草彅剛『ミッドナイトスワン』は「憑依型役者」としての集大成

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FRIDAYデジタルでは、現在「新しい地図」の稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の俳優としての魅力に迫る不定期連載を展開中。

先日公開された総論に続き、今回は草彅個人にフォーカス。9月25日に劇場公開された映画『ミッドナイトスワン』を中心に、掘り下げていく。

©2020 Midnight Swan Film Partners

『ミッドナイトスワン』は、Netflixオリジナルシリーズ『全裸監督』を手掛けた内田英治監督によるオリジナル作品。トランスジェンダーの女性が、バレリーナを夢見る少女と出会って“母性”に目覚めていく物語だ。

内田監督が長年温めていた企画だったが、GOサインがなかなか出ない状況が続いていたという。そんな中、草彅が脚本を読み、興味を抱いたことで一気に前進したのだとか。

トランスジェンダーとは、端的に言えば「自身の性自認と身体的な性が異なる」人を指す言葉だ。映画では、米アカデミー賞受賞作『リリーのすべて』(2015年)『ナチュラルウーマン』(2017年)、エル・ファニング主演作『アバウト・レイ 16歳の決断』(2015年)、生田斗真主演作『彼らが本気で編むときは、』(2017年)などで、トランスジェンダーの人々が描かれてきた。

草彅が『ミッドナイトスワン』で演じるのは、新宿の片隅で暮らすトランスジェンダーの凪沙。ニューハーフショークラブのステージに立つ彼女は、養育費を目当てに、育児放棄にあっていた少女・一果(服部樹咲/はっとりみさき)を預かることに。最初はぶつかり合っていたふたりだが、次第に絆が芽生え、凪沙は「一果のバレリーナになる夢を支え、母になりたい」と願うようになる。

©2020 Midnight Swan Film Partners

本作で重要な位置を占めるのは、「生きたいように生きられない」という痛み。凪沙も一果も、心に深い傷を抱えている。だからこそ、互いが互いにとってのかけがえのない存在になり、疑似親子の関係性が切なくもまばゆく輝くのだ。ということは、このストーリーは一にも二にも、俳優の説得力がなければ成立しない。一果役の服部樹咲は本作で演技初挑戦の新人で、未知数の存在。作品の命運を双肩に担った草彅の重圧は、さぞ大きかったことだろう。

しかし草彅は、それらのプレッシャーをすべて背負ったうえで、驚異的な名演を繰り出している。

本人はインタビューなどで「監督やスタッフ、樹咲ちゃんが凪沙にしてくれた」と語っているが、暗く沈んだ眼差しに声色、立ち振る舞いなど、キャラクターが乗り移ったとしか思えない神がかり的ななりきりぶりだ。メイクや衣装など、外的なアイテムに引っ張られた部分もなくはないだろうが、短髪になり作業着を着るシーンも用意されており、そういったすべてを取り去ってもなお、凪沙にしか見えないのは、草彅の圧倒的な演技力があってこそだろう。

映画は時として、1人の役者の鮮烈なオーラによって、奇跡的な純度と光度をたたえた“珠玉”になりうるが、『ミッドナイトスワン』はまさにその好例だ。観る者がすべからく、心の奥底から涙を引きずり出されてしまうような名優の資質。映画『山のあなた〜徳市の恋〜』では目の不自由な男性を演じ、『ホテル ビーナス』では全編韓国語のセリフに挑戦するなど、憑依型の役者として知られる草彅だが、その集大成ともいえる領域に達している。

©2020 Midnight Swan Film Partners

では、『ミッドナイトスワン』に至るまでの映画俳優としての歩みを、今一度見てみよう。

アニメ映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』を原案とした時代劇『BALLAD 名もなき恋のうた』(2009年)では無骨な侍を演じ、『あなたへ』(2012年)では本作が遺作となった高倉健と共演、ドラマの劇場版となる『任侠ヘルパー』(2012年)では、介護ヘルパーとして働くヤクザと、これまでにも作品ごとに全く異なる顔を見せてきた草彅だが、オムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』(2018年)以降の出演作はますます個性が際立っていて、興味深い。

2019年に劇場公開された映画『まく子』は、直木賞作家・西加奈子の同名小説の映画版。温泉街を舞台にした少年の成長物語で、草彅は、女好きでだらしない“弱さ”を持つ主人公の父親を好演。淡々と日常の機微を描いた作品だが、草彅は物語の世界に完全に溶け込んでおり、柔らかく穏やかな演技を披露している。どうしようもない人物だが、憎めないという愛嬌と優しさの放出が絶妙で、役者としての“味”が随所ににじんでいる。

同年公開の映画『台風家族』では、打って変わってエネルギッシュな“どケチな金の亡者”役に挑戦。銀行強盗事件を起こし、両親が失踪して10年。財産分与を行うために、4人きょうだいが再び顔を合わせる。MEGUMIや中村倫也らが扮する弟妹との恥も外聞もない遺産相続バトルが勃発する展開には思わず笑わされるが、中盤以降は心を震わせるヒューマンドラマへと変貌。鮮やかな“脱皮”も秀逸な1本だ。

こちらでは、頭に包帯、首にコルセットを付けた状態で登場し、遺産を手にするためにはウソも騙しも何でもござれの振り切ったキャラクターを生き生きと演じている。「クズで結構~」と歌いながら踊り狂うシーンは、衝撃的だ。

だらしない父、クズな長男、苦悩のトランスジェンダー。直近3作品だけでも、草彅が映画俳優として新たなフィールドに踏み出していることは明白だ。今後、ますます新しい彼の姿が、スクリーンで観られることだろう。

『ミッドナイトスワン』
2020年9月25日(金)より公開
出演:草彅 剛
服部樹咲(新人) 田中俊介 吉村界人 真田怜臣 上野鈴華
佐藤江梨子 平山祐介 根岸季衣
水川あさみ・田口トモロヲ・真飛 聖
監督・脚本:内田英治 音楽:渋谷慶一郎
配給:キノフィルムズ
©2020 Midnight Swan Film Partners

《映画『ミッドナイトスワン』ギャラリー》

©2020 Midnight Swan Film Partners
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  • SYO

    映画ライター。1987年福井県生。東京学芸大学にて映像・演劇表現について学ぶ。大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション勤務を経て映画ライターへ。現在まで、インタビュー、レビュー記事、ニュース記事、コラム、イベントレポート、推薦コメント等幅広く手がける。

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