大混乱の「GoTo トラベル」は本当に旅行業界を救う施策か
一旦停止、でも、来年6月まで延期方針。“副作用”続々明るみに
国による観光支援事業「GoTo トラベル」キャンペーン(以下、GoTo)が延長される見込みだ。新型コロナウイルス感染症が拡大した影響で落ち込んだ景気の回復、旅行業界を救済するためのカンフル剤として、政府の肝いりで2020年7月23日から開始。当初の来年1月末から6月末まで延長されるとなると、始まってから約1年も続くことになる。
一般的に、カンフル剤は一瞬において効果を発揮するものであり、もし長期にわたるとなると“副作用”が出てくる。GoToにおいても例外ではなく、開始から4ヵ月余り経ち、すでにさまざまな綻びが明るみとなり、そのたびに物議を醸している。しかも先日、年末年始を含む期間の、全国一斉での一時停止も発表された。今回、旅行ジャーナリストの観点から「GoTo トラベル」の現状をリポートし、今後を考察する。
延べ人数で国民の半数近く利用、ただリピーター大半か
まず、「GoTo トラベル」はこれまでどれだけの人々が利用したのか。観光庁が2020年12月3日に発表した利用実績によると、以下の通り(すべて速報値)
- ■利用人泊数:少なくとも約5260万人泊(7/22~11/15)
- ■割引支援額:少なくとも約3080億円(同上)
- ■宿泊・旅行代金の割引:少なくとも約2509億円(同上)
- ■地域共通クーポンの付与:少なくとも約571億円(10/1~12/1)
あくまで延べ人数だが、日本の人口1億2581人(2020年9月1日現在、総務省統計局発表)の40%以上が利用した計算になる。ただ、GoToに対する世論の批判が依然高いこと、医療機関をはじめとした職場における出張やプライベートな旅行の禁止・自粛などが通達されているともよく聞くことなどから、GoToを利用した複数泊やリピーターが相当多いと推測する。
また、「GoTo トラベル」の予算は約1.4兆円。つまり、約4ヶ月で消化された金額はまだ4分の1弱に過ぎない。ただ、来年6月までの延長分としてさらに1兆円が、今年度の第3次補正予算案で計上される方針だ。
旅行業界の現場から「ずっと振り回されている」との声多く
先に述べた通り、GoToに対する世論の批判が、当初から止まらない。
その最たる原因の1つが、二転三転する政府の対応にある。キャンペーン開始直前に感染者が多い東京発着を対象外として“見切り発車”したのを皮切りに、再び感染が広がった11月に大阪市と札幌市の発着、東京発着では65歳以上と基礎疾患がある人へ利用自粛の要請を行った。さらに、全国一斉での一時停止。その都度、キャンセルにかかる手数料が、国民の税金から補てんされている。
最も大変な目に遭っているのが、旅行会社やホテル・旅館などの“現場”だ。政府から追加で発表されるたび、キャンセルや変更の対応に追われている。キャンペーン開始当初からずっと「振り回されている」という声が後を絶たない。
また、宿泊施設でのチェックイン時、利用客に対しての検温や居住地の確認など通常よりも時間がかかることに加え、宿泊施設に直接予約した際、GoToでの割引の事前手続きをせずに訪れた利用客に一から説明する手間や、利用客が地域共通クーポンの利用方法もよく知らないとなるとまた説明となり、スタッフの負担は確実に増えている。
人気の宿ともなれば、チェックインで長蛇の列、待ち時間も相当長くなり、クレームも出かねない。どんどん疲弊する現場、しかも先の見越せない業界とのことで、離職者がさらに増えることも懸念される。
キャンペーン当初の個人事後還付申請分の振込も、当初2ヶ月以内の予定が「全国より大変多くの申請をいただき、還付金のお振込みに時間を要しております」と、まだ完了していない。
高級宿がGoToで様変わり、常連客が敬遠するワケ
