引退から1年 イチローとプレーしたことを誇りに思う現役選手たち

日米通算で28年間現役だったイチローとチームメイトだった意外な選手たち!

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2019年3月21日、東京ドームのアスレチックス戦8回裏、いったんはライトの守備位置に就いたものの、その後ベンチに下がったイチロー

今やイチロー氏と言えば、日米を通じたレジェンドというイメージがある。新型コロナウイルス禍もあって、昔のことのように思えるが、昨年まで現役選手だったのだ。(以下敬称略)。

イチローの引退は昨年の3月21日、東京ドームで行われたMLBの開幕シリーズ、アスレチックス対マリナーズの第2戦の試合中に発表された。この試合は西武からマリナーズにポスティングで移籍した菊池雄星が先発したが、イチローの引退は18歳下の菊池のメジャーデビューに配慮して、菊池が初球を投じた直後にMLB公式サイトから発表された。このとき東京ドームではスマホを見ていた人からさざ波のように反響の声が上がった。

試合終了後、イチローは東京ドームを一周して観客に別れを告げた。自他ともに認める“イチローの弟子”で元首位打者のディー・ゴードンが感極まって涙していた。マリナーズの主軸打者のエドウィン・エンカーナシオンが記者たちに交じって歓声に応えるイチローにスマホのカメラを向けていたのも印象的だった。MLBの選手たちにとってもイチローは歴史的な存在だったのだ。

イチローは1992年にNPBにデビュー、2019年まで実に28年もの間、日米で現役生活を送った。その間にチームメイトだったり、対戦したりした選手の顔ぶれは実に多彩で豪華だ。

イチローは愛工大名電から1991年のドラフト4位でオリックスに入団した。この年のドラフトの目玉は駒澤大学の若田部健一、4球団の競合の末にダイエーに入団。続いて東北福祉大の斎藤隆が2球団競合で大洋に入団。イチローは地味な存在だった。

イチローは1992年7月11日、平和台球場でのダイエー戦で一軍デビュー。まだ本名の鈴木一朗を名乗っていた。途中から左翼の守備に入り打席にも立ったが安打は出ず。この試合にはこの年限りで引退する44歳の大打者、門田博光が代打で出場している。年齢差は実に25歳だった。

チームメイトには阪急時代に山田久志らとともに先発の一角を担った38歳の佐藤義則が健在。現オリックス監督代行の中嶋聡が正捕手だった。

プロ初本塁打は1993年6月12日、新潟の悠久山球場で、25歳の野茂英雄から打っている。

翌1994年に「イチロー」と改名すると、NPB史上初の200安打を達成、以後、張本勲と並ぶNPB記録の7年連続首位打者。NPBの通算打率は驚異的な.353を記録。

2000年オフにポスティングシステムでシアトル・マリナーズに移籍。2001年、首位打者、最多安打、盗塁王を獲得。新人王に加えてMVPまで受賞した。この年、イチローは、42歳の大打者、ホワイトソックス、ハロルド・べインズや衣笠祥雄の連続試合出場記録を抜いたオリオールズの40歳カル・リプケンJrなど殿堂入りの大選手とも試合で対戦している。

以来19シーズンでイチローは3089安打を打った。

2017年には大谷翔平のチームメイトで、今やMLB最高の打者と言われるエンゼルスのマイク・トラウトとも対戦した。

イチローがMLBに渡ったのは2001年だから、以後にデビューしたNPB選手は公式戦でイチローと戦ったことはない。入れ代わりでプロ入りした選手には、現巨人の中島宏之や、現西武の内海哲也、今季から巨人二軍監督になった阿部慎之助などがいる。

NPBの公式戦でイチローと対戦した現役選手は、今やただ一人。今季から古巣西武に復帰した松坂大輔だけだ。

イチローより7歳年下の松坂は、1998年の夏の甲子園ではノーヒットノーランで優勝を飾り、春夏連覇を達成。この年のドラフトで3球団競合の末に西武に入団。春季キャンプからファンが押し寄せ「松坂フィーバー」という言葉ができた。

イチローとは、1999年5月16日、西武ドームで初めて対戦。松坂は3打数0安打3三振1四球とイチローを封じ込め、「自信が確信に変わった」という名言を残した。

松坂大輔は今年7月5日に脊椎内視鏡頸椎手術を受け今季は出場していない。松坂が引退すればNPB公式戦でイチローの雄姿をグラウンドで見た現役選手はいなくなる。

ただし現在のNPBには、MLB時代にイチローのチームメイトだった外国人選手がたくさんいる。

その代表格が、このたび日米通算2000試合出場を達成したDeNAのホセ・ロペスだ。

ロペスは2004年から2010年までマリナーズでプレー。この7シーズンずっとイチローとチームメイトで、2004年10月1日のレンジャース戦、イチローが1番右翼でジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新する258安打を打った試合では、9番遊撃手としてこの偉業を見守っている。

今季からオリックスに加入したMLB通算282本塁打のアダム・ジョーンズのメジャーデビューもマリナーズ。2006年7月14日のブルージェイズ戦に9番中堅でスタメン出場。この時もイチローは1番右翼だった。ジョーンズは2007年までマリナーズでプレーした。

メジャーデビュー当時のジョーンズは「イチローさんには簡単に話かけることはできなかった」と語っている。

今季からソフトバンクのウラディミール・バレンティンも2007、2008年とマリナーズでイチローのチームメイトだった。ヤクルト時代シーズン60本塁打のNPB記録を樹立したバレンティンだが「イチローと一緒にプレーできたことは幸せだった」と語っている。

今季シーズン中に楽天から巨人に移籍したゼラス・ウィーラーのメジャー在籍は2014年のヤンキースの1年だけだが、彼もイチローとチームメイトだった。

阪神のジャスティン・ボーアは2015年から2017年までマーリンズでイチローとチームメイト。ボーア4番、イチロー5番と中軸を組んだこともある。

中日のソイロ・アルモンテは2013、2014年とヤンキースでイチローのチームメイト。控え外野手としてイチローの守備固めに入ることもあった。

今季、走者のいない一塁に牽制球を投げて決勝点を挙げられ「マクガフ事件」と言われたスコット・マクガフは2015年にマーリンズでイチローのチームメイト

広島のホセ・ピレラも2014年、ヤンキースでイチローのチームメイト。2014年9月22日のメジャーデビューでは、8番右翼イチロー、9番DHピレラ。初打席でピレラは三塁打を打ったが、その当たりでイチローは本塁を踏んでいる。

これらの外国人選手は「俺は〇〇年にあのイチローと一緒にプレーしたんだぜ」と孫子の代まで語り継ぐはずだ。

レジェンド、イチローの記憶はこうして日米で語り継がれていくのだ。

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

  • 写真AFP/アフロ

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