそうだが、結婚はどうなのだろう。なんかこう、バラ色っぽい話はないのか?

「婚姻率は年々下がり続けています。出生率は日本より低く、1を割り込んでゼロ台です。今は少し変わってきたけれど、結婚をする時には男性側が新居を準備するのが一般的。ソウルに住むのが勝ち組といわれるものの、マンションは数千万から数億円以上と高く、賃貸でも敷金的なものが数百万〜数千万円もします。実家が裕福だとか高給取りでないかぎり、新婚の男性が用意するのは難しい金額です。

親にウケがいい職業は弁護士や医師など“士/師(し)”がつく職業。マッサージ屋さんで噂好きな施術者から “誰々さん、結婚するらしいんだけど、お相手は〝し〟がつかないのよね〜”なんていう話を聞いたことも。別にいいじゃんそんなのと思いますが、他人のプライベートを気にする人も多く、人の目を気にすると、競争に飛び込んで生きていかざるを得なくなるのではないでしょうか」

「お金は大切」と考える韓国人。でも、お金で買える幸せも確かにある

生まれた時点で振り分けられ、高校、大学で振り落とされ、会社に入ってまた振り落とされて結婚にもステイタスが求められる。

「人生に希望がもてず、生きづらさを表す“HELL朝鮮”という造語は日本でも知られていますよね。ほかに、若者世代をさす “N放世代”というのもあって、Nは数字のナンバー、放は放棄を意味します。最初は恋愛、結婚、出産の3つを諦めた“3放世代”で、そこに就職や夢などいろんなものが加わって6、7と数字が増えていき、2015年頃からは数えきれなくなって“N放世代”になりました」 

お金は大事、お金がなければ成功できないという中で育つからなのか、若い頃から資金運用を考え、20代で株を始める人も多いようだ。

「以前は私も韓国ではお金の話をする人が多くて不思議に感じましたが、最近はそれも大事だと思うようになりました。韓国の人は日本人よりも、お金について気軽に情報交換をする印象です。ホン・ファジョンさんの本の中にも“お金は大切”という項目があります。ガツガツした感じではなく、可愛い靴を買ったり、ちょっといいホテルに泊まったり。“大金持ちにならなくても自分らしい幸せを手に入れることができる”という考え方が、若者の共感を得ているようです」

『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(ホン・ファジョン著)より

自殺率はOECD加盟国中1位。頑張らずに生きたいという若者が増えてきた 

芸能人で自殺をする人が多いのも気になる。去年は元KARAのク・ハラが自ら命を絶った。一般人の自殺率も高いのだろうか。

「OECD加盟国の中で、韓国の自殺率は2016年までの13年間連続1位でした。2017年は2位になりましたが、翌年はまた1位に。10〜30代の死因の1位が自殺です。国民心理に与える影響を考え、メディアも“自殺”という言葉はなるべく避け、“極端な選択”という表現が多く使われています。

一生懸命頑張っているだけに、パク・クネやチョ・グクのような政治家が関係者や自分の子どもをコネでいい大学に入れたりするとゲンナリして、結局はお金とコネか、という気持ちになってしまうだろうなと思います。有名人の場合はネットでのバッシングも激しいので、悪質なコメントに傷ついて心を病んでしまったり、もうやり直しがきかないと思ってしまうのかもしれません」 

『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』には、20代の著者、ホン・ファジョンさんが心を病み、精神科に通いながら自分を取り戻すまでの4年間が絵日記風に綴られている。ストレスフルな生活に疲れ、4人にひとりが精神を病むといわれる韓国。だが、医療に助けを求める人はまだ少ないという。

「うつ病や双極性障害、パニック障害のほか、外に出せなかった感情を押し込めることで抑うつ状態になる “火病”という特有の病気もあります。偏見を気にしてカウンセリングなどを利用できない空気があり、それが自殺率の高さに影響しているともいわれます。 

