「坂本勇人」は「田中幸雄」に続けるか?プロ野球同姓同名選手列伝

今年のドラフトで巨人が「坂本勇人」を指名した!

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11月8日、プロ通算2000本安打を打ち、記念のボードを掲げる坂本勇人(巨人)

11月8日、巨人の坂本勇人が史上53人目の2000本安打を記録した。坂本には2500本、3000本への期待がかかる。これに先立つ10月26日、巨人はドラフト会議で育成6位で「坂本勇人」を指名した。

球史に残る名遊撃手坂本勇人のチームメイトとなるもう1人の坂本勇人は、唐津商の強肩強打でならす捕手。

もし捕手の坂本勇人が巨人に入団し、厳しい競争を勝ち抜いて支配下枠に登録され、一軍の試合に遊撃手坂本勇人とともに試合に出場すると、「同じチームの、同姓同名選手が同じ試合へ出場した例」としては史上2番目となる。

現時点で唯一の例は、1986年~89年の日本ハムファイターズ。投手と内野手、2人の「田中幸雄」が活躍した。

投手の田中幸雄は、流山(ながれやま)高、電電関東を経て1981年のドラフト1位で日本ハムに入団した右腕投手。主として救援投手として投げ、1986年には13セーブを記録。通算25勝16セーブ。

内野手の田中幸雄は都城高から1985年ドラフト3位で入団。のちに2000本安打を記録する大選手になる。

翌1986年から1989年まで、2人の「田中幸雄」が登録され、なんども同じ試合に出場した。登録名は同じ「田中幸雄」。スコアボードや新聞メディアは投手田中幸雄を「田中幸」、内野手田中幸雄を「田中雄」と表記した。場内アナウンスでは投手田中幸雄を「背番号12田中幸雄」、内野手田中幸雄を「背番号37田中幸雄」とコールした。

なお、戦前の阪急の内野手田中成豪が1939年の一時期に「田中幸雄」を名乗っているので、NPB史上では田中幸雄は3人いることになる。同姓同名が3人いたのは「田中幸雄」だけ。

捕手、坂本勇人が一軍で遊撃手、坂本勇人とプレーすれば表記、コールがどうなるか注目だ。

同姓同名選手がチームメイトとして同時期に在籍した例はもう1つある。

1971年の西鉄ライオンズには、巨人から二けた勝利3回を上げた右腕投手高橋明が入団。ライオンズには外野手の高橋明が在籍していたため、同姓同名選手が在籍することとなった。

29歳の投手高橋明は開幕投手を務めるなど43試合に登板して14勝13敗の記録を残したが、21歳の外野手高橋明は1試合しか出場せず、同じ試合での出場はなかった。外野手高橋明は以後一軍試合出場はなし。投手高橋明も翌年限りで引退。

メディアでは投手高橋明を「高橋明」、外野手高橋明を「高橋外」と表記した。

プロ野球史上で上記3組以外に一軍の試合に出場した「同姓同名選手」は16組ある。

〇井上修(いのうえ・おさむ)
捕手(1962-1966南海)
内野手(1965-1980広島-阪急)
〇大橋一郎(おおはし・いちろう)
投手(1942-1946朝日-近畿)
内野手(1953-1958国鉄)
〇小川博(おがわ・ひろし)
内野手(1962-1965阪急)
投手(1985-1992ロッテ)
〇鈴木健(すずき・けん)
内野手(1988-2007西武-ヤクルト)
投手(1993-1998広島-横浜)
〇鈴木正(すずき・ただし)
外野手(1956-1962毎日-大毎-国鉄)
内野手(1960-1969南海)
〇鈴木実(すずき・みのる)
外野手(1936春夏-1937春名古屋)
投手(1953-1954巨人)
〇高橋功一(たかはし・こういち)
投手(1984-1988日本ハム)
投手(1990-2001オリックス)
〇田中彰(たなか・あきら)
内野手(1977-1982阪急)
内野手(2005-2010オリックス-広島)
〇田中実(たなか・みのる)
投手(1937春-1939名古屋)
外野手(1986-1993日本ハム)
〇寺本勇(てらもと・いさむ)
外野手(1962-1963大毎)
外野手(1963-1966広島)
〇西岡剛(にしおか・つよし)
投手(1987-1994ヤクルト-オリックス)
内野手(2003-2018ロッテ-阪神)
〇林茂(はやし・しげる)
投手(1950-1952西日本-松竹)
内野手(1956-1958東映)
〇藤田宗一(ふじた・そういち)
外野手(1950-1953国鉄)
投手(1998-2011ロッテ-巨人-ソフトバンク)
〇松井淳(まつい・じゅん)
捕手(1949-1958南海)
外野手(2010-2016ヤクルト)
〇山田勉(やまだ・つとむ)
外野手(1981-1990南海-広島)
投手(1986-2000ヤクルト-広島-ダイエー)
〇吉本亮(よしもと・りょう)
捕手(1993-2003広島-近鉄-広島-阪神)
内野手(1999-2011ダイエー・ソフトバンク-ヤクルト)

これ以外に、萩原誠(1992-2001阪神-近鉄)、佐藤誠(1994-2010巨人-ダイエー-ソフトバンク)、相内誠(2013-2020西武)の3選手が「誠(まこと)」の登録名だった時期がある。

外国人選手では、L.ゴンザレス(るいす・ごんざれす)が内野手(2007-2008巨人)、投手(2011横浜)の2人L.ロペス(るいす・ろぺす)も内野手(1996-2002広島-ダイエー-広島)、内野手(2005楽天)の2人いた。

ただし内野手のルイス・ゴンザレスはミドルネームがアルベルト、投手はエンリケ。ルイス・ロペスは広島、ダイエーの選手はミドルネームがアントニオ、楽天の選手はミドルネームなしだった。

また「石川賢」も2人いた。しかし1人は「いしかわ・まさる」(1983-1993ロッテ-大洋-日本ハム)もう1人は「いしかわさとる」(2004-2010中日-楽天)だった。

同姓同名選手の一覧を見ると、2人そろって一軍で活躍した同姓同名は「田中幸雄」を除けば、国鉄スワローズの外野手・監督と、ロッテ、巨人の救援投手の「藤田宗一」くらいしかない。

名球会入りが決まった大スター「坂本勇人」と、育成で入団が決まった「坂本勇人」の差は天地ほどに大きい。若き坂本勇人は、この大きな差を縮めることができるだろうか?

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

  • 写真共同通信社

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