五輪延期より深刻…韓国トップ選手が抱える「兵役問題」 | FRIDAYデジタル

五輪延期より深刻…韓国トップ選手が抱える「兵役問題」

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コロナ禍の5月、基礎訓練を受けたソン・フンミン(写真:Republic of Korea Marine Corps/AFP/アフロ)
コロナ禍の5月、基礎訓練を受けたソン・フンミン(写真:Republic of Korea Marine Corps/AFP/アフロ)
今季、プレミアリーグで絶好調のトッテナム所属のソン・フンミン(右)。12月6日のアーセナル戦で早くも10ゴール目をたたき出した(写真:アフロ)
今季、プレミアリーグで絶好調のトッテナム所属のソン・フンミン(右)。12月6日のアーセナル戦で早くも10ゴール目をたたき出した(写真:アフロ)

東京オリンピック(五輪)が新型コロナウイルスの影響で来年に延期となり、人生設計に狂いが生じているアスリートが多いのは言うまでもない。

年齢がネックとなり引退を決断した選手もいれば、モチベーションの低下やピークを脱してしまった選手もいる。一方で、延期になったことをチャンスととらえて代表入りを狙う選手がいたりと、その事情は様々だ。

だが、お隣の国・韓国にはより深刻な事情がある。それは兵役問題だ。

韓国の男性アスリートにとって、五輪は兵役免除を勝ち取るための重要な場所でもある。五輪では銅メダル以上、アジア大会では金メダルを獲得すれば兵役が免除される。

最近、その恩恵を受けた選手で分かりやすい例は、韓国代表FWソン・フンミン(イングランド・トッテナム)だろう。

彼は2016年リオデジャネイロ・オリンピックにオーバーエイジ枠で出場したが、成績はベスト8。

「兵役免除を勝ち取る最後のチャンス」と言われた2018年のジャカルタ・アジア大会でオーバーエイジ枠に選ばれると、破竹の勢いで金メダルを獲得。見事、兵役免除を勝ち取った。

当時、ソンはこんなコメントを残している。

「アジア大会2連覇を成し遂げた国はほかにない。我々はそれをやり遂げた。そもそも兵役は最優先の目標ではなかったし、軍隊のことも考えていなかった。大会で勝利することだけに集中していた」

“本音”では兵役免除が最大の関心事であるものの、それを口にできないのは、本来は果たすべき“兵役の義務”を免除された立場として、国民への配慮もあってのことだろう。

韓国では「兵役法」ですべての成人男子(韓国では満19歳で成人)に兵役の義務が課せられている。19歳ですぐに入隊するわけではなく、進学や芸能・スポーツ活動、やむを得ない理由がある場合などで延期もできる。ただ、現在の兵役法では満28歳までに入隊しなければならず、期間は最短でも21カ月(最長24カ月)となっている。

約2年、軍隊に行くか行かないかで、そのあとの人生が大きく左右されるのは、想像に難くない。それこそトップアスリートにとっては深刻な問題だ。除隊後に競技に戻ったとしても、そのあと活躍できる保証はなく、積み上げてきた実績のすべてを棒に振ると言っても決して大げさではない。

過去には例外もあった。2002年日韓W杯でベスト4入りした韓国代表や2006年(第1回)ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表に連勝してベスト4入りした韓国代表が兵役免除されたが、これは特例措置によるもの。つまり、4年に1度の五輪とアジア大会でメンバー入りし、メダル獲得で兵役免除を勝ち取るしか方法はない。

東京五輪の韓国代表入りをめざすジェフユナイテッド市原・千葉のチャン・ミンギュ選手(©︎JEFUNITED)
東京五輪の韓国代表入りをめざすジェフユナイテッド市原・千葉のチャン・ミンギュ選手(©︎JEFUNITED)

J2リーグのジェフユナイテッド市原・千葉に今季から加入した21歳のDFチャン・ミンギュ。名門・漢陽大学校出身で、フィジカル、空中戦、ビルドアップと総合力の高いディフェンダーとして大学時代から注目の存在だった。実力が認められ、昨年、初めて韓国五輪代表に選出された。

昨年は大学生だったため、プロデビューはJリーグだ。J2開幕節から先発出場し、以降もコンスタントに試合に出続け、今では千葉の主力に成長。ただ、チームは13位となかなか浮上のきっかけをつめずにいる。

「海外である日本のJリーグで1年目から試合に出続けられたことで、自信はつきましたが、まだ個人的に改善点が多いと感じています。チームのスタイルに合わせることやビルドアップからの連携面は課題です」と現状に満足はしていない。

目の前の一番の目標はチームに貢献してJ1昇格を果たすことだが、1年延期になった東京五輪への思いもある。

「1年延期でタイミングがずれ、モチベーションを保つには心境的にしんどい部分もあります。ただ、去年は大学生で代表に選ばれましたが、今はプロです。その分、時間を稼いだと思っています」