けれどホン・ファジョンさんは自分の治療のことも素直に書いていて、彼女のように、頑張るしかない生き方が当たり前ではないんだと考える人も増えてきました」

『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(ホン・ファジョン著)より

“ME TOO運動”に “キャンドル革命”。若者たちは決してあきらめてはいない

なかなかに大変そうではあるが、彼らはただあきらめているわけではない。性暴力に対して“ME TOO運動”を行ったり、パク・クネの退陣を巡っては“キャンドル革命”を起こすなど、生きやすい社会を目指して積極的に活動している。

「政治に関心を持つ人は多く、2017年の大統領選挙の投票率は77%でした。若者のあいだにも積極的に参加しようという空気があります。

韓国ではパク・クネ大統領を弾劾に追い込んだり、新たな法案が次々に生まれたりと、市民の力が政治や社会を変えたという実績があります。日本財団の『18歳意識調査』によると、“自分で国や社会を変えられると思う”と回答した人は、日本は18%、韓国39.6%だったそうです」

家族の支えと実家暮らしに癒され、“大丈夫”な自分に

ホン・ファジョンさんの本を読んで驚いたことのひとつに、親子関係がある。日本人に比べ、親子の距離が非常に近いのだ。

「人と人との距離感が近く、親子関係も日本よりベッタリしていると思います。20歳を過ぎた男性から“お母さんの背中に抱きついて甘えると安心する”という話を聞いてギョッとしたことも(笑)。でも、両親や家族に対して日ごろから感謝や愛情を表現するのは素敵なことだと思います。

子どものいる友達と会っていると、子どもたちから何度も電話がかかってきます。切る時に“お母さん、愛してる”“うん、お母さんも愛してるよ~”と気軽にやり取りしているところは欧米的な感じもします」

生活費を稼ぐためのアルバイトで絵を描く時間すらなくなり、「最高」だと信じていたソウルでのひとり暮らしをやめたホン・ファジョンさん。地元に帰った彼女は家族との触れ合いの中で、少しずつ“大丈夫”な自分を取り戻していく。

「韓国語の“大丈夫”には、“悪くない、ナイス”といったニュアンスもあります。彼女のようにこだわりをリセットし、なくてはならないと思っていたものを一度手離して、型にはまらない幸せを見つけるという生き方も支持されてきました」

大企業に勤めたり、大豪邸で暮らすことだけが幸せとは限らない。狭く険しいレールの上を走っていた韓国の若者たちは、それぞれの幸せを見つける生き方を探し始めたようだ。

 

藤田麗子/Fujita Reiko フリーライター&翻訳家。福岡県福岡市生まれ。中央大学文学部社会学科卒業後、実用書、韓国エンターテインメント雑誌、医学書などの編集部を経て、2009年よりフリーライターになる。韓国文学翻訳院翻訳アカデミー特別課程第10期修了。訳書に『宣陵散策』(チョン・ヨンジュン著/クオン)、『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(ホン・ファジョン著/大和書房)、『Amazonで12年間働いた僕が学んだ未来の仕事術』(PHP)、著書に『おいしいソウルをめぐる旅』(キネマ旬報社)などがある。

ホン・ファジョン/Hong Hwa jung   1993 年、釜山生まれ。高校時代から韓国の元祖SNS、サイワールドにアップしていた漫画が人気となり、
2015 年に初のイラストエッセイ『一人でいたくない日』を上梓。本格的にフリーランスのイラストレーターとして活動を始める。『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(大和書房)は2冊目のエッセイ集。出版社、企業、行政機関などさまざまな媒体で活躍している。

『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(ホン・ファジョン著/大和書房)

  • 取材・文井出千昌

    フリーライター。ファッション誌・情報誌・音楽雑誌・ウェブなどジャンルはさまざま。韓流ドラマは『冬ソナ』時代に少し観ただけだったが、今回の取材で韓国の主婦たちは「実は兄妹! 不治の病に! 超貧乏な少女が大富豪のイケメンと幸せに!」といった少女マンガ的なドラマに今も夢中で、そんな〝ドロキュン〟が朝ドラの時間帯からガンガン放映され、1シーズンに親子鑑定が5回も出てきたりするという驚愕の事実を知る。ちょっと観てみたい気持ちもムクムクと沸き上がっている。

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