「人生崩壊寸前でした…」コロナ禍でどん底に落ちた宝塚OGの苦悩 | FRIDAYデジタル

「人生崩壊寸前でした…」コロナ禍でどん底に落ちた宝塚OGの苦悩

「東の東大、西の宝塚」永遠のフェアリーたちのセカンドキャリア

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インタビューに応じた白姫あかりさん(撮影:長濱耕樹)
インタビューに応じた白姫あかりさん(撮影:長濱耕樹)

2005年、宝塚歌劇団91期生としてスタートした白姫あかりさんは娘役ながら身長1メートル67のスタイルを存分に活かして多くの舞台で喝采をあびた。昨年11月、宝塚100周年のトップの座を射止めた明日海りおとともに退団公演の舞台を終え、第2の人生をスタートさせたが、その後、多くの挫折が待っていた。

初めて一般社会にでた不安、それに新型コロナウイルスによるストレスも襲いかかる日々。「誰にも必要とされていない」とまで感じた日からどう立ち直ったのだろうか。

「実家に帰る気力さえなかった」

退団公演後、東京・宝塚劇場の外で、鳴りやまない拍手の中、さわやかな笑顔を浮かべながらファンに別れを告げたのはわずか1年前。14年間におよぶ宝塚歌劇団での生活に区切りをつけた白姫さんはこの数か月の間に、「人生」という舞台からも消えたい、と思うほど気持ちが落ち込んだ時期があったという。

「何をしたらいいのか、全くわからなくなってしまって…精神崩壊寸前でした。心配した母親が電話で『私が明日迎えに行くから。もう帰っておいで』という話をしてくれて。私が1人で苦悩しているのを察して、何気ない会話を数時間おきに一日中何度も電話してくれました」

でもそこで白姫さんは帰る選択はあえてしなかった。

「実家に戻ったら負けだ! とだけは思ったんです。でも、正直にいいます。帰る気力さえなかったのがホンネです」

今だからこそはにかみながら話す白姫さんだが、いったい何が起きていたのか。

セカンドキャリアのスタートのきっかけとして実家のある大阪から上京した。

「小学生の卒業文集には宝塚に入りたい!と書いていましたが、同じ時期に子供服のモデルをしたことありました。その時の楽しさが忘れられなくて。モデルの仕事をスタートさせたいと決めました」

縁があってモデル事務所への所属は早めに決まり、上々のスタートとなるはずだった。しかし新型コロナウイルスの第一波が2月以降にやってきた。

「コロナ禍でモデル事務所の仕事もいただける状況にはなかったので、アルバイトをしていました。ただ、今まで舞台のことしかしていなかったから、パソコンの電源の立ち上げ方もわからなかった。ワード?エクセル?何のことだろうと…会社の方にはとても優しく教えていただきました。

でもコロナがひどくなって、1カ月しか働けませんでした。仕事能力がない人は会社は雇えない…それも肌で感じました。私、宝塚を辞めたら何もできない、誰にも必要とされていないんだな、と思ってしまったんです」

会社からは、リモートワークできる仕事内容ではなかったので自宅待機の指示を受けた。会社の大変さもわかった。でも教えてもらったことを活用することさえできない。「どうしよう」という迷いと焦りばかりの気持ちになった。

「もうどん底でしたね。働きたくても働けない。でもスキルを身に着けたいと思って動きたくても動けない。いったい何がしたいだろう私、と思っちゃって…完全に出鼻をくじかれました」

この状況では生活もままならず、生活費は、今まで貯めていた貯金とコロナの給付金ぐらいしか頼れなかっただろう。

苦しい時期を思い出し、言葉を丁寧に選んだ(撮影:長濱耕樹)
苦しい時期を思い出し、言葉を丁寧に選んだ(撮影:長濱耕樹)

第二の人生の目標は明確だが、長く暗いトンネルに入ってしまった。出口を探す日々で出会ったのが、なんとプロ野球観戦。大阪生まれ=阪神タイガースという方程式ではなかった。ヤクルトスワローズのファンだ。

「友人に誘われたのがきっかけなんですが、神宮球場の雰囲気ってよくないですか?今は一人で見に行くことが多いんですよ。ヤクルトは今季最下位だったけどファンの人がとても穏やか、そして暖かく見守っています。

宝塚の雰囲気ともすごく良く似ているんですよ。プロ野球選手になる人たちって青春時代は野球しかない。私たちもダンスとか歌を必死にやってきました。華やかな舞台のウラに努力とかチームワークがあるんだなって。あとジンカラ(神宮球場のから揚げ)もとってもおいしいですし、カツどんも。ちょっとヘビーなスタジアムグルメが多いかなぁ(笑)」

