岡村靖幸最高傑作『あの娘ぼくがロングシュート〜』の斬新さ

スージー鈴木の「ちょうど30年前のヒット曲」、今回は岡村靖幸の『あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』!

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提供:ソニー・ミュージックダイレクト

ちょうど30年前のヒット曲を紹介していく連載です。今回は、1990年の10月10日=「体育の日」に発売された、26文字からなる長いタイトルを持つこの曲。

岡村靖幸との出会いについて、私は何度か書いています。拙著『イントロの法則』(文藝春秋)より引用。

――忘れられないのは、この89年の夏、NHK-FMで、確か渋谷陽一や萩原健太、今井智子、ピーター・バラカンらが集まる座談会みたいな番組があって、岡村靖幸の名曲『Vegetable』を萩原が紹介し、周囲が「こんなの、プリンスの物まねだ」と批判したのである。そのとき私は、批判には耳を貸さず、その『Vegetable』という曲にノックアウトされ、アルバム『靖幸』を購入し、さらにノックアウト。その傑作アルバムの中の曲として、この曲を知ることとなる。

『Vegetable』が収録されたアルバム『靖幸』(89年)を聴いて、大学4年生の私はひっくり返りました。

まず驚いたのは、日本語の歪め方。例えば『Vegetable』の歌い出し=「♪愛犬ルーと散歩すりゃ ストロベリー・パイ」。これが全く聴き取れなかった。日本語ではなく英語、いや英語よりも、もっと粘着的な新言語のように響いたのです。

後から冷静に捉えてみれば、この言葉の歪め方は、佐野元春からの流れを汲むことが分かるのですが(ちなみに佐野も岡村靖幸もレコード会社は同じEPICソニー)、『Vegetable』を聴いてすぐの私は、聴いてただただ驚くばかりでした。

次に、歌詞に埋め込まれた爆発的な言語感覚にも大いに驚きました。『靖幸』収録『聖書(バイブル)』の歌詞=「♪Crazy×12-3=me」(この歌詞を「♪くれーずぃ・かけ・じゅーに・むぁーいなす・さーにず・みぃ」と歌う)。一体何なんだ、これは? そもそもこれは歌詞なのか?

『靖幸』の前作『DATE』(88年)収録の『Super Girl』には、もっと強烈な文字列が紛れ込んでいました――「♪Baby I Got 愛が人生のMotion ベン・ジョンソンで証明済み」

そして何といっても、いちばん驚いたのは、岡村靖幸一流のセクシーでアバンギャルドな世界観に、です。例えば『あの娘ぼくがロングシュート~』収録のアルバム『家庭教師』(90年)の中の『祈りの季節』には「Sexしたって誰もがそう簡単に親にならないのは赤ん坊より愛しいのは自分だから?」という強烈な歌詞があります。

これらが積み重なって、岡村靖幸は「ねえねえ、岡村ってさぁ、なんかイヤだと思わない?」「天才かもしんないけど、あんなヤツ絶対友達にしたくねえよな」という感じで語られるようになりました。あ、これは『靖幸』収録『Punch↑』の冒頭にあるセリフなのですが。

半笑いでイジられる岡村靖幸。「変態」だと疎(うと)んじられる岡村靖幸――白状すれば、当時の私は、岡村靖幸ファンであることを公言して、奇異な目で見られることを、少しばかり楽しんでいたフシがあったのですが。

しかし、です。当時の岡村靖幸ファンは、みんな知っていたのです。ハードコアな殻を割った内側にある岡村靖幸の本質が、純粋無垢で少年的な、つまりは「イノセンス」だということを。

「岡村靖幸イノセンス」が炸裂するのが、この『あの娘ぼくがロングシュート~』であり、この曲のクライマックスに響き渡る、最高最強のパンチラインなのです。

――♪寂しくて悲しくてつらいことばかりならば あきらめてかまわない

バブル最高潮の中で増え始めていた「寂しくて悲しくてつらくても、とにかくがんばろう」ソングの真逆を行くフレーズを、まず宣言します。そして、次に続くフレーズで「岡村靖幸イノセンス」が頂点に達します。

――♪大事なことはそんなんじゃない

そんなん」は「寂しくて悲しくてつらいこと」で、つまりは大人の世界。90年に社会人1年生となった私にとっては、バブルのど真ん中で、眼前に立ちふさがる面倒くさい強敵のこと。

「そんなんじゃな」い「大事なこと」、それこそが純粋無垢な少年であり続ける「イノセンス」じゃないかと、岡村靖幸は高らかに歌ったのです。「岡村靖幸イノセンス」は、私の、そして、バブルの中で所在無げな多くの若者の「イノセンス」をも、堂々と肯定したのです。

あれから30年が経って、音楽業界は激変しました。あの当時の岡村靖幸を超える日本語の歪め方や、意味不明な歌詞、セクシーでアバンギャルドな世界観を持つ音も、あちこちに現れたと思います。

ちなみに私は、米津玄師の粘着的な歌い方を聴いて、岡村靖幸を想起します。『あの娘ぼくがロングシュート~』から30年、ひいては、佐野元春『アンジェリーナ』から40年という時の流れを、米津の歌に感じるのですが。

私も50を超えて、「イノセンス」の「イ」の字すら忘れてしまいがちな毎日を過ごしています。抱えるものも多くなり、つまらないストレスや瑣末事が、頭の中を支配しがちです。

それでも、しばしば訪れる中野サンプラザでの岡村靖幸コンサートで、私より1つ上の岡村靖幸が、目一杯踊って弾けるさまを見て、こう思い直すのです――大事なことはそんなんじゃない。

  • スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。

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