トランポリン男子・外村哲也「僕がユニフォームを脱ぐワケ」

【短期集中連載】長すぎた1年/運命の3月24日 東京五輪延期でユニフォームを脱ぐ決意をした日本代表選手たちの本音

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
父はロス五輪体操団体銅メダルの外村康二。物心つく頃から器械体操に親しみ、10歳からトランポリンの世界へ

オリンピックから、次のオリンピックまでの4年。それはマラソンに似ている。

今年で36歳を迎える元トランポリン選手の外村(そとむら)哲也は話す。

「最初の10㎞も、少しでも速く走りたい。ただ、そこで無理をしたら、その後、同じペースでは走れない。なので、若手と違い、僕は未来の元気を前借りして走っている感じでした」

そんなギリギリの状態で走っている途中、3月24日に、あろうことかそのゴール地点が変更になった。新型コロナの世界的な感染拡大を受け、東京五輪の開催が1年延期されることになったのだ。

トランポリン男子の五輪出場枠をかけた最後の戦いは4月に予定されていたが、それもすでに凍結されていた。

「その頃、(気分としては)もう42㎞地点。バタッと倒れてもいいと思って走っていたら、その一歩手前で『あと10㎞延ばします』と。いやいや、もう無理ですっていう気分にはなりますよね」

来年夏まで走り続けるためには休憩が必要だった。だが、それも許されない。

「3ヵ月も4ヵ月も休んだら、全日本(レベル)にも戻れなくなっちゃいます。そこは確信が持てました」

外村が初めて五輪に出場したのは’08年の北京だった。4位入賞を果たす。まだ23歳のときだ。日本トランポリン界初のメダルを目指し、4年後のロンドン五輪に向け再スタートを切ることは必然だった。最初に引退を考えたのはそのロンドン五輪を逃(のが)したときだった。

「続けられるのかな、辞めなきゃいけないのかなと思いましたね」

それでも、また走り出した。ところが、リオ五輪でも代表選考の争いに敗れた。すでに31歳。選手としてのピークが過ぎていることは自覚していた。にもかかわらず4年後のゴールを再設定したのは、無論、「次」が東京だったからだ。

「現役時代、僕は、なぜアスリートとしてお金をいただいているんだろうということをずっと考えていたんです。正直なところ、東京五輪に向けて僕を支援してくれる企業は、(宣伝効果よりも)気持ちの部分が大きかった。だったら、僕のがんばりで何らかの価値を返さなければならない。それを残りの1年でできるのか。そこをいちばん考えました」

引退に後悔は1ミリもない

トランポリンの競技者は演技中、約8mもの高さに達することがある。それだけに練習場の確保が難しい。コロナによってナショナルトレーニングセンターの一時閉鎖が決まり、貴重な練習拠点を失った。遠征費の補助のためにゲスト出演していたスポーツイベント等も軒並み中止が決まった。そんな中、代表の可能性は「1%あるかどうかという感じ」だった。

「オリンピックも出られない、全力で完走もできない。それでは、どうやったって、いただいたお金に見合う価値を返せないじゃないですか」 

結論は出た。外村は6月29日、自身のオフィシャルブログで引退を発表した。

「(周囲の反応は)十分がんばったねという声が多かった。年齢的にも、シンプルによくここまでやったなって」

外村には現役時代から温(あたた)め続けていた夢がある。

「引退後は、ちゃんとした施設を作って、トランポリンを広めたいと思っていた。トランポリンは、初めてやった人が楽しめるところまで最短で行ける競技。子どもなんて、ベッドの上で飛び跳ねられるだけで大喜びしているじゃないですか。これを生かさない手はないと思うんです。施設を増やせば、自然と競技人口も増えていくはずです。ただ、施設をつくるためには当然、お金が必要。なので、今は自分のビジネススキルを上げることがいちばんだと思っています」

引退発表後、外村は新規事業を立ち上げるためにさいたま市内に1Kの部屋を借りた。壁には現役時代、国際大会で獲得したメダルが収まったショーケースと、大きな本棚が置かれている。その本棚には何冊ものビジネス書が並んでいた。

悲劇的な引退にも映るが、外村に暗さはまったく感じられなかった。

「僕は幸せに引退できました。後悔は1ミリもない。コロナで辞めたみたいな見方をされるんですけど、むしろコロナで選択肢が絞られて、いろいろな迷いが消えた。今、ストレスはゼロです」

引退とはいえ、外村の場合、道が途絶えたわけではなかった。違う道を自ら選び取ったのだ。

日本代表として18年にわたり活躍。出場した国際大会は64回、合計36個のメダルを獲得した
北京五輪では、世界一美しいと評された空中姿勢を武器に日本人最高成績を出すも、惜しくもメダルには届かず
本誌未掲載カット トランポリン男子 外村哲也 東京五輪延期でユニフォームを脱ぐ決意をした本音を語る
本誌未掲載カット トランポリン男子 外村哲也 東京五輪延期でユニフォームを脱ぐ決意をした本音を語る
本誌未掲載カット トランポリン男子 外村哲也 東京五輪延期でユニフォームを脱ぐ決意をした本音を語る

『FRIDAY』2020年10月16日号より

  • 取材・文中村計(ノンフィクションライター)撮影小檜山毅彦写真アフロ(2~3枚目)

Photo Gallary6

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事