GoToによる恩恵を最も受けたのが、高級なホテルや旅館と言われる。普段はなかなか手の届かない価格帯が、宿泊代金35%+地域クーポン共通15%付与となれば、とてもお得。海外旅行へ気軽に行けない今、国内旅行にお金をかける人々も一定数おり、売り上げは前年以上、連休時は早々に満室という宿泊施設も多い。
その一方で、従来から高級なホテルや旅館を好んで利用してきた常連客が今、敬遠しているという。最たる理由が「客層」で、例えば、本来は大人の空間であるロビーで子どもが叫び走り回ってそれを大人が注意しない、駐車場に軽自動車やワンボックスカーといった大衆車が並ぶなど、「長年ずっと気持ちよく利用してきたのに」という常連客にとって逆に利用しづらい状況となっている。
宿泊施設の側からも、これまでお得意様だった常連客が離れていくのも耐え難く、GoTo客は常連客ではあり得なかったほんの些細なことですぐクレームをつけるといった懸念の声も聞かれる。あえてGoToに参加しない宿泊施設もある。
また、一時期はキャンセルの嵐で、閑古鳥が鳴いていた頃と比べると、キャンペーンでの利用回復に「大変ありがたい」という気持ちはあるものの、「今後どうなるか不安が消えない」とも聞く。
特に、キャンペーン終了後に元の宿泊代金でも果たして利用してくれるのかなど、いまだ収束のめどが立たない新型コロナの感染拡大も合わせ、割安感の反動に先行きを不安視する宿泊施設も少なくない。
GoToの行方いかに? イギリスでは再ロックダウンの要因に
「GoTo トラベル」は今後どうなるのか。
新型コロナの感染状況次第で一時的に中断や部分的な対象外がこれまで何度も行われてきた。それでもいずれ一部再開もしくは全面再開して、旅行業界を支援し続けるのは間違いないだろう。「GoToがないとつぶれる(倒産する)、持ちこたえられない」という旅行会社やホテル・旅館が非常に多いからだ。すでに旅行業界では、感染症対策のマニュアルを作成し、万全を期して徹底している。
利用者が減ることも考えにくい。実際、利用する人と利用しない人で、はっきり二分されている。
今の状況では、ごく一部の業界関係者や利用客がその恩恵を受けるのみで、感染者が増え続けて医療機関がひっ迫する状況でもキャンペーンを続け、多額の税金が投入されている事態に、世論の賛同はそう簡単に得られない。しかも、感染拡大に伴う対象エリアの除外などで政府の判断で遅れが目立ち、対応が完全に後手に回っている。
結局、キャンペーンを強引に推し進め、感染拡大にも歯止めがかからないと、GoTo の恩恵よりもさらなる経済損失にも繋がりかねない。実際、イギリスでは、政府が外食費を半額補助するキャンペーンを開始して1週間でクラスターが急増して第2波となり、遅れて2度目のロックダウンに入って経済が再び減退。キャンペーンが裏目に出たと、政府の対応が批判を浴びた。
一方で、オーストラリアやニュージーランド、中国、ベトナム、台湾など、感染を抑え込んでいる国・地域を見ると、国のトップが率先して早期対応し、世論の賛同も得ている。はるか先をも見越した危機対応は本来不可欠なのだが、日本ではGoToにおいても、その気配は見えないどころか、対応を小出しにし続けた先の一斉停止と、後手後手さばかり目立ち、国民の不安と不満も一層広がっている。
本来ならキャンペーンを積極的にアピールすべき立場であっても「本当に今、旅行を勧めても良いものだろうか」という心のモヤモヤが、ずっと消えない。もはや、旅行業界全体がGoTo に振り回され続けている。
■記事中の情報、データは2020年12月15日現在のものです。
文・写真:Aki Shikama / シカマアキ
旅行ジャーナリスト&フォトグラファー。飛行機・空港を中心に旅行関連の取材、執筆、撮影などを行う。国内全都道府県、海外約40ヶ国・地域を歴訪。ニコンカレッジ講師。元全国紙記者。