ことわざの「目は口ほどにものを言う」は、科学的にも正解だった
理解力も、英語のリスニング力も、感情も、黒目をみればわかってしまう !?
「目は口ほどに物を言う」とよく言われるが、実際に、脳の認識と瞳孔反応の関係を調べてみると、瞳は言葉以上に情報を発信しているというのだ。 “眼”で何がわかるのか。ヒトの認知処理と神経ネットワークの解明を研究している豊橋技術科学大学・教授の南哲人氏に聞く。
明るさを連想させる『太陽』という文字を見ただけでも、黒目は小さくなる!?
瞳孔、いわゆる黒目といわれる部分は明るいと小さくなり、暗いと大きくなる。目に入る光の量を調節する働きをもつが、どうやらそれだけではないらしい。
たとえば、「グレア現象」。中央に向かって輝度グラデーションをつけた絵を見たとき、中央の白い部分は、周りの白さと変わらないにも関わらず、目は中央部分から光が入ってきているように錯覚して、瞳孔が小さくなるという現象だ。
「それだけじゃないんです。『太陽』など、明るさを連想させる“文字”を見るだけで瞳孔は小さくなりますし、ヘビを見てハッとしたときや、数学が苦手な人がむずかしい数式を見たときなど、脳に負荷がかかると瞳孔が大きくなるんです」(南哲人氏 以下同)
これらのことから、脳のさまざまな部位から瞳孔をコントロールする信号が送られていることがわかっているが、その信号が脳のどこから来るかは、まだ解明されていないと言う。
けれど、気持ちを反映していることは確か。そこで南氏たちの研究チームが行ったのが、「ひらめき」に関する実験だ。
「もうすぐ理解できる」……そんな無意識下のことにも、瞳孔は反応している
たとえば帽子の画像を、最初一部だけ見せ、徐々に全体がわかるように見せていく。帽子を認識した瞬間に瞳孔が大きくなると思ったが、
「実は、本人が意識していなくても、“もうすぐわかる”というときから、瞳孔は徐々に大きくなっているんです」
なんと、「口ほどにものを言う」どころか、無意識下での「ひらめき」も、瞳孔に表れるのだとか。
我々の脳はほとんど無意識に働いていて、意識に昇る知覚や認知はほんの一部。脳処理の大部分を占める“無意識の世界”には多くの謎が残されていると言われている。瞳孔を見れば、無意識下で働いていることがわかると、この実験で証明されたのだ。
「最近は画像分析技術も進んでいます。コロナ禍でリモート授業も増えていますが、たとえば生徒や学生のパソコンに眼球計測装置をつけて、瞳孔の大きさをチェックすれば、その生徒や学生がすでに理解しているか、もう少しで理解できるのか、あるいは全然理解できていないのか知ることができるかもしれません。
この教え方では理解できないんだとわかれば、違う方法でアプローチすることもできる。将来的には授業の進め方の参考にもできるのではと思っています」
■「ひらめき」の実験動画
英語の「L」と「R」の聞き分け能力も瞳孔の反応でわかる
瞳孔でわかることは、まだある。世界88ヵ国の英語能力指数の調査では、日本は88ヵ国中49位。この結果は、英語を話す機会が少ないなどということもあるが、「L」と「R」のような発音の聞き分け能力の差にも原因があるのではないかと、南氏たちの研究チームは考えた。
「Light、Light……と連続して再生される中に20%ほど、ランダムにRightを混ぜ、その音に実験参加者の瞳孔がどのように反応するか調べたんです。被験者は聞いている英単語に注意を向ける必要はなく、単に聞き流すだけの状態で行いました。その結果、聞き分け能力が高い人ほど、Rightと発音された音を聞いたとき瞳孔が大きくなることがわかりました」
見るものだけでなく、音に対しても瞳孔は反応すると言う。
「聞き分けることができない単語は発音できないように、個人の英語聞き分け能力を知ることは、効率的に英語学習を行う上で非常に重要な指標になります。しかも、リスニング能力は本人が客観的に自覚することがむずかしく、それがトレーニングのモチベーション低下の原因にもなっていました。
しかし、この研究の結果、本人はもちろん、第三者が学習者のリスニング能力を客観的に可視化できることがわかりました。今後は、語学や音楽などのさまざまな分野で“聞き分け能力の客観計測”が進むものと期待しています」
スマホアプリで相手の感情がわかる時代に?
ところで、気持ちや理解度が目に表れるなら、自分が言ったことが伝わったかどうか、相手の目を見ていればわかるのだろうか。
「それはむずかしいですね。というのは、瞳孔の大きさは2~8㎜程度。大きくなったといっても、その変化量はごくわずかで、かつ、周囲の明るさに影響されるので、目視で判断することはできないでしょう」
だが、将来的には相手の感情がわかるアプリを作りたいと南教授は言う。
「感情がわからない人って、いますよね。たとえば、相手が怒っているのに、それに気づかないとか、プレゼントをあげても喜んでいるのかどうかわからない人もいる。瞳孔は、“怖い”と思ったり、“可愛い”と思ったり、気持ちが昂ったときに大きくなります。それを生かして、相手がどう思っているのかわかるアプリを開発することができれば、人との付き合い方に役立つと思っています」
知っていることを「知らない」と言い張っても、もはや目が白状してしまう。警察の取調室でも活躍する日も来るかもしれない。
「問題は、『うれしい』と思っても、『いやだな』と思っても、気持ちが昂れば同じように瞳孔が大きくなること。まだまだ研究が必要です(笑)」
南哲人 豊橋技術科学大学・情報・知能工学系・教授。ヒトの認知行動を計測し、脳活動や眼球運動・瞳孔径を中心とした生体信号を計測・制御することにより、ヒトの認知処理に関わる神経ネットワークの解明を研究。得られた知見をブレインマシンインターフェース (BMI) やニューロマーケティングなどへ応用することも試みている。
取材・文:中川いづみ