退団まもない宝塚OGが見つけた「いまが一番幸せ」と言える価値観 | FRIDAYデジタル

退団まもない宝塚OGが見つけた「いまが一番幸せ」と言える価値観

「東の東大、西の宝塚」永遠のフェアリーたちのセカンドキャリア

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インタビューに応じた城妃美伶さん
インタビューに応じた城妃美伶さん

9年間在籍した宝塚歌劇団では新人公演で5度にもわたるヒロインを務めた城妃美伶さんは昨年11月に退団した。セカンドキャリアに飛び込む前に、憧れのタンゴの本拠地、南米・アルゼンチンに一人旅をした。旅先で今まで経験することのなかった、心に突き刺さる出来事に遭遇した。

そして帰国後に新型コロナウイルスショックに見舞われ、今年11月、出演が決まっていた人気公演「るろうに剣心 京都編」(主演・小池徹平)の全公演が中止となる憂き目にもあった。第二の人生を歩み始めた直後に訪れた洗礼によって城妃さんに知らぬ間に新しい「価値観」が育まれていた。

旅先で目にした「衝撃の現実」

「『るろうに剣心』のお話は、宝塚退団後にいただいた、ありがたいオファーでした。でも最初はお断りしようと思っていました。それはもう一度、舞台に立つためには宝塚の以上の覚悟が必要だと感じたからです。

だって、1か月以上舞台に命がけで立ち続けることなんです。宝塚在団中はそういう気持ちでやってきました。大変なの、本当に。一つの役の事を考えると寝られない、その意味がわからなかったら、わかるまで寝られない。その役の人生を自分のモノにしなきゃいけない。宝塚在団中の私は、それこそ寝る間も食べる時間も削ってやってきました。もう一度その覚悟ができるのか‥迷ってしまったんです」

オファーをすぐに受けなかったことには理由がある。退団後にアルゼンチンとニュージーランドへ一人で出かけた。遊び心ではない。二つの国にそれぞれ1か月近く滞在した。すると周囲の人が「タカラジェンヌ・城妃美伶」ではなく、一人の人間として接してくれた。新鮮だった。アルゼンチンに来たのはこれから極めていきたいタンゴの勉強のためだった。

そこで出会いがあった。昼間、人通りが多い繁華街のファストフード店で若い女性が小さい子供抱えて近寄ってきた。ホームレスだった。地べたに座り「お金をください」と物乞いをしてきた。その彼女は「私より断然若い女性でした」。 衝撃的な真昼の出来事だった。

「ちょっとでもいいから、こういった現状を変えなきゃいけない、これから何か関わらなきゃいけないと思ったんです。在団中は余裕がなくて何もできなかった。今は個人的にでもいいから私を通して、より多くの人に、こういうことがあることを知ってもらえたらと発信していきたいんです。

宝塚は女性の劇団じゃないですか。宝塚を愛してくださる皆さんに世界中の女性のことを少しでもいいから知ってもらいたい。世の女性たちのパワーになれたらいいなと‥」

子供の権利を推進して、貧困や差別をなくしたい。「国際NGOプラン・インターナショナル」という活動があるのを在団中に知り、ホンジュラス共和国に住む7歳の女の子、エルサちゃんの〝親〟にもなったほどだ。

全身全霊をかけて打ち込んできた宝塚歌劇団を退団後、城妃さんの中に「極端な言い方をすれば1年間、ニートでもいい」と思えるほど頑張った、という自負はあった。ただ、一人旅したアルゼンチンでは、やりたいことを選ぶことに悩むどころか、1日を過ごすことでさえ精いっぱいの現実に触れた。冒頭で紹介した、ミュージカルのオファーが届いたありがたみを深く考え直すきっかけになったことは想像に難くない。

「作品の脚本、演出が在団中に長くお世話になった小池修一郎先生で、私をわざわざ思い出して下さったことを知りました。そこでお受けしますとお返事させていただきました」

小池先生をはじめ、指導を受けた宝塚歌劇団は見た目とは裏腹に厳しい世界だ。専門のトレーナーはいない。365日、すべてにおいて自己管理を貫き、舞台に立つ日々が続く。まず役になりきる、そのためには膨大な情報を集め、自分に落とし込む。体調もメンタルも極めつづける準備がそれぞれ個人に委ねられる。

「タカラジェンヌは、アーティストでもありアスリートでもあります。どんなコンディションでも舞台では80点以上は取らないといけない。今日できないことは、明日までに出来るようにしなくてはいけない。進み続けなければ沈んでしまう船のような感じです。実力と自信は比例すると思うので、その自信を得るために準備をする日々なんです」

城妃さんは、「命がけになる」覚悟を決め直してミュージカルに備え、前売りチケットの売れ行きも好調だったが、新型コロナによって全公演が中止となった。周囲から見たら、第二の人生を歩む上でステップアップになったかもしれないチャンスが幻と消えたわけだが、城妃さんには違う感情が芽生えてきている。

