90年代「ネプチューン」の快進撃を裏で支えた意外な人物 | FRIDAYデジタル

90年代「ネプチューン」の快進撃を裏で支えた意外な人物

「ネプチューン」が押しも押されもせぬ日本一のトリオ芸人になるまで!

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
今や、芸人で一番演技が上手いとの評判もある「ネプチューン」の原田泰造。そうなったきっかけは本文をどうぞ(写真:2017TIFF/アフロ)

今やテレビで見ない日はないくらい盤石な実力と人気を誇るお笑い芸人さんが90年代半ば頃はどんな様子であったか、お笑い系放送作家の私が綴らせていただく。

ネプチューンの結成は93年、「ジュンカッツ」というコンビが解散し、ツッコミ担当だった名倉潤を、ボケとボケのコンビ「フローレンス」の原田泰造と堀内健が「リーダーになってください」と誘ってのことである。

東京のライブシーンではわりとすぐに注目され、94年頃から深夜のテレビ番組にも出始め、95年10月から「ボキャブラ天国」に参加、瞬く間に全国的な人気者となり現在に至る。

私がネプチューンの3人に初めて会ったのは、「ボキャブラ」がまだ、ダジャレVTR作品を品評する番組だった頃。これからは今深夜でイキのいい若手お笑い芸人を集めたダジャレコーナーを作ろう、と総合演出が言った、その深夜番組「GAHAHA王国」の現場であった。94年の秋だったと記憶する。

構成者の私は本番の収録はもちろん、収録に向けてのネタ見せにも立ち会った。当時のネプチューンの印象は、本番と違いOFFではやっぱり随分と静かな人たちなんだなというものだった。

「やっぱり」というのはこれは今では信じられないことだが、その頃は普通のことだった。今と違い、若い芸人同士がスタジオやリハーサル室や楽屋で仲良くキャッキャキャッキャ楽しく過ごすことなどは、あり得ない時代だったのだ。

一番面白いのは俺たち」「他の連中のネタには絶対笑わない」「仲良くなんかするもんか」と、誰もがみんな思っていたわけで、それはなぜなんだろうと考えてみますと、当時の東京のお笑いは、太田プロや人力舎やマセキといった伝統的なお笑いプロパーばかりでなく、それら以外の、歌手や俳優が数多く所属する大手の芸能事務所(ネプチューンの渡辺プロなどもそう。あとホリプロやサンミュージック)が芸人枠を大きく広げ始め、さらに新興の事務所もあちこち立ち上がり、ちょいとした群雄割拠の体をなしていたことも一因だろう。

それら各事務所は「牽制し合うことなく仲良く一致団結して、さしあたっての『敵』である吉本に立ち向かわなきゃいけない」ということをほとんどの人が気づいていなかった

この状況に危機感を抱いていた「ある人物」がネプチューンを覚醒させ、さらには東京のお笑いを一枚板にすることに大きく貢献する。

「B-21スペシャル」のヒロミである。

「ボキャブラ天国」が東京の若手芸人をスタジオにも集めて収録し始めることになった時、ヒロミは「うわーこいつらひどいな」と感じたことだろう。なに人のネタをしかめっ面で静かに見てるんだよ…と。「芸人はまずかわいくなきゃダメ」と収録直後のスタジオでキャブラーたちに一言で発破をかけた。これじゃ吉本の若手に勝てないぞ、とも。

そしてヒロミはことあるごとに名倉を積極的にいじった。当時のネプチューンはスタジオで原田と堀内が無計画に前に出て、何かやって結局どんズベリということが多かった。そういう時、ヒロミは名倉にツッコむのであった。お前がちゃんとしてないからこういうことになるんだよと。ヒロミ自身トリオ芸人の出身で、リーダー的なツッコミという同じ立場の名倉のことが気になってしょうがなかったのだろう。

この一連のヒロミの偉業はもっと評価されていいと思う。

それからのネプチューンは堰を切ったようにテレビ的にも面白くなっていった。「曲がったーことが大嫌いー、はーらーだたいぞうです!」という原田の自己紹介ソング(今でも時々歌う)をフラッグシップ的な「つかみ」として安定をおぼえ(97年に原田に実は妻子がいることが暴露された時には「本当は結婚してましたー、はーらーだたいぞうです」)、堀内の「セイウチ!」という顔芸に代表される思いつきのようなギャグ(最終的に一般にはよくわからないものが多いが、実は一本ネタ作りに関しては天才)やそれらを的確にツッコむ名倉の手腕によりネプチューンは押しも押されもしない日本一のトリオ芸人になった。

令和2年の11月、「爆笑問題&霜降り明星のシンパイ賞」にてゲストの「ニューヨーク」が「ネプリーグ」に初出演することになったことに「とても嬉しいのだが、(問題解答に関して)どのくらいボケてもいいのかシンパイ」と話題を振ったところEXITりんたろー。が「ボケるより、若いもんVSネプチューン」という構図を作った方がいいとアドバイス。

しかし宮下草薙の草薙が「スタッフさんの指示で名倉さんに噛みついていったら名倉さんが『なにこいつ噛み付いてきてんだ?』という顔してる時がある」と言い、太田は「名倉は本気でボケを嫌うことがある」と言った。田中は「(堀内)健に『こいつらおもしれえな、好き』と思われたら勝ち」とアドバイス。太田が「健と泰造は優しいからね」。

とても実のある「芸人世代間トーク」を展開、美しいものを見たと感じた。

最後に自慢話をひとつ。「GAHAHA王国」の打ち上げの時だったと思うが、私は原田泰造に「あなたは今後、俳優業でも成功するよ」とアドバイスした。原田は「本当すか」みたいなリアクションだったので、こういうことを言われたのは初めてだったのでは、と思われる。

今や「演技が上手いお笑い芸人ランキング」的なやつで軒並みナンバーワンとなっている原田の、演技者としてのポテンシャルを私は誰より早く見抜いていたのである。実はマネージャーが「俳優やれ俳優やれ」と言ってるけど、それ本当なんだと思ったってことかもしれませんけれどもね。

  • 高橋洋二

    放送作家 、ライター。1961年千葉県習志野市生まれ。『吉田照美のてるてるワイド』『マッチとデート』『タモリ倶楽部』『ボキャブラ天国(シリーズ)』『サンデージャポン』『火曜JUNK爆笑問題カーボーイ』などの構成を担当。主な著書に『10点さしあげる』(大栄出版)『オールバックの放送作家』(国書刊行会)。また「キネマ旬報社 映画本大賞2019」第一位の『映画監督 神代辰巳』(国書刊行会)にも小文を寄せている。

  • 写真2017 TIFF/アフロ

Photo Gallary1

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事