つまりJリーグでプレーすることで、五輪代表入りのチャンスが生まれたということだ。

「今は自分よりも2つ上の先輩たちのメンバーが主力です。でも一生懸命やれば、自分にもチャンスが来ると思っています。自分の人生において、五輪に出られるなら、それほど光栄なことはありません。日本でも開催されますから、期待している部分はあります」

仮に五輪メンバーに入って、メダルを獲得すれば、兵役免除の恩恵を受けられる。そのことについては、どう思っているのだろうか。

「そもそも五輪でメダルを獲ることは、そう簡単なことではありませんが、そうした部分(兵役免除)も動機付けになると思います。メダルを獲れば兵役免除にもなるので、シナジー効果はあると思います」

韓国人選手にとって、かなり敏感な問題でもある。だからこそ慎重に言葉を選んでいるようにも感じた。

近年で言えば、2012年ロンドン五輪で日本代表との3位決定戦で勝利した韓国代表メンバーのほか、前述した通り、2018年ジャカルタ・アジア大会で優勝した韓国代表メンバーの兵役免除が大きく取り上げられた。

チャン選手も「過去の五輪では、ロンドン五輪でベスト4に行ったときの試合がとても印象に残っています。私は韓国でその試合を見ていましたが、日本との対戦だけでなく、ベスト16でイングランドに勝利(1-1のドローからPK戦)したのもすごく印象に残っています」と語る。

ロンドン五輪ではホン・ミョンボ監督(現・大韓サッカー協会専務理事)率いる韓国代表には、当時アーセナル所属で兵役免除を望んでいたFWパク・ジュヨン(FCソウル)をオーバーエイジ枠に選出。最後のチャンスと望みをかけた戦いで、見事銅メダルを獲得している。

ちなみに団体種目での兵役免除は、「試合に出場した選手だけ」となっており、韓国は準決勝まで1人(キム・ギヒ選手)だけ出場していなかった。ホン・ミョンボは彼を後半44分にピッチに立たせた。その結果、エントリーした18人が免除を勝ち取った。

日本の立場では「なぜこのタイミングで交代?」と映ったはずだが、韓国側にはそうした背景があったわけだ。

また、ソン・フンミンのほかにも元ガンバ大阪のFWファン・ウィジョ(フランス・ボルドー)、FWファン・ヒチャン(ドイツ・イプツィヒ)も兵役免除となり、欧州で伸び伸びとプレーしている。

ただ、免除となっても、約3週間は基本的な軍事訓練を受けなければならず、3年間で500時間以上の社会奉仕に参加しなければならない。

新型コロナウイルス感染拡大の影響でプレミアリーグの中断期間中の3月に韓国へ帰国したソン・フンミンが、兵役活動に参加。軍服で敬礼する写真が話題になったのは記憶に新しい。

過去5シーズンで1シーズン14ゴールが最高だったプレミアリーグで、中盤に差し掛かる前にすでに10ゴールと獅子奮迅の活躍を見せるソン・フンミンの場合を考えると、兵役免除がアスリートの人生においてどれだけ大切なことなのかがよく分かるだろう。

軍隊免除があるから試合に挑む覚悟が強い――。

日本のサッカーファンならそう思わざるを得ないところだが、チャン選手は「そこまで気負いはしていません」という。

「もちろん五輪代表になって、メダルを獲れればという欲がないわけではありません。ただ、それはあくまでも、動機付けにはなるけれども、ついてくる“恩恵”だという認識です。仮に東京五輪が開催されなくなったとしても、その先にまたチャンスはありますし、軍隊に行くことになったとしても、Kリーグには軍隊チーム(尚州尚武)があるので、そこに所属できればサッカーを続けられますから。自分のサッカー人生にそこまで影響を及ぼすとは考えていない」と言い切った。

チャン選手がいうKリーグの軍隊チームだが、そもそも入隊できる選手はほんの一握り。年齢も27歳までの入隊と決まっており、人数も制限されている。韓国代表経験者、Kリーグや海外のプロチームに在籍した選手がほとんどで競争率も高い。

目の前にぶら下がるニンジンにだけ目を向けてばかりでは、日本に来た目的を失ってしまうのは明白。

チャン選手はまだプロ1年目。五輪や兵役免除のことを考えるよりも、まずは「日本で地に足をつけて結果を残していかなければ、五輪代表入りのチャンスさえつかめない」とことを忘れてはいない。

  • 取材・文金明昱

    キム・ミョンウ/1977年、大阪府出身の在日コリアン。新聞社、編集プロダクション、ゴルフ専門誌記者などを経てフリーに転身。現在はスポーツライターとして、サッカーのJリーグや代表戦、女子ゴルフを中心に取材し、週刊誌やスポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。韓国・北朝鮮スポーツにも精通。過去6回、北朝鮮を訪問して現地取材。近著に『イ・ボミ 愛される力~日本人にいちばん愛される女性ゴルファーの行動哲学(メソッド)~』(光文社)

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