乙武洋匡『五体不満足』から20年 騒動後初著作は「ホスト小説」 | FRIDAYデジタル

乙武洋匡『五体不満足』から20年 騒動後初著作は「ホスト小説」

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イケメンホストの皆さんに囲まれる乙武氏。小説『車輪の上』の主人公はホスト、ということで歌舞伎町のホストクラブで特写を敢行した
イケメンホストの皆さんに囲まれる乙武氏。小説『車輪の上』の主人公はホスト、ということで歌舞伎町のホストクラブで特写を敢行した

累計600万部のベストセラー、『五体不満足』から20年。乙武洋匡氏が3年の沈黙をへて執筆活動再開の場として選んだのは「小説」という表現だった。新著『車輪の上』の主人公は、車いすのホスト。それぞれに自らの矜持をかけて働くホストたちの造形も魅力的だ。小説家として乙武氏が描いた「障害者であること」とは。そして自らの不倫騒動で失い、得たものは何だったのか。FRIDAYデジタルに激白した。

『車輪の上』の主人公は車いすのホストです。僕が20代後半に知り合った親友のホストクラブのオーナーがいて、ホストクラブは縁遠い存在ではなかった。働いているホストの中には、本当に壮絶と思える生い立ちの子もいました。彼らはそういうものを全部引き受けて生きている。みんな年下でしたが、そこはかとなくリスペクト、しなやかな強さを感じていましたね。だから、ホストクラブを舞台にしようと思ったのは自然で、僕自身も主人公の車いすホストに思いを乗せやすかったです。

なぜ今、小説だったのか。およそ3年前(2016年3月)、私事をめぐって大きな騒動と報道がありました。私は30代になってから、「どんな境遇に生まれても、それぞれ同じだけのチャンスや選択肢が与えられる社会にしていきたい」という思いが年々強くなっていきました。メディアを通じてそういう社会を実現できたらと考えていましたが、限界を感じていた。そのときに「政治」という手段が現実味のあるものとして検討できるようになってきた。でも、あの騒動でその道が断たれました。その時期だったから出た報道であることも今では理解しています。自分が何をすればいいか見えなくなり、放心状態になりました。

その年の11月に「ワイドナショー」(フジテレビ系)に出演しました。司会のダウンタウン松本人志さんから「乙武さんは社会に必要な人」と言葉をかけてもらったことが本当にありがたくて、スイッチがオフになっていた自分にとって、もう1回動き出そうか、という気持ちにさせる言葉になったことは間違いありません。「それでも乙武さんに期待しています」と言ってくださる方もいて、ありがたいなと感じていました。

でも同時に、しんどい時期でもありました。それからメディアにしばしば声をかけていただきましたが、そのときの需要はほぼ「下衆ネタ」。あのような報道で叩かれた自分を呼んで頂けることはありがたいとは思っていましたが、僕は芸能人としてメディアに出たかったわけではない。僕自身が思う理想の社会を実現しようとメディアに出演していたつもりなので、こういう出演ばかりが続くなら意味がないのではないかと悩みました。

そこで、一度日本社会から離れた生活をしてみたいと思い、2017年はずっと海外をまわっていました。そこには私がこうしたい、こうあるべきと考えていることがある程度形になっている社会もあった。正直、そちらに移住したほうが早いのではと思った時期もあった。でも結論は日本に帰るという選択でした。

人生80年だとしたら私はあと40年。その40年をなんのストレスもなく生きていけることは本来なら素晴らしいことだけど、それを物足りなく感じてしまったんですね。もともと困難とともに生まれてきた人間なので、困難のない人生は味気ない。日本に帰ってきたところでそう簡単に信頼を取り戻せるとは思っていないけれど、帰らないと始まらないという思いでした。ここを超えないと次はないと覚悟を決めました。

『五体不満足』による”デビュー”からの20年、そして不倫騒動から3年を振り返る乙武氏
『五体不満足』による”デビュー”からの20年、そして不倫騒動から3年を振り返る乙武氏

ちょうど『五体不満足』が出て20年の節目でした。文章を書いて世に出てきた人間だし、文章でメッセージを届けたいという思いがあった。

では何を書くのか。ここ2、3年間、自分の生き方を内省したり、自分にとって障害とはどういう存在なのかを考えさせられる機会がありました。また、不倫で叩かれることに対して与えられる罰の違いについて感じることがありました。

