ついに完結『コウノドリ』出産の奇跡を描き続けた7年間の思い

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聖ペルソナ総合医療センターを舞台に、妊娠・出産にまつわる様々な出来事を、産婦人科医でありジャズピアニスト“ベイビー”でもある、鴻鳥サクラ(こうのとり・さくら)の視点から描いた漫画『コウノドリ』。2012年の連載スタート時から話題を呼び、2015、2017年に綾野剛主演で2度ドラマ化されるなど多くの人の支持を集めた、コミックス累計発行部数800万部を超える大ヒット作である。その最終巻となる32巻が発売された。

7年間続いた大人気連載の最終巻が、10月23日に発売された。『コウノドリ』32 鈴ノ木ユウ著(モーニングコミックス)

妻の妊娠中にサクラのモデルのひとりでもある荻田和秀氏(りんくう総合医療センター)と出会い、さらに助産師さんに促されて立ち会った出産で衝撃を受けたことが、後に『コウノドリ』を描くきっかけとなったという鈴ノ木氏。34歳でデビューして間もないにも関わらず、初めての週刊連載に挑み、7年間懸命に走り続けてきた思いを語ってもらった。

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医療従事者の協力と読者の応援、家族の存在が支えに

ーー7年間の連載が終了し、最終刊が発売された今のお気持ちは?

「終わったな」という感じですね。連載開始当初はこんなに長く続くとは思ってもいませんでしたし、連載中は、常に目の前の締めきりをこなすのに一生懸命で、気づいたら7年経っていて (笑)。週刊連載はしんどかったですが、今振り返ってみると、ドラマ化など楽しいこともあったなと思います。

『コウノドリ』は、僕ひとりでは絶対に描けない漫画でした。産婦人科医や小児科医、救急救命、ソーシャルワーカー、助産師さんなど、温かな人たちの協力と、支えてくれる読者がいたからこそ描くことができたと思っています。そういう意味で、すごく運が良かった。それをうまく作品で伝えられたかどうかはわかりませんが、いろんな方々の協力があったから続いてきた連載が、(たぶん笑)惜しまれつつ終わる。そんな幸せな漫画を描くことができて、すごく良かったです。

産科医でありながら、天才ピアニスト”ベイビー”としてステージに上がる主人公・鴻鳥サクラの登場シーンから始まった記念すべき第1話

ーー4歳からコミックスのおまけページで絵を描いてきた息子さんも、もう12歳。最後の単行本作業の時には、親子でなにか会話がありましたか?

最後だから「ちゃんとやらなきゃね」と言っていました。「協力しているよ」なんてことを自分から言うことはありませんが、普通に見守って協力してくれていたと思います。そんな息子の存在自体が、僕にとってはすごく励みでしたね。

 

――『コウノドリ』を描いた7年間で感じた変化はありましたか?

連載中というよりも、連載前の変化が一番大きかったですね。実は僕、結婚前に子どもができたときには「人生終わった」と思ったんですよ。34歳まで売れないロックミュージシャンで、人生好きなことしかやってこなかったし、当時はロクに仕事もしていなくて。それが、生まれてきた子どもを見た時に「何も終わっていない。これからが始まりだ」と感じてから、いいことずくめになったんです。

だから、子どもが生まれるって、すごくいいことしかない。子どもが肉を食べたいときに、ちゃんと食べさせてやれる親になりたいと思ったからこそ、バイトの掛け持ちではなく、漫画1本に絞ってがんばることができたし、今日も息子に片付けや宿題を促す裏で、僕も負けずに仕事しなきゃと奮い立たせてもらっている。だから息子をすごく尊敬していますし、常に“すごいな”と思っています。

「出産はだれのもの」というテーマと鴻鳥サクラの生い立ち

ーー連載当初から、最終回で描く題材は決まっていましたか?

最初のテレビドラマ化が始まったころは、出生前診断(23巻収録、TRACK66)を最終回にしようと考えていました。ところが連載を続けている間に、医療現場で新型出生前診断(NIPT)が広く行われるようになったので、最終回は別の題材にしたほうが良いだろうと思ったんですね。ありがたいことに、連載も続けさせてもらえる状況でしたので、とにかく先に出生前診断の話を描くことになりました。

ーー途中で方針を転換したんですね。新たに最終回に向けて、どんな風に物語を組み立てていきましたか?

そもそも『コウノドリ』は、出産や医療的なものを描こうと思って始めたのではなく、「家族」を描きたいという思いからスタートしました。1つのシリーズを描き終えるころに、次はどんな題材があるのかを取材で聞き出し、調べては描いての繰り返しでしたので、当然ながら一般的な症例は描きつくしてしまい、残るケースは、何万人にひとりという希少な症例ばかりになってしまったんです。

珍しくて難しい症例が立て続けになると、読者にとって出産が“怖いもの”になってしまうのではという心配がありましたし、最初に描きたかったものとは違う方向になってしまうなと思って。それなら1回〆て、「出産はだれのものだろう」というところに着地させようと思いました。

ーー「出産はだれのもの」というテーマは、作品全体を通して問いかけられてきたものでもあります。そのテーマを、サクラの亡き母・幸子に似た境遇の女性が登場するストーリーで描いた理由はなんですか?

