テレビCMで長澤まさみが言う「これっす」は敬語か否か

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

「です」も「だ」もしっくりこない、そんな時には「す」をどうぞ

「そうっすね」「マジすか」など、ガテン系、体育会系の若者言葉といわれる〝す言葉〟。「ですます」でも「だ」でもない「っす」は新手の敬語なのか? 関東学院大学で教鞭を執る言語学者の中村桃子さんはこれを〝ス体〟と命名。社会言語学の観点から5年の歳月をかけて調べ、一冊の本にまとめた。

中村さんが思う〝ス体〟の魅力とは? そこには単に若者言葉では括れない、驚くほど豊かな世界があった。 

(イラスト:たつみなつこ)

日本人の「丁寧言葉」に起こった大きな変化

〝ス体〟は新しい言葉づかいではなく、1954年10月12日の『朝日新聞』に掲載された『サザエさん』にも登場しているという。けれど中村さんが〝ス体〟に興味をもち始めたのは’90年代のこと。男子学生たちのなかで、後輩が先輩を立てる時に使われていると気づいたのがきっかけだった。

「私は経営学部の教員なので、学生のほとんどが男子です。あの子たちは本当に可愛くて、何かヘンな言葉を使うわけです。〝山本ディスられた〟とかね。意味を聞くと〝ディスはディスリスペクトだ〟と。英語苦手なのに何でそこだけ英語なんだと笑ってしまいますが、彼らのやりとりが面白いというのがまずありました。 

またこの分野の観点から言うと、これまで日本語の丁寧さというのは丁寧体の〝ですます〟でしたが、私たちは丁寧体だけで話すことは滅多になく、〝だ〟や〝である〟などを使い分けながら、相手との関係を調整しています。それに関してはたくさんの研究が行われていますが、誰も〝す〟をやっていない。〝す〟によって日本人がもつ言語的な丁寧さに、何か大きな変化が起こっているのではと興味を持ちました」(中村桃子さん 以下同)

体育会系男子が見せる、先輩への超繊細な気遣い

社会言語学は社会と言葉の関係を考察する学問だ。〝社会が変わることで言葉が変わる。言葉が変わることで社会が変わる〟、この2方向から動向を研究する。

中村さんは体育会系クラブに属する3人の学生に、30分間自由に話してもらった。3人の内訳は後輩が2人、先輩が1人。ぱっと見た感じでは、誰が後輩で先輩なのかわからないぐらいに仲がよく、普段と同じようにスマホをいじりながら会話をしている。

  • 後輩「け、ヤバくないッスか? 4年生に結構あるじゃないスか」
  • 先輩「あー、なんか」
  • 後輩「ヤバいッスよね」
  • 先輩「色々ヤバいらしいじゃん」
  • 後輩「ッスよね」

という具合だ。その結果、驚くことがわかった。

「テープを書き起こすのに〝す〟と促音の〝っす〟が聞き取れないぐらい、ものすごい早さで喋っていました。でも本人たちは絶対に聞き逃さず、後輩1が〝っす〟と言うと先輩はしっかり反応するのに、後輩2は全然無視。先輩に話しかけていることが、それだけでわかるからです。 

後輩が〝す〟を使って、もうひとりの後輩と先輩に同時に話しかけることはありません。〝す〟を使うと先輩しか返事をしないので、結果的にひとりにしか話しかけなかったことになるからです」

さらに後輩は先輩に対し、すべてに〝ス体〟を使うわけではないこともわかった。先輩が対面を保てないような発言をした場合は瞬時に〝ですます〟で返事をし、先輩の対面を保つように配慮する。

「若い人は上下関係に無頓着だとか敬語を使えないとか言いますけど、とんでもなくて、非常に繊細ですし、感覚は鋭いです。年配者には慇懃無礼な敬語を使っておけばいいやというのではなく、いろんな距離感を調整して喋っています。あのスピードで即座に判断し、対応しているというのは驚きでした」 

日本語で〝親しい丁寧さ〟を表現するのは難しいが、〝ス体〟は相手との距離感を縮め、同時に聞き手も選択し、さらには自分の主張を和らげる効果も期待できる。恐るべし〝ス体〟の世界! だが、ここでひとつ疑問が。実験に参加した先輩が、もしも〝ス体を使わない主義〟だったとしたら?