そして何より“家族”が増えたことが心身の状態を回復させる転機になった。

「8月から猫を飼いました。ミヌエットという品種です。ミュウちゃん。女の子です。可愛いい首輪ががなくて、だったら自分で作っちゃおうと思いまして。よしっ、それじゃ、ネット販売もしようと。年内にブランドも立ち上げます。「カリーヌ」というブランド名で、フランス語で甘えん坊という意味です。彼女を家族としてむかえたことで、明らかに人生はかわりましたね。猫ですから、おかえりっ!とはしてくれないけど、家に帰ると私のあとをずっと追いかけてくる、たまらないです」

新しい家族によって癒しの時間が生まれ、やりたいモデル業以外に稼ぎ出す方法を考えるきっかけにもなった。

野球以外にも海釣りが大好き。「魚を三枚にもおろせますし、昆布締めにもできます。いずれ鯛やマグロも釣りたいです」(提供:宝塚OGサポーターズクラブ)
野球以外にも海釣りが大好き。「魚を三枚にもおろせますし、昆布締めにもできます。いずれ鯛やマグロも釣りたいです」(提供:宝塚OGサポーターズクラブ)

退団してわかった宝塚の「温かみ」

白姫さんの宝塚との出会いは小学2年生だった。その頃、母親が宝塚の舞台公演がある新聞の広告をみつけた。一緒に見に行った。演目は「剣と恋と虹と」と「ジュビレーション」の2つの演目だった。

「衝撃でしたね。私、これやりたい!と思いました。4歳から始めたクラシックバレエにも真剣にとりくんでいましたが、将来、職業にはできないとも思っていました。宝塚音楽学校の試験は1回で受かりました。仮に落ちてももう一回受験しようとは思いませんでしたので、それがよかったのかもしれません。

入ってからはすべてがカルチャーショック。しかし娘役だけはずっとやりたかった。初めてみた舞台の衝撃が忘れられなくて。でも私、背がどんどん伸びて…それが悩みでした。私の身長だとほとんどの方が男役になる。男役さんに『背が大きいね』って思われるのが嫌で、膝を折ったり、腰をアーチにして低く見せる工夫はずっと研究していました。娘役じゃいけないのかなと本気で悩み続けましたが、先生方から『君は娘役としてとったから』という言葉で救われました」

音楽学校時代は寮ではなく、大阪にある自宅から通っていた。音楽学校の寮に食堂はないため、白姫さんは寮に住む同期の子のために朝食を持参することもあった。

「毎朝4時半起きです。授業内容も本当にハードで、帰宅した時は2階にあるリビングにたどりつくために階段を上る体力さえなかった。実は私の期から高校の資格がとれる通信制の授業も始まりました。私は中学を卒業して入ったので、国語や数学などは音楽学校のあとに受けていました。この制度を利用して高校卒業の資格をとりました」

自分で決めたことはやりとおしたい。それがモットーだ。宝塚から離れることも「7年目あたりからずっと考えていた」。通常、宝塚を退団する時にプロデューサーにその決断を自らの言葉で話しに行く。「(退団する)雰囲気だから会いたくないなぁ」と言われたことも今はいい思い出だ。

「宝塚を退団して、大変さとその裏にある温かみを実感しました。コロナのときにいろいろあって、『好きなこと、自分が得意なことしか続かない、追求していけない』と痛感しました。あとは継続していく大切さですね。私は宝塚で14年間娘役をやってきましたが、娘役で14年間は長い方です。

自分で言うのはおかしいかもしれませんが、有難いことに音楽学校にも1回で合格できたり、在団中も挫折とかつまづきは割と緩やかだった方だと思います。なので今回自分の身に起きたことは宝塚時代とは違った大変さです。どん底だったかもしれませんし、まだ先にどん底があるんじゃないか、という恐怖心も残っています。

ただ、モデルをやると決めたからには体も引き締めないといけない。そして、いろいろあった時期にそれでも宝塚にもっといたかったと思った事は一切なく、やり切ったんだなと実感できたことが何よりよかったです」

試練の「渦」に巻き込まれれば、以前いた組織が恋しくなるのは自然の感情だ。ただ白姫さんはどんなに追い詰められても「宝塚をやめなければよかった」とは一度も思わなかったという。自分で決めた、第2の人生のスタート時期は間違いではなかった。宝塚OGではめずらしく、年齢も公表している(1987年生まれの33歳)ことも「モデルとして新しい道を切り開きたい」との覚悟を感じさせる。

白姫さんが目指すモデル像は「女性からみた女性の美しさを追求していくこと」

「媚びない、主張をしすぎない、棘がなく、やわらかく、品がある。万人受けはむずかしいかもしれないけど、こうなりたい、と思ってもらえる女性像が目標です」 

挫折を知り、もがきながらも乗り越えた白姫さんは、宝塚の舞台にいたときの輝きに加え、醸し出される内面からの美しさで、多くの老若男女を魅了するに違いない。

撮影:長濱耕樹
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  • 撮影長濱耕樹

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