料理家・枝元なほみが命をかけて「夜のパン屋さん」開店した理由

食品ロスをなくして仕事を作る「循環する仕組み」はじめの一歩

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美味しいパンを媒介に「循環する」プロジェクト「夜のパン屋さん」は、10月から本格オープンする

「『お腹を空かせた赤ちゃん』のイメージが、ずっとここにあるの。料理の仕事をして生きてきたわたしの、今生(こんじょう)の役割は『誰もお腹を空かせることのないようにする』ことなんじゃないかと思う。この仕事で食べてきたわたしの使命みたいなこと。

住むところがあって、食べるものに困らないから、あと引退してもいいかもしれない年齢のわたしが、今、やるべきことだなあ、って思うのよ」

料理家の枝元なほみさんは、ひとことずつ、かみしめるようにそう話してくれた。

食べ物の供給が、需要を大きく上回っているこの世界で「お腹を空かせている人」が何億人もいるという事実。外国だけでなくこの日本でも、毎日のごはんに不自由している人がたくさんいるという事実。「子ども食堂」や「炊き出し」を頼りにする人がいるという事実。わずかな年金で、ささやかな買い物をして生き繋いでいるお年寄りがいるという事実。けれども、コンビニで、ファミレスで、毎日たくさんの食べ物が捨てられているという事実。

「パン屋さんでその日に残ってしまいそうなパンを預かって、『夜のパン屋さん』で販売をします。腕によりをかけて大切に作られたパンを大切に運んで大切に売って、食べてもらう。食べ物を無駄にしないできちんと食べる仕組みを作れたらと思いました」(枝元さん)

「世界食料デー」の10月16日グランドオープンを目指して、準備が進められている。なにしろ初めての試みで「パンが集まるのか、お店が開けるのか、なにもかもが心配」という枝元さんと協力者たちは9月28日、プレプレオープンとして実際にお店を開くことにした。

人気の有名パン屋さんが、協力店に手をあげた

「ビーバーブレッド」割田さんと枝元さん(右)、受け取り&販売担当の西さん(左)が緊張の初回仕入れ記念撮影

パンの「仕入れ」はパン屋閉店前の夕方。中央区東日本橋にある「ビーバーブレッド」は、パン好きに大人気の、行列のできるパン屋さん。創設者でパン職人の割田健一さんは、

「ロスパンは、パン屋にとっても問題なんです。でも、それを『循環する』って未知数です。けどね、やってみなくちゃわからないし。トラブルは、ぜったいなにか起きると思う(笑)。でもとにかくまあ、やってみて。やってみて考えよう」

と、協力を決め、「夜のパン屋さん」用に詰め合わせたパン20セットを用意した。

販売場所には新宿区矢来町、神楽坂の上のほうにある「かもめブックス」が、軒先を貸した。おしゃれなカフェのある書店の軒先と、横の小さなスペースが「夜のパン屋さん」1号店だ。

開店準備。間に合うか?

パン、品物を並べる籠、テーブル、看板、金庫など一式を運び入れる。

いい感じに夕暮れてきた神楽坂上。かもめブックスの店頭で設営が始まった

18:00、設営が始まった。

「雨が降ることもあるでしょ。だから、ここに屋根をつけようってことになって。なるべくお金をかけないでって考えて、うちにあった物干し竿を使ってシートを張ることにしたんだよね」

「枝元さんにね、屋根がほしいって言われて。プロのDIY。楽しいからやってるんだ」と壺井さん

「大工」の壺井明さんが、外壁にフックを取り付けている。19:30開店に、間に合うんですか?

「間に合わないねー。でも、今夜は晴れてるから大丈夫!」

パンのピックアップと販売は「ビッグイシュー」販売者が担当する。ふだん、新宿駅近くで『THE BIG ISSUE』を売っている西篤近(とくちか)さんが、この日、販売に立った。

西さんは、ビッグイシューの販売歴3年。本業はダンサーで、ホームレスのダンスグループ活動もしている

「いつもは雑誌を売っていて、パンを売るのは始めてです。でも、仕入れに行ってパン屋さんのお話も聞いたので、すこしは説明できそう」(西さん)

持ち込んだテーブルにパンを並べ、看板を書く。今日は「ビーバーブレッド」と、港区白金の人気店「ラトリエコッコ」のパンが並んだ。

19:30、開店。保育園帰りの親子連れ、買い物途中の近所の人、仕事帰りの人など大勢の人がなにごとかと覗き、枝元さんや販売者の説明を聞き、会話をしながらパンを買っていく。

「どんなパンか」「なんの取り組みか」と問いかけ、対話しながらパンを買っていく人がとても多い

パンが、どんどん売れていく。慣れないレジが追いつかないくらいの盛況ぶりだ。

閉店予定の22:00すこし前、最後の1セット750円を買ったのは、近くの会社に勤めているという若い男性。枝元さんが

「食べきれないぶんはスライスして冷凍すると、長く美味しく食べられますよ」

と言うと、

「や、僕、パン好きなので、これたぶん、明日の朝ぜんぶ食べちゃうと思うので!」

と笑った。

最後のお客さんを見送り、「完売?」「完売!」と歓声が上がる。

はじめの一歩は無事踏み出せた。枝元さんは「困っている女性が気軽に立ち寄れる相談スポットにもできたら」と、次の一歩を踏み出そうとしている

もしかしたら「処分」されてしまったかもしれない60セットのパンは、パン好きの人たちの手に届き、美味しく食べられることになった。「循環」が成功した。

美味しいパンを食べることで「参加」する試み

「今日、来てくれたお客さんたちと話していてね、わかったの。美味しいから買う、それはそうなんだけど、もうひとつ『食品ロスをなくす試みに繋がりたい』という思いもあって買ってくれたの。消費行動が社会的な活動になって、参加する。食べることで参加する。パンは美味しいのよ。でも美味しいからだけじゃなくこの循環、サイクルに参加することを選んでくれた。そんな手応えがあったの」

と、枝元さん。とはいえ、食品を扱う以上、気をつかうことは多い。

「そう、買ってくれた人への責任はもちろん、協力してくれるパン屋さんに対する責任もあります。このプロジェクトに協力している人への責任も。それは全部、わたしが受けとめる。だから、料理家生命をかけて、って思ってるんです。食べ物の『もったいない』をなくすこと。子どもたちに、ちゃんとした食べ物を届けること。お腹を空かせた人を満たすこと。そういうことをひとつひとつ、果たしていきたい。まずはこの『夜のパン屋さん』が東京中、日本中に広がるようにしたいです」

10月1日、2日、3日の19:30から、プレオープンとして同じ場所で販売を行う。協力パン屋さんは今のところ6件。枝元さんはこの日も店頭に立つ予定だ。

「今、女性の困りごとが心配です。ここ、パンを買いに気軽に立ち寄って、ちょっと相談したり話をしたりする場所にできたらいいなあと思ってるの」

日本中の街に「夜のパン屋さん」があったら。それは、わたしたちの選択次第で、もしかしたら実現するかもしれない幸福な未来だ。

  • 撮影天野花子

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