「新型コロナによって、人生において大切なことを再確認できました。人、モノ、お金、時間、すべての価値観が変わりましたから」

たとえば、宝塚在団中は、撮影があるたびに「ファンの方に新しいアクセサリーや衣装を見せなければ」という意識にとらわれて、その都度、新しいものを購入していたという。

「その分、ひとつのモノに対する愛情が薄れていることに気が付きました。でも今は、たとえばひとつのシャツをアイロンをかけて何度も着たいと思いますし、それはモノに限らず、人、時間に対しても同じことが言えます」

アルゼンチンでタンゴを実演した城妃美伶さん(提供:宝塚OGサポーターズクラブ)
アルゼンチンでタンゴを実演した城妃美伶さん(提供:宝塚OGサポーターズクラブ)

転機になった”人事異動”

新型コロナによって大きな仕事を失ったとしても、発想を変えながら前向きになれるのは、在団中から何度も試練を乗り越えてきたからだ。

「私〝ダメ出しクィーン〟だったんです。優等生のように見えるかもしれませんが、最初からできたことは何もないんです。私には「不器用伝説」があるくらいですから。音楽学校時代の歌の成績も最初はビリ。『城妃が大劇場でソロを歌える訳がない』と思われていました。歌のレッスンでは毎回泣いていました」

日本一華やかな歌劇団に立てば過緊張から声が出なくなることもあるという。しかし「私は舞台で声を潰したことがない」と力を込める。舞台で声がかすれない、歌うための体作りはインナーマッスルを鍛える地道な作業の繰り返し。「私はオタク気質ですから」とタカラジェンヌには似つかわしくない言葉が出た。「すべてにおいて極めたがり」という自己分析を聞いて納得した。

「音楽学校時代は、とにかく出来ないままにしておくのが嫌でした。他の人がすぐにできることは私にはできなかった。その分、人が通らない道を通ったことが、今に生きている。神様から一つ才能をもらったとするならば、それはどんなことも〝積み重ねること〟ですかね。歌うための体づくりは今もやっています。スポーツ選手のルーティンに近いかな。今日の体の長に耳を傾けられる瞬間でもあります」

歌劇団に入団して4年目。「星組」から「花組」へ組み替えした。会社組織で言えば人事異動だ。サラリーマンの世界では「左遷」と呼ばれる異動もある。

「星組から離れるのは寂しかったです。でも花組に組み替えになってから自分自身が〝柔らかくなった〟気がします。星組では、何もかもができなすぎて、自分を磨かなきゃいけない、という思いが強すぎました。周囲を見る余裕がなくて、わがままではなかったけれど、未熟すぎましたね。星組の時は」

2015年、花組に組み替えして最初の公演が新人公演の「カリスタの海に抱かれて」。この公演で、新人公演初主演となる男役、水美舞斗さんの相手役に指名された。

「水美さんは主演になれそうでなれない時が続いて、その新人公演で待望の主演に抜擢されたんです。そのことはみんな知っていて。決まった時に水美さんへ『よかったね』と周りが号泣していたんです。水美さんがみんなに愛されて、おめでとうって言われている光景を見た時に、絶対にいい公演しなきゃいけないと思ったと同時に、『水美さんを引き立てて輝かせて、自分も輝きたい』と思ったんです」

自分がやりたい役を目指す。それはライバルを上回るために追い込む努力は必要だ。しかし一方では公演で同じ舞台に立つ共演者にリスペクトの気持ちがないと、配慮や想像力に常にアンテナを張り巡らせなければ、観客が喜ぶ公演は成立しない。花組への組み替えでプライペードでの充実度も増した。

「自宅に同じ組の仲間を呼んで、よく料理を振舞いました。タカラジェンヌが集まる家でした。自慢のレシピは”美伶ちゃんカレー”ですね(笑)、豚肉とキノコを入れてトマト缶ベースで作るんです。一緒に作り上げる仲間と信頼関係を築いていく。楽しいひと時でした」

娘役と共に成長し、昨年笑顔で退団できた。「こんな幸せは二度と来ない」と思った。やりきった充実感は退団する時にタカラジェンヌ全員が感じる思いだった。だが、退団後にはアルゼンチンでのホームレスとの出会いが分岐点になった。そしてコロナショックがやってきた。それでも今が一番幸せだという。

「3年後の私ですか?楽しみしかない。かなり前向きに生きていますから。私には夢があります。中身は叶うまで内緒です。何かで有名になりたい、お金持ちになりたいということじゃない。それは温かいものが通う生き方みたいなもの。今はその下準備をしている。そんなイメージです」

アルゼンチンで決めた覚悟はコロナショックも寄せ付けない。何事もどんなことが起きても覚悟を持って積み重ねていく、そう決めた。そんなLIFESIZEが困難な時代を生きて行く大きなヒントに見えた。

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提供:宝塚OGサポーターズクラブ
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  • 撮影長濱耕樹

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