香取慎吾『誰かが、見ている』で本領発揮した底知れない表現力
FRIDAYデジタルでは、現在「新しい地図」の稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の俳優としての魅力に迫る不定期連載を展開中。
先日公開された総論&草彅編に続き、今回は香取個人にフォーカス。Amazon Prime Videoにて配信中のオリジナルシリーズ『誰かが、見ている』を中心に、掘り下げていく。

9月18日に世界240以上の国と地域で同時配信された『誰かが、見ている』は、香取慎吾が主演、盟友・三谷幸喜が監督・脚本を務める“シットコム”。
シットコムは海外ドラマ『フルハウス』のような「舞台的なコメディ」を指す言葉であり、観客の笑いや反応が入っているものが多い。多くはメインの舞台が限定されているが、本作ではそこからやや飛躍し、複数のステージや、動画の再生画面、海外の物語が入るなど、遊び心をのぞかせる。
香取と三谷のコラボレーションといえば、『誰かが、見ている』同様シットコム形式をとった2002年~2003年放送のドラマ『HR』や、2004年の大河ドラマ『新選組!』、2015 年の映画『ギャラクシー街道』、2018年の舞台『日本の歴史』等々、ドラマ・映画・舞台とフィールドを問わずに数を重ねてきた。
最新タッグ作の『誰かが、見ている』は、「知らぬ間に日常を盗撮・配信されていた男」という設定。三谷の強い要望により、「ほぼノーカットの一発撮り」「セットの前に客席を用意し、観客がいる状態で演じる」という特殊な環境下で撮影されたという。ちなみに、本編には映らないが、撮影前には毎回三谷が観客の前に立ち、“前説”を行ったというから驚きだ。

いわば舞台のような緊張感のある雰囲気で撮影された『誰かが、見ている』だが、香取の振り切りまくったパフォーマンスは、恐ろしいほどの安定感。
もともと、全身をフルに使ったコミカル演技が彼の持ち味の1つだが、本作ではさらに磨きがかかっている。顔芸、ボケ、ツッコミ、オーバーリアクション等々、香取が放出するエネルギーが画面いっぱいにほとばしっているのだ。
何をやっても失敗ばかりの舎人真一(香取慎吾)。壁に空いた穴からそんな彼の日常を観察する隣人・粕谷次郎(佐藤二朗)は、娘のあかね(山本千尋)の思い付きで、真一を隠し撮りし、その模様をネットにアップすることに。動画がバズってしまったことで、大騒動に発展していく――。

ちょっと映画『トゥルーマン・ショー』(1998年)を想起させるようなシニカルな要素もはらみつつ(個人が簡単に世界配信出来てしまう恐ろしさは、当時とは比べ物にならない)、基本的にはカラッと明るいコメディに終始している。
第1話などは、パソコンのキーボードがバラけてしまい、真一が部屋中に散らばったキーを探すという、ベタな設定。いわば“お約束”な展開が続くが、だからこそ香取のコメディセンスが引き立つ。まるで『Mr.ビーン』的なやりすぎアクションと表情で笑わせ、絶妙な間(ま)と緩急で、一気に場を掌握。強烈なアクの強い演技で、真一のキャラクターを、観客に刷り込んでいく。
かと思えば、稲垣吾郎が大物演歌歌手役でゲスト出演した第5話では、稲垣との阿吽の呼吸で笑わせるテクニシャンな一面も見せる。
こちらでは「演歌歌手を、電気工事の作業員と間違える」という設定のもと、セリフの面白さを稲垣との見事な掛け合いで何倍にも膨らませ、ツッコミ役としての上手さも披露。ギャグ演技なら何でもござれの引き出しの多さを、存分に見せつける。

稲垣をはじめ、西田敏行、松岡茉優、大竹しのぶら毎話多彩なゲストが登場し、彼らと演技合戦を繰り広げる部分も、本作の面白さ。誰を相手にしても崩れないどころか、遥かに上回る笑いの演技で返してくる香取の無尽蔵のスタミナと創造性は、やはり群を抜いている。
香取慎吾といえば、抱腹絶倒のギャグ演技だ――。そのことを改めて感じさせる快作となったが、2019年に劇場公開された映画『凪待ち』を観たうえで『誰かが、見ている』に臨むと、また違った見え方になるのではないか。
『凪待ち』は、『凶悪』(2013年)や『孤狼の血』(2018年)の鬼才・白石和彌監督がメガホンをとった、ハードなヒューマンサスペンス。香取はこの映画で、愛する者を失って自暴自棄になっていく「堕ちていく男」を、凶暴なまでに荒々しく演じ切っている。もちろんこれまでにも『蘇える金狼』(1999年)や『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012年)等々、シリアスなキャラクターは演じてきたが、ここまでの汚れ役はかなり珍しい。
生気を失った目で日々を過ごし、唯一の楽しみはギャンブル。しかし、人生につまづいたことで心身のバランスを崩し、いきなり野獣のように猛り狂い暴れまわるなど、手が付けられなくなってしまう。縁日での大立ち回りのシーンでは、殴られ蹴られ、氷水の中に顔を突っ込まれるなど、ハードな場面にも果敢に挑戦した。
同時に、喪失感と後悔の念に日夜さいなまれ、死に場所を求めるようにさまようなど、極限下の繊細な心情表現でも、観る者の心をつかんで離さない。悲愴な物語ではあるが、香取が演じる主人公の行く末が気にかかり、最後まで目で追ってしまう――。これもまた、『誰かが、見ている』とはまるで異なれど、同じようにキャラクターに愛着をわかせてしまう香取の業(わざ)といえる。
“陰”の『凪待ち』と、“陽”の『誰かが、見ている』。対極にある2作品をセットで観ると、また味わいが増すことだろう。俳優・香取慎吾の表現力は、まだまだ底が知れない。
Amazon Originalドラマシリーズ『誰かが、見ている』
2020年9月18日(金) Amazon Prime Videoにて独占配信
脚本/演出:三谷幸喜
出演: 香取慎吾、佐藤二朗、山本千尋、長野里美、宮澤エマ、夏木マリ
ゲスト出演:くっきー!(野性爆弾)、西田敏行、高嶋政宏、寺島進、
稲垣吾郎、山谷花純、近藤芳正、松岡茉優、橋本マナミ、八嶋智人、
さとうほなみ、小日向文世、大竹しのぶ、新川優愛、小池栄子(登場順)
制作プロダクション:株式会社 ギークサイト、株式会社ギークピクチュアズ
(c)2020 Amazon Content Services LLC
《『誰かが、見ている』ギャラリー》





文:SYO
映画ライター。1987年福井県生。東京学芸大学にて映像・演劇表現について学ぶ。大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション勤務を経て映画ライターへ。現在まで、インタビュー、レビュー記事、ニュース記事、コラム、イベントレポート、推薦コメント等幅広く手がける。