「不倫はダメ」と分かっていながら、それでも恋に落ちる人の心理
大人の恋を取材するジャーナリスト亀山早苗の「疑問」
芸能人・著名人の不倫報道が止まらない。私を含め、古今東西問わず、人はスキャンダルが好きなのだろう。かつてはそういうことがあると、芸能リポーターが当事者にマイクを突きつけ、われわれはその話題を酒の肴にしていた。逆にいえばそれですんでいたのだ。
ところがいつしか、「世間」という名の人たちが、当事者が出ているCMのメーカーに電話をしたりテレビ局にメールをしたり。「倫理にもとる人物をテレビに出すな、CMに出すな」と圧力を加えるようになった。面識もない他人に「倫理にあらず」と斬られる人の身になれば、なんともせつない話である。
不倫と一口に言っても、「ゆきずりの恋」から「20年にわたる忍ぶ恋」まで、内容はさまざま。怒っていいのは婚姻届という契約書を交わした配偶者だけだ。結婚は契約で、一応、「不貞はしない」という文言があるので、契約違反になるわけだ。それ以外の他人にはなんら影響はない。本来は。

怒っていいのは配偶者だけ
ルールを破って自由にふるまうと、ルールを守り続けている人から責められる。そういう図式なのだろう。仕事まで奪われるのは、いくらなんでもいきすぎなのではないかと個人的には考えている。
今年は俳優・東出昌大の不倫に始まり、水泳選手の瀬戸大也、歌手・近藤真彦、元衆議院議員・宮崎謙介、そして衝撃的だったお笑いタレントの渡部建などが話題になり、そのたびに自粛だったり活動停止だったりと、かなり厳しい制裁を受けている。とくに渡部は、その「謝罪会見」でさらに傷を深めた。
四半世紀にわたって不倫の当事者や、その配偶者、不倫相手などに取材を続けてきたが、まじめな人ほど「不倫ではなく、これは恋なんです」と言う。結婚してから本当に好きな人に出会うこともあるわけで、家庭には責任があるから離婚はしない、だが恋愛相手とも別れられないとジレンマに陥る人も少なくない。
かつては既婚男性と独身女性が多かった不倫の組み合わせは、昨今ではふたりとも既婚のダブル不倫が圧倒的に多い。そして今世紀に入って女性たちの意識が変わってきた。「恋愛と結婚は別」「家庭にセックスを持ち込まない」など、かつて男性たちが言っていたことを女性が口にするようになったのだ。
さらに誰もがスマホをもつようになり、ますます個人的な連絡がとりやすくなって恋愛もたやすくなった。もちろん、それによってバレるケースも増えているのだが。
結婚していながら恋に落ちていいのか、それは大人として許されることなのか、好きな人がいるなら離婚して再婚すればいいではないかという人もいるだろう。だが、国税庁の民間給与実態調査によると、2019年における日本人の平均年収は約436万円で、男性平均が540万円、女性は296万円。男女間で驚くべき経済格差がある。仕事内容などを加味しない単純な比較ではあるが、常勤フルタイムでこれだけの差があったら、離婚して子どもをひきとって女性が生活していくのはむずかしい。だから離婚を我慢せざるを得ない女性たちもいる。生きていくためには経済力が必要だ。
いまだ家事育児は女性が主となる傾向の強い日本では、出産を機に一時退職、のちに非正規で社会復帰するのが女性のライフパターン。そうなるとますます経済力を持ちづらい。しかも血筋を尊重したがる傾向も強く、離婚して父親を子どもたちから奪うのは忍びないと思う女性も少なくない。いきおい、「家族として」一家をうまく運営して
夫婦は、もはや「男と女」ではない
夫婦のセックスレス問題も話題になって久しい。むしろ、「セックスしなくなってからが夫婦の本領発揮である」などという珍意見も跋扈(ばっこ)している。夫婦は「男女関係」から除外されているのだ。
だが本来は、いくつになっても男女として「素敵なカップル」でありたいと願うものではないだろうか。ときめきや愛情が抜け落ちた夫婦関係を「よし」としているわけではなく、「そのほうがラク」「今さらめんどうくさい」という気持ちから、人はレスになり、男女としての感覚を失っていく。そんなとき、恋が忍び寄るのだ、深く静かに。
「下の子が産まれてからずっとレスでした」
カホリさん(仮名=以下同・44歳)はそう言う。2歳年上の彼と結婚したのは29歳のとき。30歳、33歳で出産、それから10年間、レスが続いた。夫婦仲は険悪なわけではないが、子どもが生まれてからは、お互いの心に寄り添うような会話をした記憶がない。自分の寂しさに気づかないふりをして、彼女はパートに子育てに家事にと忙しく生活していた。
「2年前でした。生まれ育った故郷で中学の同窓会があると連絡が来て。それまでは出たことがなかったんですが、たまたまその時期、実家で父の三回忌があったため同窓会にも出席することにしたんです」
その週末は珍しく夫が「家にいるから、子どものことは任せておけ」と胸を張った。
そして同窓会で再会したのが、当時、片思いしていたユウジさんだ。彼も住まいは東京で、郊外から都心に通っているという。わざわざ同窓会のために帰ってきたと彼は言った。
「カホリちゃんに会いたかったからと彼が言ったんです。名前を呼ばれたのは何十年ぶりだろう、と体が震えました。子どもが生まれてからは夫とは、『パパ、ママ』だし、誰も下の名前なんて呼んでくれない。彼の口から私の名前が出るたびに、心の奥底にしまっていたオンナとしての甘い気持ちが少しずつにじみ出てくるような気がしました」
それはまた、恋愛感情の再燃でもあったのだろう。帰京してから、ふたりはときどき会うようになった。月に1度か2度、カホリさんは家族にウソをついて出かけていく。彼に会うために。
「絶対、お互いの家庭にバレないように細心の注意を払っています。会えば会うほど好きになるけど、だからこそ密かに関係を続けていこうと話しているんです。バレたら彼の社会的地位も傷つく、互いの家庭も壊れる。何もいいことがありませんから」
静かに燃えさかる恋の炎を、カホリさんは体の奥深くに押し込めながら、大事な家庭を運営している。結果論ではあるが、不倫関係に陥ってから、夫や子どもに対して寛容になった。
「私自身、不倫なんて大それたことのできる人間じゃないはず。それなのに恋に落ちてしまった。人は思った通りに生きていくことはできないと痛感したんです。夫が家事を手伝ってくれなくても、子どもたちの成績が悪くても、みんな元気でいるならいいか、といろいろなことを見過ごすことができるようになりましたね」
彼女が変わってから、夫は妻にやさしくなった。ときおり妻の好きなケーキを買ってくることもある。
「恋をしたくてしたわけじゃないんです。してはいけないと思っていたのに、落ちてしまったんです」
この恋はいつか終わる。それは覚悟のうえだ。それでもできる限り、彼とつきあっていきたい。生活をともにしないからこそ、男女の情熱的な欲望は続くのかもしれない。
これだけ著名人の不倫バッシングが続いても、著名人でも一般人でも、不倫をする人はいる。不倫がしたいのではないのだろう。カホリさんが言うように、自分の意志とは関係なく、「恋」という魔物に魅入られ「落ちて」しまうのだ。その善悪を誰が裁けるだろう。
かのイエスも言ったではないか。「汝らのうち、罪なき者、まず石もて打て」と。石を投げることができる人はいないのだ。
亀山早苗:東京都生まれ。明治大学文学部卒業後、ライターとして活動を始める。不倫、恋愛、性などを通して、女性の生き方や男女関係を
取材・文:亀山早苗写真:Backgrid UK、Splash/アフロ