「全部終わったあとに実験の主旨を打ち明けて、先輩って絶対に〝す〟を使わないのねと言ったら、先輩が私に〝あり得ないっす〟と。要するに先輩も〝す〟は使うのですよ(笑)」

批判しなくちゃいられない! だけどつい使いたくなる新敬語

そんなほんわかしたムードのある「ス体」だが、ネット民の間では炎上騒動も。2014年、コミュニケーションサイト『発言小町』に〝目上の人に「っす」を使っています。「っす」は丁寧語っすよね?〟といったトピが上がり、300ものレスがついたのだ。

「ほとんどが、それは丁寧語ではないというネガティブなコメントでした。中には〝バカ丸出し〟とか〝一生暴走族やっててください〟といったひどい言いようも。 

言葉の丁寧さというのは日本文化の誇りであり、根幹に関わるものだという思いがあるので、許せないんでしょうね。そう感じる人が多いところが、他国の言語とは異なる点です」

一方で「冗談キツイっす」「うっす。丁寧語じゃないっす」といった〝おもしろ系レス〟も目立った。

「おもしろ系では、みなさん〝ス体〟を使っていました。礼儀がないと言えばそうなのかもしれないけれど、可愛げがあるというか、にくめない言葉なんですよね」

最近ではアサヒビールのCMで、長澤まさみが〝ス体〟を使っていたのも印象的だ。竹野内豊が“アサヒ ザ・リッチ”を飲みながら言う「…好きだ」に応えて「私も」と長澤。自分のことかと思う竹野内に向かって商品を掲げ、「これっす」と言うのだ。ガテンだヤンキーだと言われ、ネットでもさんざん叩かれた〝ス体〟だが、長澤がサラリと口にすることで茶目っ気のある愛らしい人間像が一瞬で浮かんでくる。

好感度を何よりも重視するCMで使うということは、〝ス体〟の立ち位置も変わってきているのかもしれない。

アサヒビール広報担当者によると「これっす」へのクレームは来ていないという。『発言小町』ではあんなに炎上したのに。TPOに応じた使い分けと、使う人の魅力が大事ということか?(写真提供:アサヒビール)

「親しい丁寧さを表現するには〝す〟以外にもちょっと方言を入れるなど、みなさん工夫をされています。けれど〝す〟には、つい使いたくなってしまう愛らしさがあります。これまで中村の本をとりあげてくださったメディアの方たちも、みなさん記事に使われていましたので、フライデーさんもどうぞ遠慮なく(笑)」 

ではお言葉に甘えて。

〝ス体〟の伸びしろ、パネェっす。てかイカつい学会でそれ発表しちゃう中村さん、マジヤバイっす(笑)。

 

中村桃子(なかむら・ももこ) 関東学院大学教授。博士。専攻は言語学。研究の中心は言葉とジェンダーの関係。著書は『翻訳がつくる日本語———ヒロインは女ことばを話し続ける———』、『新敬語「マジヤバイっす」社会言語学の視点から』(共に白澤社)、『女ことばと日本語』(岩波新書)ほか多数。『「女ことば」はつくられる』(ひつじ書房)で第27回山川菊栄賞受賞。次なる研究テーマは、洋画などを日本語に翻訳した際に現れるゲイの言葉づかい(いわゆるオネエ言葉)。

  • 取材・文井出千昌

    フリーライター。「森本美由紀 作品保存会」代表。ファッション誌・情報誌・音楽雑誌・ウェブなど、仕事のジャンルはさまざま。
    中村さんが調べた限り、最も古い〝す〟の出現は1954年の『サザエさん』とのことだが、サザエさんといえば、弟カツオの「あいすみません」といった、小学生とは思えない言葉づかいも大いに気になるところだ。

Photo Gallary3

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事