同じことをしても何事もなかったかのように仕事を続けられる人もいれば、その後の人生に決定的なダメージを受ける人もいる。その差とは何だろうと。自分は後者。おそらく「障害者がそんなことをするなんて」というのは大きかったのでしょうね。これまで皆さんから評価していただいたのも「障害者なのにこんなことができてすごい」。あの騒動のとき、お叱りを頂いたのは「障害者なのにそんなことをするなんて」。良いことをしても悪いことをしても評価の基準は「障害者だから」。これは面倒くさいなと思いながらも、一生ついてまわる。ならばそれを引き受けて、もう一回生きなおすしかないというのが結論でした。

でもその結論は、障害者ではない他の人にも当てはまるのではないか。例えば、小さいときに「お前はこういうキャラだから」というキャラ付けをされて、それに縛られて自分自身の生き方に制限を設けてしまったり。誰しも程度の差こそあれ、自分に与えられたレッテルや属性、キャラづけに縛られて、生きてしまっているところがあるのではないか。そういったものから解放されて生きることができればよっぽど楽だろうと。この結論は、誰かの物語として共有できるんじゃないか。それを本当の意味で誰かの物語にするには、エッセイなどではなくフィクションの形が一番読まれやすいのではないかと思いました。

<『車輪の上』ものがたり>

主人公の河合進平は、子どもの頃から車椅子で生活している。大学を卒業したものの、就職が決まらないまま上京し、新宿歌舞伎町のハローワークを訪ねることに。ところがその途上で、ひょんなことからホストと口論になり、ホストクラブで働くことになった。源氏名は「シゲノブ」。客の女性から障害者は席に来るなと言われたり、車椅子ホストは珍しいからとマスコミに取材されたり、「障害者」というレッテルに振り回されながら、ホスト稼業に精を出していた。

ホストクラブで働くうちに、歌舞伎町はレッテルをはられた人間たちの坩堝だということに気づく。ホスト、風俗嬢、LGBT……。夢にうなされながら、そんな人たちとの交流や恋愛を通じて、シゲノブは変わっていく――。

小説の中では「障害者ヤクザ」「不良品」といったかなり過激な言葉を使っています。でも僕がネットで浴びせられてきた言葉に比べれば、まだましなほう。障害者が主人公になるのは「チャリティテレビ」的な、「大変ななかで頑張り、結果を残しました」みたいなものが多い。そんなきれいごとじゃない。僕自身、『五体不満足』出版後の人生のほうがよっぽどしんどかった。その思いを盛り込みつつ、かといって過度にきれいごとにするでもなく、わりとザラザラ、ごつごつしたリアルな感じを出したいと思うと、辛辣な言葉を浴びせられるシーンも盛り込まざるをえなかったんです。

記者からのネタバレを含んだ質問にも、丁寧に答える乙武氏
記者からのネタバレを含んだ質問にも、丁寧に答える乙武氏

小説のテーマの一つは「レッテル」にいかに向き合うかです。自分に貼られたレッテルを気にせず生きていくことは言葉で言えば簡単だが、結構難しい。その難しさの半分は、自分自身が他人に張られたレッテルに縛られてしまう部分が結構あるのではないでしょうか。(主人公の)シゲノブ自身が「障害なんて関係ない」という生き方をみせたいのに、自分の失敗を障害のせいだと受け止めてしまうのは、障害者だけでなく、人として「あるある」だと思います。

物語の後半、シゲノブはある大きな決断をします。僕もシゲノブと一緒で、自分のやりたいことだったかどうか以前に「障害者にはこれは無理だろう」と思われていることに対する反発から「そんなことはない」と取り組み始めたことは少なからずある。僕は負けず嫌いで自分が納得いくまでとことんチャレンジしてみる。でも、ある程度納得できるところまでいくと冷静になって「これは本当にやりたかったことだったのか?」と振り返ることもある。それは後悔とも違って、やらなきゃわからなかったこと。後悔はしていないけど、どれだけやりたいことだったのか、本気でやってみないと、そのことの評価もできないですよね。

シゲノブには恋人のアヤがいます。二人の関係をいかにまとめるか、担当編集者とかなり話しました。結果的には今までの僕の書き方ではないかもしれません。大事なのはそれでも人生は続いていくということ。

