敏腕コピーライターが語る「ガチガチ社会のゆるめ方」 | FRIDAYデジタル

敏腕コピーライターが語る「ガチガチ社会のゆるめ方」

『ガチガチの世界をゆるめる』の著者、澤田智洋氏インタビュー

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(写真:アフロ)
(写真:アフロ)

生きづらい今だから「ゆるライズ」チャンス

「そう決まっているから、こうやって!」
「子どもたちには手作り料理じゃないと」
「男の子なんだから泣かないの」

家庭で、職場で、学校で。日々の生活の中、このような言葉を毎日のように耳にしているのではないだろうか。そんな発言の根元にあるのは、「アンコンシャスバイアス」というものだ。日本語に訳すると、「無意識の思い込み」や「無意識の偏ったものの見方」。大多数がそうだから、それが当然だからという思い込みの呪縛にも感じる。受け容れたり聞き流したりしていても、本当はそんな決めつけや固定観念を「つらい」と思っている人も多いだろう。

「そんな時切実に、『なんか変だな…』『このままじゃいけないんじゃないかな?』と思った人は、『ゆるライズ』できるチャンスです」

と語るのは、『ガチガチの世界をゆるめる』の著者、澤田智洋さん。「ゆるライズ」とは澤田さんの造語で、「ゆるめる」こと。固定観念で固まりきった概念や常識を崩したり、再編集したり、選択肢を増やしていくことを意味する。広告代理店にてコピーライターとして活躍する傍ら2015年には、老若男女、障害、運動神経のあるなしに関わらず楽しめるスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立した。

これまで、「500歩サッカー」「イモムシラグビー」など、80以上の新しいスポーツを生み出し、10万人以上が参加している。澤田さんは「この社会全体をもっとゆるめたい」という一心で様々に活動を広げ、この本を執筆した。

澤田さんのこの著書を一読し、「これこそ様々な固定観念でガチガチになりがちな日本に必要な、世直し本だ!」と思った。澤田さんは、マジョリティー社会の中で生きづらさを感じている人々に向けて、スポーツのみならず、文化、働き方、社会、心を「ゆるめる」という、新しい価値観を提供してくれている。

澤田さん自身もかつて20代の頃は「ガチガチの世界からはみ出してはいけないのではないか」と思い込んでがむしゃらに働いていた。過労がたたり、不整脈にもなるほどだった。しかし30代になって、新たな基準を持たざるを得ないきっかけが訪れた。2013年に生まれたお子さんには障害があり、目が見えなかったのだ。

「弱さやコンプレックスは地上に出した方がいい」理由

「最初は絶望感に襲われました。それまで、『障害者はかわいそう』と思い込んでいたからなんです。息子の誕生を機に障害者の方々に会うようになりましたが、当事者の彼らはいたって自然体。不便ではあるけれど不幸ではないことがわかりました。それ以来障害者の方たちが、『ガチガチの世界からの脱出法』を教えてくれるお手本となったのです」

まさに澤田さんは、自分が「障害者はかわいそう」というアンコンシャスバイアスに縛られていたことに気づいたのだ。視覚障害者の息子が、「目が見えなくてかわいそう」と思われるのは、視覚に頼り過ぎた社会が原因であり、息子が悪いわけではない。それなら、ガチガチに固まっている社会の標準に従うのではなく、自分の標準を作る、「標準」をゆるめることを決意した。また自身が、運動が大の苦手であり、「スポーツ弱者」であることも重なった。スポーツ弱者でも活躍できるスポーツを作りたいという思いが、「世界ゆるスポーツ協会」を設立につながった。あらゆる価値基準を一新する中、「弱さ」の価値転換が一番大きかったと言う。

「弱さやコンプレックスは地上に出した方がいいと思うことにしました。人が冷蔵庫だとしたら、収納している具材って限られていると思うんです。『強さ』という具材だけで勝負していると、作れる料理が人と似通ってくる。現在の仕事では、持っている具材すべてを使っています。コピーを書けるという具材、運動音痴という具材、子どもに障害があるという具材。世間では弱みと思われているものもすべてかけ合わせて、『ゆるスポーツ』を作っています。弱みを切り捨てて強みだけで勝負していたら、広告コピーしか作れませんでした」

スポーツが苦手な人でも活躍できるスポーツを作りたいという思いで、澤田智洋氏は「世界ゆるスポーツ協会」を設立した
スポーツが苦手な人でも活躍できるスポーツを作りたいという思いで、澤田智洋氏は「世界ゆるスポーツ協会」を設立した

