観月ありさ『わたどう』で魅せた嫁いびり演技で新・姑役の座へ
美少女から豹変。目指せ、野際陽子の後継者!
『私たちはどうかしている(以下、わたどう略)』(日本テレビ系・毎週水曜・22時〜)が毎週楽しみで仕方がない。かつてドラマのスタンダートだった、大映ドラマや昼ドラを彷彿させる内容であることが、理由のひとつ。そして、もうひとつのカギを握っているのが、女優・観月ありさの演技だ。そのディテールへ、個人的にグイグイと迫りたい。
少女から四半世紀を超えて観月が“伝説の姑”になる
“老舗の和菓子店『光月庵』の後継者と言われる一人息子・高月椿(横浜流星)が、結婚相手に選んだのは花岡七桜(浜辺美波)。実は七桜、15年前に亡き母と高月家に住み込みで働いていた。そして椿の父が殺害される事件に巻き込まれた母は濡れ衣を着せられたまま、帰らぬ人に。母の潔白をはらすために、七桜は動き出す。”
これが『わたどう』のあらすじだ。一言でまとめると、唐突さが連打する(良い意味で)トンチキな内容なのである。椿と七桜は会ったその日に結婚を決めたという初回放送から始まり、『光月庵』のスタッフは二人にとって表向きはいい顔をしても、陰では敵……という、一瞬目を離すと内容から置いていかれるジェットコースター系ドラマだ。
そのスピードを加速させているのが、SNSで話題騒然の椿の母・今日子(観月)による、嫁いびりだ。いま、今日子の企みはただひとつ、息子の椿に『光月庵』を祖父から引き継ぐ形で継がせること。そうなると結婚相手には、それなりのお家柄を望むことになるので、突然高月家に入り込んできた素性の分からない女の嫁入りを許すわけがない。七桜に向けた執拗なまでの今日子のいじめは毎日続く。例えば……
「疫病神!(中略)よそ者はうちにはいらないの!!」
と、鬼の形相で七桜を平手打ち。これは『牡丹と薔薇』(東海テレビ、フジテレビ・2004年)で聞いた「役立たずの豚!」をじわじわと彷彿させる。さらに本人と荷物を池に容赦なく突き落として、ビジョ濡れにする。どうも今日子は“落とす”ことがお気に入りらしく、作業員に賄賂を渡して、壺を頭上から落としていた。毎回、嫁のピンチを察知していじめに登場するのでひょっとしたらGPSを仕込んでいるのかと思うほど。
冷たい対応は嫁だけにとどまらず、息子にも舅にも容赦がない。自分の思い通りにならず、イライラした今日子が椿に嫁と同じく平手打ちを喰らわせたシーンは、本当に今日子が椿を産んだのかどうか疑問に思わせるほど。
鬼の形相と、いやらしい笑みで迫ってくる今日子。そこには1991年にリリースしたデビュー曲『伝説の少女』を愛らしく歌う姿はない。欲にまみれた中年女性の怨念が渦巻いている。ちなみに私は『Happy wake up!』(1994年)が好きだったな。
故・野際陽子のポテンシャルを継承してほしい
知っている人も多いと思うが、観月は1992年から2020年までに、33作品に主演したギネス認定の記録を持つ大女優である。
キリッとした顔立ちからか『斉藤さん』(日本テレビ系・2008年〜)で見せた、正義を貫き、近所のゴミの分別のような小さなことでも、他人の手抜きを許さない。そういう凛とした強いイメージの作品が多かった。
ただイメージを覆すように『ナースのお仕事』(1996年〜)『サザエさん』(2009年、ともにフジテレビ系)で見せたのは、明るくてコミカルな演技。見る側も新鮮だし、演技の幅の広さを世間に周知させていた。改めて器用な女優さんだとしみじみ思う。
そこに突如、ハードないじめを繰り返す姑役を演じた観月。そんな彼女を見ていたら数年前に亡くなってしまった、女優・野際陽子を思い出した。
野際こそタチの悪い、でもどこか憎めない姑役を演じさせたら右に出る女優は本当にいなかった。着物姿で登場して息子を溺愛する『ずっとあなたが好きだった』(1992年)の母親役からスタートして、数々の嫁をいびり続けてきた数十年。
私が特に好きだったのは嫁役の山口智子と共演した『ダブル・キッチン』(1993年、ともにTBS系)。二世帯住宅をいいことに、ガンガン息子の家に潜入。気に入らないことがあると鼓で怒りを発散、嫁の家事もいちいちチェック、嫁が少しでも生意気な口を聞けばポストにゴミの落ち葉を入れる。コメディだったので、怖さはなかったけれどまだ結婚に全く縁のない世代だった私は、この作品を見て同居だけはやめようと決めた。結局、結婚もしていないけど……。
そんな野際の思い出と、今回の観月が重なった。野際のいびり演技が絶妙すぎて後継する女優さんはいないと思っていたけれど、それは盲点だと『わたどう』で気づいてしまった。
姑役を演じる女優は数多。でも43歳にして8頭身のスーパーボディを持ち、無敵の美しさを兼ね備えているのは観月くらいであろう。今日子の行為は常軌を逸したものだけど、あの美しさを持っていれば「あ、うん……そうだよね……ごめん、私が悪かった」と納得せざるを得ない。
本物の怪演を携えて、彼女の伝説はまだ始まったばかり。
- 文:小林久乃
- 写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ
小林久乃(こばやし・ひさの)/エッセイ、コラムの執筆、編集、ライター、プロモーション業など。著書に『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ)、『45㎝の距離感 つながる機能が増えた世の中の人間関係について』(WAVE出版)、『ベスト・オブ・平成ドラマ!』(青春出版社)がある。静岡県浜松市出身。X(旧Twitter):@hisano_k