折に触れて、サクラの生い立ちに関するエピソードを挟んできましたが、やはり核心の部分もきちんと触れておくべきだと思っていたからです。

実は、サクラが乳児院で育ったという設定は、僕の奥さんの幼馴染みの産婦人科医に聞いた話から生まれました。出産直前になって病院に飛び込んで来て、赤ちゃんを産んだら姿を消してしまう人が実際にいると聞いて、びっくりして。同時に、その赤ちゃんはどうなるんだろうと疑問に思って聞いたら、「乳児院に入る」と言うんです。僕はそこで初めて、乳児院という施設があることを知り、調べました。

そして、乳児院や児童養護施設で育った子に、どんな人になってもらいたいかと自分なりに考えた結果、医師になる設定を思いついたんです。僕は個人的に、漫画は現実では叶えにくい想いをすくい上げることができる媒体だと思っているので、立派なお医者さんになってくれたら素敵だなと。

それこそ、企画段階では“売れないピアニスト”だったサクラが、担当編集の「漫画なんだから、夢を描きましょう」という一言で、“天才ピアニスト”になったのと同じ発想ですね。

もう1つ描きたかったのが、聖ペルソナ総合医療センターのメンバーの“プロフェッショナル”な姿勢。取材でたくさんの医師から話を聞きましたが、「患者に対して、個人的な感情でブレる医者なんか使いたくない」という意見が多かったんです。

TRACK55羊水塞栓症(19巻収録)で、小松の親友の助産師・武田が、出産直後に羊水塞栓症で危険な状態になるシーンがあります。僕は、取り乱した小松が分娩室から出て行く展開を考えて荻田先生に相談したら、「そんな助産師はいらない」と言われてハッとした。確かに、動揺して職務を放り出す人に、自分の命は預けられないだろうなって。

ですから医療従事者は、一人ひとりきちんとプロフェッショナルというものにこだわりを持たせて描きました。

ーー最終巻に収録された「TRACK84:助産師の選択」では、その小松が人生において重要な決断を下すエピソードありますが、やはりそこで印象的だったのは、助産師である彼女のプロフェッショナルな一面でした。

そうですね。人には、恋愛や仕事などいろいろ大切なことがあると思いますが、女性はそれに加えて妊娠・出産があります。個人の都合ではどうしようもない状況も出てきますが、僕は、誰もが「自分で自分のことを決める」ことができるのがベストだと思っています。

僕も、奥さんには自分でなにをするのか決めて欲しいですし、決まったらそれに協力する。奥さんはミュージシャンなので、彼女のライブがあるときは僕が仕事を休んで子どもの面倒をみましたし、連載開始前に担当編集さんにも宣言したんです。「奥さんのライブの日は、なにがあっても絶対に休みます!」って。

ーー素敵です! 確かに聖ペルソナ総合医療センターのメンバーたちをはじめ、『コウノドリ』に登場したキャラクターたち全員が、それぞれ「自分がやりたいこと」「自分がすべきこと」のために、最後まで突き進んでいきました。それもまた、漫画だからこそ描ける“理想”の姿だったんですね。

サクラに関しては、奥さんの希望も反映しています。彼女が妊娠中に通った産婦人科について、「診察まで長時間待つのに、診察時間が短いのであまり会話がなくて、医師が冷たい感じがするのが残念だ」と言っていて。でも医師側からすると、問題がない妊婦さんは説明することもないので淡泊な対応になるし、時間も限られているので次々さばいていかなくてはという事情がある。

本当は一人ひとり丁寧に説明したいけれど、現状は対応できない。だったら漫画の中で、丁寧に診てくれて、安心できるお医者さんを描こうと思って描いたのが、サクラなんです。どちらかというと、現実にいそうなのは四宮。あんなに過激ではないと思いますが、診察の時間配分をみて適切に対応するのは、普通のお医者さんの正しい姿だと思います。

See You!

ーー7年間の取材で、印象に残っているものは?

