踊る路上生活者のダンス集団『ソケリッサ!』をご存じですか
「おじさん」の身体が唯一無二のダンスを見せる
「新人Hソケリッサ!」というダンスグループがある。結成は2005年。2007年に新宿で第1回公演。2016年、リオ五輪公式プログラム「with one voice」で初の海外公演、2018年にはイギリスで行われたInternational Arts and Homeless Summit&Festivalに参加するなど「国際的に」活動するダンスグループだ。現在の本拠地は、東京・代々木公園の原宿門近く。メンバーは全員「おじさん」。
「しいていえばコンテンポラリーダンスというジャンルです。かっこいいポーズやカチッと揃った動きではなく、身体の中から生まれる動き、メンバーそれぞれの人生から創作するダンス表現なんです」
主宰のアオキ裕キさん(52)はそう言う。
ダンスグループ「新人Hソケリッサ!」のメンバーはみな、路上生活を経験している。
「新宿の路上で寝ている『おじさん』を見て、この身体、日々生きることに向き合わざるを得ない路上生活者の身体から生まれる踊りってどんなものだろうと思ったんです。で、彼らを誘って活動を始めました」
メンバーの平川収一郎さん(50)は、2010年に参加した。
「最初は人に誘われて、暇だから見学に行ったんですよ。で、ちょっと一緒にやってみたらおもしろかったんです。一度仕事の関係で離れたけど、2週間で戻っちゃいました。なんでかなあ」
長身痩躯の平川さんのダンスは、なにかを集めるような見つめるような仕草を重ねる。おじさんの身体から発する動きに観客の意識が集中する。
「15歳のときに家出して、年齢を誤魔化して住み込みで働いて。以来30年以上、家には帰っていません。戻りませんよ。普通じゃないオヤジだったから」
数年前、その父が亡くなったと知らされた。
「…死んでもね、なんとも思わない。でも…お母さんが死んだらショックですよ、それは」
コロナ禍で予定していた公演がキャンセルになり、練習もできない日々が続いたが、11月、久しぶりの公演が静岡で行われた。冒頭のソロを務めた渡邉芳治さん(49)は浅草で路上生活をしていたという。
「コロナでパフォーマンスができなかったけど、人の前でやるいいスタートになりました」
大きな身体の丸い掌のなかに、大切な珠を抱えたような繊細な踊りを見せた。
最年少の山下幸治さん(33)は、無機質にも見える動きで地面を踏みしめ、ときに威嚇するような表情を見せるエッジの効いたダンスが印象的だ。
広い空の下でソケリッサ!の身体が見せたもの
会場は、JR東静岡駅前のアート&スポーツ/ヒロバ。本番30分前に会場に着いたら、リーダーのアオキさん以外はみんな、広場のそこここでゴロっと寝転がって休んでいた。その姿はさすが自然というかサマになっていて。連日の公演で疲れますよね?
「いやあー、そんなに疲れないかな。筋肉とか、ふだん使わないところは本番でも使わないから!」
メンバーで唯一ダンス経験のある、というか元ダンサーの西篤近さん(42)がおおらかに笑う。地元の国立大学を中退して自衛官を13年務め退官。新宿駅周辺で暮らしていた。
「衣装は各自。やりやすい、着たいものが衣装ですね。といっても、朝からずっとこれ着てるんですが」
どこまでもおおらかな西さんの踊りはしかし、分け入り、屹立し、走り出す…ぎりぎりの緊張感が漲っている。
今回、アオキさんを含めた5人のダンス『日々荒野』、2日間3公演に300人の観客が集った。東京から来たという女性は「3年ほど前から見ています。毎回、場所が変わるし少しずつ違うし、飽きないです。ダンスっていうより身体を使った『踊り』ですね。何回見てもおもしろい」と魅力を語る。
「ダンスになりきれない、完成しない作品『日々荒野』は、石ころから見た景色を踊っています」(アオキさん)
メンバーは「ホームレス」の状態にある。家がないので電話がない。携帯電話もない。通信手段がないので、連絡なく練習日に現れないこともある。かつては、本番当日に現れなかったメンバーもいた。けれども、アオキさんは気にしない。
「やりたくないことはやらない。体が踊りたくないときは踊らない。約束ごとに縛って強制してしまったら、この自由な身体のよさを消してしまいますから。社会のルール? それが、いいんですか?」
路上生活をして、一度全てを棄てた、失った人がただひとつ持っている「身体」。その存在感や迫力を目の当たりにして、自分自身の身体をもう一度試そうという思いがわき上げる。もしいつか、今持っている全てを失ったとしても生きていけるように。
*「新人Hソケリッサ!」の活動を追ったドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』(監督:三浦渉、制作・配給:東京ビデオセンター)は、全国で順次上映会が行われている。
- 撮影:tenhana
- 写真提供:岡本千尋(せんがわワークショップフェスティバル2020より)