草彅剛『ミッドナイトスワン』で全開発揮した役者の真髄 | FRIDAYデジタル

草彅剛『ミッドナイトスワン』で全開発揮した役者の真髄

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生きづらさ

草彅剛(46)が高い演技力の持ち主であるのは疑いようがない。それが、公開中の主演映画『ミッドナイトスワン』(内田英治監督)によって、あらためて証明された。

上映が始まった途端、草彅の演技に圧倒され、スクリーン内の世界に引き込まれるはず。大半の観客は同じ思いらしく、ネット上の映画レビューは草彅への讃辞がずらりと並ぶ。投稿者は草彅ファンばかりではない。むしろファンのものは少数派だ。

ストーリーはこうだ。夜の街にしか居場所のないトランスジェンダーの男性が、家庭に身の置き場がない少女と暮らし始める。すると、男性が少女に強い母性愛を抱くようになり、いかなる犠牲もいとわなくなる。少女もまた男性に母を感じ、愛おしむようになる。

このトランスジェンダーの男性が草彅の扮する凪沙(なぎさ)。真実の自分と肉体が違うことや世間の無理解に悩み苦しみつつ、新宿のニューハーフクラブで踊り、生計を立てていた。

一方、凪沙と同居を始める少女は中学生の一果(服部樹咲、14)。広島に住む凪沙の従兄弟・桜田早織(水川あさみ、37)の一人娘だが、早織が酒に溺れ、子育てを放棄した上、暴力まで振るうようになったため、親族の話し合いで凪沙に託されることになった。

凪沙は養育費が得られると軽く考え、一果を預かる。一果本人にも「好きであんた預かるんじゃないから」と正直に伝えた。

さらに「余計なことを言ったら、殺すからね」と脅す。自分がトランスジェンダーであることは広島の人間には黙っていろ、ということである。凪沙は何ら恥じることなく生きているものの、世間がマイノリティーに冷たいことを知っているからである。

一方、一果はというと、こちらは真実の自分が分からない。早織の暴力からは逃げられたが、東京で惰性のような中学校生活を送る。周囲となじめず、からかう相手にはイスを投げつける。

だが、ふと目に留まったバレエ教室に興味を抱き、体験入学したところ、教師から才能を認められる。そのまま入学すると、瞬く間に技術が磨かれる。踊ることによって、心まで躍るようになる。

凪沙にも変化が生じた。一果に対する母性愛が芽生えてきた。傷つけられるのが嫌で、人との交わりを避けてきたが、もともと優しい人なので、不思議なことではなかった。

凪沙は一果のバレエを応援するのが生きがいになる。一果のためなら、どんなことでもしようと思った・・・。

物悲しい目

凪沙と一果の愛の物語であるものの、一方で新聞やテレビが報じてきたトランスジェンダーの苦悩が上っ面のものでしかないことも思い知らされる。

凪沙は男性の肉体を持ってしまったことから、女性として当たり前の生活を送ることすら難しい。それを草彅はセリフで訴えるわけではない。細やかな演技によって伝える。映画を見終えても草彅の物悲しい目が脳裏から離れない。

この映画における草彅の目の演技はそれだけではない。当初、凪沙は一果を冷めた目でしか見ていなかったが、いつの間にか慈しみに満ちた眼差しで見つめている。凪沙は一果のバレエを眺めているときが至福の時間なのだが、それも目だけで観客に分からせる。

「うちらみたいなんは、ずっとひとりで生きて行かなきゃいけんけぇ・・・」(凪沙の言葉)

映画が後半に入ると、観客から嗚咽が漏れ始めた。おそらく、どの映画館でもそうだろう。凪沙は真実の自分で生きようとするだけなのに、それを世間というシステムが邪魔する。

ただし、この映画は特別な人たちが描かれているわけではない。大半の人は凪沙と同じように真実の自分で生きるのは難しく、周囲に合わせたり、取り繕ったり、何か無理をしながら日々を過ごしているはず。なので、余計に胸を締め付けられる。

内田監督の脚本と演出、服部樹咲や水川あさみら共演陣の演技も見事。おそらく各種映画賞を獲得するだろう。けれど、やはり光るのは難役を名演した草彅である。

草彅は日本映画界の宝だった故・高倉健さん(2014年没)さんからも高く評価されていた。健さんが望んだこともあって、映画『あなたへ』(2012年)で共演もしている。

健さんは筆まめということもあり、草彅がかつて所属していたジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長(93)=現名誉会長=宛てに、草彅を思う気持ちをしたためた手紙を送ったこともあるくらいだ。

では、役者として草彅の何が魅力かというと、まず声。古くから「一声、二顔、三姿」と言われる通り、役者で一番大切なのは声だ。長寿の人気番組『ブラタモリ』(NHK)でナレーターを任されているのはダテじゃない。

演技に取り組む真摯な姿勢も名演につながっているに違いない。草彅は9月18日放送のエフエム東京『やまだひさしのラジアンリミテッドF』にゲスト出演し、「これは誰にも渡したくないと思った」と凪沙役への思い入れを語ったが、かなり時間をかけて周到な役作りを行ったはずだ。

その甲斐あり、2時間4分あるこの映画で草彅は女性そのもの。髪を触るなどの仕草、話し方、歩き方――。草彅が演じる男性には色気があるが、女性に扮しても同じ。草彅そのものに艶があるからだろう。

草彅は来年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』に徳川慶喜役で出演する。地上波のドラマ出演は2017年9月のジャニーズ事務所退所以来、初めてとなる。

なんて長い空白期間だろう。同事務所と現在の事務所・カレンは緊張関係にあるとされるが、それが草彅のドラマ出演を激減させた理由のひとつであるのは疑いようがない。

どんな背景や事情があろうが、これほどまでの役者がドラマに出られないのは、視聴者にとって不幸だ。

  • 取材・文高堀冬彦

    放送コラムニスト、ジャーナリスト。1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社編集局文化社会部記者、専門委員、「サンデー毎日」編集次長などを経て現職。スポニチ時代は放送記者クラブに所属

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