20年前に『五体不満足』で世間的に注目されて、いい形でお仕事をさせてもらって、2016年にあの騒動があり、コテンパンに叩かれてほぼ社会的な死を迎えた。さんざんネットで「終わった人間」などと言われましたが、それでも僕の人生は続いていく。社会的に終わったという事実を受け止めても僕はまだ生き続けなければいけない。諦めでも覚悟でもなく現実。どうなるかわからないよねっていう、余白を小説にも残しておきたかった。

だから書き終わったあとに、登場人物のその後がどうなるか、作者としても気になるんですよ。前作の小説『だいじょうぶ3組』は自分が教員をしてきたことをベースにしたノンフィクションを小説という形式にしましたが、今度は本当に「小説」を書いた、という感じがあります。

乙武洋匡


障害者は障害者らしく振舞わなければならない――。乙武氏はそんな世間が持つ「無意識の偏見」に対して、執筆活動や教員経験を通じて真正面から否定してきた。

もちろん、氏の言動が全ての障害者を代表するわけではない。では「障害者」とは誰か。そのイメージの先にあるのは20年前、特注の車いすに乗って、満面の笑みを浮かべる『五体不満足』の表紙に写る乙武氏なのかもしれない。そうではなく、あなたの身近にいる誰かかもしれない。

『車輪の上』には障害者、ホストクラブという大きな設定がある。だが、それを飛び越え、自分に与えられたレッテルや属性、キャラづけに縛られて生きる人々の共感を呼ぶ、全ての読者と地続きの小説である。

『車輪の上』(講談社刊)10月11日刊行。定価1,500円(税別) 目次より―― 1車椅子ホスト 2アヤとリナ 3同伴出勤 4レッテル 5テレビ取材 6ナンバー入り 7卒業
『車輪の上』(講談社刊)10月11日刊行。定価1,500円(税別) 目次より―― 1車椅子ホスト 2アヤとリナ 3同伴出勤 4レッテル 5テレビ取材 6ナンバー入り 7卒業
<プロフィール>乙武洋匡(おとたけひろただ) 1976年、東京都生まれ。1998年、大学在学中に上梓した『五体不満足』は600万部のベストセラーに。2000年3月に早稲田大学政経学部卒業後、スポーツライター、小学校教諭などを務める。おもな著作に、『だいじょうぶ3組』『自分を愛する力』など。
<プロフィール>乙武洋匡(おとたけひろただ) 1976年、東京都生まれ。1998年、大学在学中に上梓した『五体不満足』は600万部のベストセラーに。2000年3月に早稲田大学政経学部卒業後、スポーツライター、小学校教諭などを務める。おもな著作に、『だいじょうぶ3組』『自分を愛する力』など。

●サイン会開催 日時:10月16日(火)19時~

会場:三省堂書店 池袋本店 書籍館4階 イベントスペース「Reading Together」

詳細はこちら⇒「『車輪の上』刊行記念 乙武洋匡さんサイン会特設サイト」

乙武氏を囲むイケメンホストの面々。写真左から●速水和也(ハヤミ カズヤ)所属:CLUB APiTS(クラブ アピッツ)●Ri∀ (リア)所属:CLUB VANPS (クラブ バンプ)●SHUN (シュン)所属:SMAPPA! HANS AXEL VON FERSEN(スマッパ・ハンス・アクセル・フォン・フェルセン)●咲良(サクラ)所属:CLUB VANPS●渚忍(ナギサ シノブ)所属:CLUB VANPSの各氏。 撮影協力:SMAPPA! HANS AXEL VON FERSEN
乙武氏を囲むイケメンホストの面々。写真左から●速水和也(ハヤミ カズヤ)所属:CLUB APiTS(クラブ アピッツ)●Ri∀ (リア)所属:CLUB VANPS (クラブ バンプ)●SHUN (シュン)所属:SMAPPA! HANS AXEL VON FERSEN(スマッパ・ハンス・アクセル・フォン・フェルセン)●咲良(サクラ)所属:CLUB VANPS●渚忍(ナギサ シノブ)所属:CLUB VANPSの各氏。 撮影協力:SMAPPA! HANS AXEL VON FERSEN
  • 取材・文成相裕幸撮影森清(特写・近影)

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