初めて奥さん以外の方の出産に立ち会わせていただいたときは、痛がり方が全然違うことに驚きましたし、帝王切開手術に立ち会ったときは、お母さんが不安にならないように普段通り話しかけつつも、筋膜を1枚ずつ切っていく医師の手腕に舌を巻きました。またNICU(新生児集中治療室)の取材では、僕が訪れる3日前に奥さんが脳死状態になってしまったという男性が、子どもをみている姿が印象的で。

僕が取材するのは医療従事者に限っていて、妊婦さんや経産婦さんの話は聞かなかったのですが、お一人だけ聴覚障がいの方から話を聞いたのも印象に残っています。

ーードラマ2期の第1話で、志田未来が妊婦役を演じたことでも話題になったエピソードですね。漫画では、TRACK53:聴覚障がい(18巻収録)で描かれています。

そうなんです。実は、ドラマのプロデューサーさんから提案された題材だったんですよ。障がいのある人を描くのはすごく気を遣いますし、僕は自分がわからないものを描くことができないので、取材させていただきました。

――ドラマの制作側からの提案だったとは、驚きました。

初めてドラマ化のオファーがきたときに、プロデューサーさんと話をして、すごく信頼できるスタッフ陣だなと感じたんです。ドラマと漫画はお話のスピード感が違いますし、映像は耳と目から情報が入ってくるので、より親切になっている。だから「こんな話はどうですか?」と提案されたときに、素直に「いいですね」と受け入れられて。今でも連絡を取り合うほど、仲良くしています。

ーー原作者とドラマ制作側の仲が良好だからこそ、ドラマもヒットしたんでしょうね。他にも、ドラマから影響を受けたことはありますか?

受けまくりですよ! 僕は、投稿作と短編しか描いていない段階で連載をスタートさせたので、絵柄がどうとか、キャラクターをどう立てるかなんてまったくわからなかい状態だったんです。ただ良い話、ストーリーを作らないとというのが一番だったので、キャラクターの顔が定まらないままスタートして。ドラマで綾野剛さんの髪型を見て「どうですか?」と聞かれて初めて、「こうなっていたんですね」と(笑)。

ドラマがスタートすると、「綾野さんに寄せた顔でサクラを描いてください」というオファーが増え、目の前に綾野さんの写真を置き、それを見ながら「綾野さんカッコイイな」と思いながら描いているうちに、漫画もこっちのほうがいいじゃんという感じで絵が変わっていって(笑)。連載当初よりも格段にサクラのかっこよさが増しているのは、すべて綾野さんのおかげです。

ーー描いていて楽しかったエピソードは?

やっぱり、子どもが無事に生まれるときは楽しいです。描いていてモチベーションが上がるというか、最後に向かうのが楽しい。絵でいうと、救急救命の話は動きが多いので、テンションが上がりますね。

ーー逆に苦労したエピソードは?

TRACK40〜41(13巻、14巻収録)の子宮頸がんです。最終話もがんのシリーズですが、女性にとって身近でデリケートなことですし、がんは気づいたら隣合わせにあるものなので、本当にこういう伝え方で良いのかと悩みました。子宮頸がんを予防するワクチンもありますが、個人的にワクチン接種を勧める内容にはしたくなかったので、伝え方を間違えたらどうしようという怖さがあって。

繰り返しになりますが、「自分で選んで欲しい」というのが、『コウノドリ』を描いてきた強い思いです。ワクチン接種しない人を否定しないし、する人を偉いともいわない、「しない」選択をした両親に負担にならないように描きたいと。『コウノドリ』自体が気を遣う漫画ですが、その中でも特に子宮頸がんの話は特にその傾向が強かったです。

ーーコミックスは毎回カバーイラストを描き下ろしているそうですが、裏面のピアノのイラストを並べるとひとつのストーリーになっているようにも見えますが、どんな風に描くものを決めていますか?

裏表紙のイラストに関しては、担当編集から「ピアノを描いたら?」と言われてスタートしましたが、まさか32カットも描くことになるとは思わず(笑)。サクラの弾き方を変えてみたり、季節感を出してみたり、途中でぺろりと奏者を変えてみたり。後半は、その巻でスポットを当てたキャラクターを描きました。

表紙のサクラは、毎回被らないように動きをつけたり、赤ちゃんを抱いているカットにしたり。赤ちゃんがいるカットだと、息子が苦戦するんですよ。「赤ちゃん難しいよね、おじさんみたいになっちゃう」って。

ーー元ミュージシャンである鈴ノ木さんが、手術室でかけて欲しい曲は?

僕が出産するときは、Tレックスかローリング・ストーンズで! 静かな音楽だと不安になるので、テンションを上げて子どもを生みたいです。でも僕が医師だったら、その選曲はやめて欲しいと思います(笑)。

ーー最後に、ファンへのメッセージをお願いします。

冒頭にも言いましたが、7年間描き続けることができたのは、読者のみなさまの支えがあったからこそ。僕が現時点で出せるものは、すべて漫画で描いたつもりですので、『コウノドリ』は32巻をもって物語の幕を下ろします。ですが、これから僕がいろいろな漫画を描いた後、再び『コウノドリ』を描く機会が巡ってきたら、その時はまたひと味違った鴻鳥サクラを描けるのではと感じています。

今はまだ約束はできませんが、気持ちは”The End”ではなく “See You Later”。またサクラに逢える日まで、僕もがんばります。応援ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。

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『コウノドリ』第1~2巻

  • 取材・文中村美奈子

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