「もぎりも担当」片桐はいりが今も映画館で働き続ける理由 | FRIDAYデジタル

「もぎりも担当」片桐はいりが今も映画館で働き続ける理由

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東京の映画館「キネカ大森」の館内に立つ片桐。「もぎり」はできないが今でも時間があれば同館に顔を出す

「いらっしゃいませ〜」

東京・大森の映画館「キネカ大森」の入口で、ブルーの上っ張りに身を包んだ女性が客を出迎える。個性派俳優の片桐はいり(57)だ。片桐は有名になっても、時間が許す限り自宅近くのこの映画館に立ち続けている。チケットレス化や新型コロナウイルスの影響で現在はできないが、昨年までは「もぎり」(劇場の入り口で入場券の半分を切り離すこと)もしていた。

「自分の出自を問われたら、『映画館の出身』と答えたいです。俳優としての経歴を考えれば、『大学時代から小劇場の舞台に立ちまして……』と言うのがスジかもしれません。でも心の底では、演劇でもドラマでもなく、私は映画館の出身だとかたくなに思っています」

こう語るほど、片桐は大の映画好き。幼い頃から映画にのめり込み、見終わるとしばらく口もきけない。『ジョーズ』を鑑賞した後は、恐ろしさで湯船にもつかれなかったという。

「中学から女子校に通っていたのですが、学校生活や勉強に馴染めなくてね。唯一楽しかったのが、学校が催してくれた映画鑑賞会です。放課後には、おカネが許す限り有楽町や銀座の映画館に通っていました。内容はなんでも良かった。映画館で作中の別世界に入り込むことが、たまらなく面白かったんです」

映画の近くで働ける仕事がしたい。片桐は大学に進学したら、映画館で働こうと決めていた。

「大学(成蹊大)に入るなり、ずっと通っていた銀座や日比谷界隈の映画館に片っぱしから電話しました。日比谷スカラ座、日劇、丸の内ピカデリー、松竹セントラル……。でもこうした映画館は東宝や松竹の直営で、もぎり嬢も売店のスタッフも正社員が担当していました。唯一学生バイトを雇っていたのが銀座文化劇場、現在のシネスイッチ銀座です。80年代前半のことで、時給は450円。一日8時間で、週3日ほど働いていました」

歌舞伎界の大御所と大ゲンカ

銀座文化で働いていた80年代(本人提供画像)

一緒に働く仲間は、そろって映画好き。仕事中もその後も、ノドが痛くなるほど映画の話に明け暮れた。

「トラブルもありましたよ。銀座文化は一般席と指定席が分かれていました。ある時、誰もが知る歌舞伎界の大御所がいらした。その方は一般席のチケットを買うと、ドッカリと指定席に座ったんです。もちろん私もその方を知っていましたが、若気のいたりですかね。近くに行き『指定席の料金をお支払いください』と、ご注意したんです。

大御所はおかんむりのご様子。『いくら払やいいんだい?』と大音量でたずねられます。私の『窓口でお直り券をお求めください』という杓子定規の答えに、堪忍袋のおが切れた。手にした千円札を次々に投げつけ、こう怒鳴ったんです。『てめぇが買ってきやがれ!』と。

こうなると私も引っ込みがつきません。飛んでくる千円札をひっつかんでは投げ返し、裏声でこう叫びました。『ごごご、ご自分でお買いになってください!』。結局、大御所は千円札を鷲掴みにすると『帰る!』と言って映画館を後にされました」

当時の映画館では、痴漢などのトラブルは日常茶飯事。まだコーヒーショップやネットカフェもない時代で、仕事に疲れたサラリーマンが仮眠所としても利用していた。

寅さんが「おねえさんいるかい?」

昨年の写真。キネカ大森でもぎりをする(本人画像提供)

名優のステキなエピソードもある。

「『男はつらいよ』を上映する時は、渥美清さんもちょくちょく顔を見せていたようです。売店のおばさんが、よく『今、寅さん来てるよ』と教えてくれました。顔かたちから幼いころより『寅さんの娘』と呼ばれていた私ですが、残念ながら渥美さんのチケットをもぎったことはありません。

売店のおばさんによると、ふらりと銀座文化に現れ『おねえさんいるかい?』と彼女を呼び出しては、よもやま話をしてお帰りになったとか。映画館で、まず誰に声をかけるべきか心得ていたのでしょう。おそらく客の入りや反応を、渥美さんなりにリサーチしていたんだと思います」

大学を卒業しCMに出演するなど女優として忙しくなると、もぎりとの両立が難しくなった。たまに映画館に立つと、「CMだけじゃ食べていけないんだね。大変だね」と言われたこともある。

「結局、銀座文化でのもぎりの仕事は7年ほど終えました。その後は舞台やドラマの仕事が入り、時間があれば映画は見ていましたが、映画館での仕事からは遠ざかっていた。転機となったのが、出演した『かもめ食堂』(06年)の公開初日です。舞台挨拶に立ったのが、もぎりをしていた銀座文化、シネスイッチ銀座だったんです。不思議な縁を感じましたね。

以来、なぜか映画関係者の方と知り合う機会が多くなった。10年ほど前のことです。地元・大森の隣町、蒲田の映画館で、たまたま80年代に使っていたような票券というチケットに遭遇しました。私がつい『うわぁ、このチケットもぎりたい!』と言うと、スタッフが『そんなことなら、いつでもどうぞ』と話しかけてくれた。それからです。蒲田や大森の映画館で、再びもぎりをするようになったのは」

映画館での仕事はすべて無償のボランティアだが、片桐は「特別なことをしているとは思わない」と語る。

「自然と足が向く、行きつけのバーとかあるでしょう。人によっては喫茶店やカラオケかもしれない。私にとっては、それが映画館でもぎり。大したことではないんです」

コロナの影響でもぎりはできなくなったが、映画館での仕事は続けている。それが人生を豊かにしてくれた、映画への恩返し。片桐は映画館がある限り、至福のルーティンワークを続けるつもりだ。

館内の清掃も。昨年キネカ大森で(本人画像提供)
行きつけだというキネカ大森前にあるインド料理店で。映画館の話になるとつい熱がこもる
キネカ大森で接客。コロナ対策でマスクや消毒液は欠かせない

片桐はいり(かたぎり・はいり) 63年1月、東京都生まれ。成蹊大学在学中から「もぎり」のアルバイトと同時に俳優活動を開始。1986年『コミック雑誌なんかいらない!』で映画デビュー。舞台を中心にテレビ、映画に出演中。主な出演作に映画『かもめ食堂』、ドラマ『あまちゃん』『とと姉ちゃん』など。12月8日から本多劇場(東京都世田谷区)で始まる舞台『そして春になった』に出演。12月18日から出演映画『私をくいとめて』が上映。芸名の「はいり」はテレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』の主人公の名前に由来する

  • 撮影会田 園

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