迷惑をかけてこそ築ける、豊かな人間関係

世の中、とかく「強さ」の誇示や、「強くなる」ための理論が猛威をふるっている。「弱さ」とは、恥ずべきもの、隠すもの、克服しなくてはいけないもの、と思われがちだ。世の母親も、子どもたちの弱い部分を、いかにして「普通」に補正していくべきかに注力しているのではないだろうか? しかし澤田さんは、子どもたちの「弱さ」にこそ注目した方がいいとアドバイスする。

「この子しか持っていない具材でできる料理は何かな?」という視点が、その子の独自性を尊重すると言う。今後AIがさらに社会に浸透し、代替可能が仕事は担われていくことを考えると、子どもを「普通」に育てる方が、リスクが高いと指摘する。「弱さ」は、捨てずにとっておけば、いつかそれが「売り」になるかもしれないのだ。

「親は『人に迷惑かけちゃいけない』という思いが強過ぎるから、普通でいなさいとか、はみ出しちゃいけませんと言うんですよね。でも迷惑って、人に遠慮せず、もっとかけてもいいのではないでしょうか」

と言う澤田さんの好きな言葉は、コメディアンの故たこ八郎さんの座右の銘である、『迷惑かけてありがとう』だそうだ。迷惑をかけられた方は頼られていると感じ、「この人のために自分が頑張ろう」と思える。迷惑をかける、かけられることがひとつのコミュニケーションとなり、周りの成長も促していくきっかけになるのである。

「だから、息子の障害のこと、運動音痴という自分の弱さをカミングアウトして、まわりに迷惑かけることにしようと思いました。弱さをさらけ出すことって、迷惑かけますよね。『僕はスポーツできないからどうにかしてよ!』と(笑)。そうすると迷惑をかけられた方は、どうにかしようと活動に加わってくれる。強さを見せても『すごいね』で終わりますが、弱さをさらし迷惑をかけることで、みんなが助けてくれ、解決策を考えてくれるきっかけになる」

著書の中で澤田さんは、「強さは一律、弱さは多様」「弱さは、人と人をつなげる紐帯」と表現している。自分独自の弱さを出すことで、人間性をわかってもらえて、そして関わりの中で、まわりのみんなが強くなったり優しくなったりすると言っている。

強くなくても、決して負け犬でも、諦めても、逃げているわけでもなく、「弱さを誇る」というアプローチがこの世の中にはあるということ、それが豊かな人間関係を生むことを教えてくれている。強みだと思っているもの以外に自分らしさが宿っているという主張は、世の中の悩める「非・強者」たちの救いにもなるのではないだろうか。まさに読者の心をゆるめてくれている。

澤田さんがこの本のタイトルを見せると、今まで気づかなかったのに、「そういえばうちの会社ガチガチだわ」「考えてみると小学校のPTAってガチガチ!」と、「ハッ」とする人も多いそうだ。今年はコロナ禍で誰もが、あらゆる常識や固定観念がひっくり返される体験をした。「今まで」の自分の考え方を冷静に振り返り、「ガチガチ」だったものにも気づきやすいタイミングだと感じる。今見えている社会や生活は、決して変革不可能なものではない。まずは自分自身をゆるめ、考え方を変えてみることから始まる。この本を参考に生活や心を「ゆるライズ」してみれば、もっと生きやすくなる、新しい世界が見えてくるに違いない。

ブランドサッカー日本代表の国際試合のハーフタイム。サッカーJリーグや日本代表として活躍し、引退後にブラサカ日本代表になったGK榎本達也(右端)は全盲の選手たちをトイレに連れていくため、さりげなく自分の肩を貸した。ここに「迷惑」という言葉は存在しない
ブランドサッカー日本代表の国際試合のハーフタイム。サッカーJリーグや日本代表として活躍し、引退後にブラサカ日本代表になったGK榎本達也(右端)は全盲の選手たちをトイレに連れていくため、さりげなく自分の肩を貸した。ここに「迷惑」という言葉は存在しない
  • 取材・文上村彰子

    カルチャー、社会、教育問題をテーマに執筆活動中。著書に『お騒がせモリッシーの人生講座』(イースト・プレス)、『大人は知らない 今ない仕事図鑑100』(講談社)。映画『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』では字幕監修、解説、『モリッシー自伝』(イースト・プレス)では翻訳を手がけた。

  • 撮影長濱耕樹(インタビュー)

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