スーパースマートシティ長野県伊那市が映す「ニッポンの未来」 | FRIDAYデジタル

スーパースマートシティ長野県伊那市が映す「ニッポンの未来」

ケーブルテレビで注文した商品がドローンで届く、医師とのオンライン診療、AIタクシーほか トヨタ自動車、KDDI、ソフトバンクなど有名企業が続々参入

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公民館の駐車場に設置された「ドローンポート」で発着する。目印である緑色のリボンからズレることなく着陸

11月某日午後3時前、小型無人機ドローンが発する飛行音が静かな山里に響いた。長野県伊那市長谷中尾にある公民館に設けられた発着スペースにピタリと着地すると、配達ボランティアがピンク色の袋を取り出す。バッテリーを取り替えると、ドローンは再び浮上し、三峰川(みぶがわ)上空を飛んでいった。

ボランティアは山道を車で10分ほど登り、一軒の家のチャイムを押す。出てきた住人の小松正樹さん(70)に豚カツと塩さば、歯ブラシを手渡したのだった。

遡(さかのぼ)ること4時間半――。

「ロースカツ、うまそうだな」

小松さんは自宅のテレビのリモコンを操作しながら買い物をしていた。これは伊那ケーブルテレビジョンが整備した通販サービス『ゆうあいマーケット』で、ケーブルテレビの画面上から肉や魚、野菜、酒類、日用品など約300品を購入できる。小松さんは3品892円を選択して決定ボタンを押し、こう続けた。

「パソコンを使って選んで買いなさい、と言われてもできませんが、毎日使うテレビのリモコンなら慣れています。午前11時までに注文すれば、その日の夕方には自宅に届く。配送料として月1000円はかかるけど、商品の値段はスーパーで買うのと一緒です」

伊那市は通信大手のKDDIや地図情報のゼンリン、地元企業などと組み、商店が撤退した地区の住民を対象にドローンを使った買い物支援を行っている。

ドローンの運航は一般社団法人・信州伊那宙が担当。午後2時過ぎに同市高遠町にある地元スーパーのニシザワ高遠食彩館から注文された商品が運び込まれ、それをドローンで運搬する。ドローンが飛べるのは一日1ヵ所で、載せられる重さは5㎏まで。取材日は8㎞先の公民館まで13分で飛行した。万が一の墜落を考えて、三峰川上空など民家の上を飛ばないコースを設定しているという。

「大雪や災害で道路が寸断されても運べます。また、自らが移動せずに買い物ができるため、高齢者の新型コロナウイルス感染拡大を防ぐ効果も期待できます」(伊那市企画政策課係長の安江輝氏)

地方の課題を解決する

伊那市長谷地区は623世帯のうち65歳以上の高齢者だけの世帯が約4割の235世帯に上るという。移動スーパーも訪れるが、週に1~2回。中山間地域で買い物が困難な家庭の支援は全国的にも喫緊の課題だが、収益化を考える民間企業は二の足を踏むのが実情だ。

「現状では住民へのサービスで、あくまでも福祉の一環です。『お魚を食べたい。でも、買いに行けないからあきらめよう』と買い物弱者に思わせたくない。手の届かないところに手を差し伸べるのが行政の仕事ですから。ただ、いずれドローンも大型化し、冷蔵技術も付くでしょう。広い地域に多くの商品を届けられるようになれば、収益化も夢ではありません。現にKDDIさんは『伊那モデル』として月17万円程度で他の自治体へ販売を始めています」(安江氏)

他分野でもドローンの用途は広がっている。ドローンを指差しながら、白鳥(しろとり)孝・伊那市長が熱く語る。

「買い物以外の空いた時間は農業にも使えます。ドローンを飛ばして農地での生育ぶりをチェックし、ここに肥料を撒(ま)こう、と即座にわかる。ドローンに肥料を積んで撒くことはすでに始めています。
他にも、老朽化した橋梁(きょうりょう)のチェックにも使えます。確認のたびに足場を組むよりも、ドローンで確認したほうが安上がりです。全国の地方自治体が抱える課題は共通しています。私たちが知恵を出して成功事例を作ることで、他の地域にも広がっていくはずです」

また、ケーブルテレビからはタクシーの配車も可能だ。伊那市は人工知能(AI)を活用した自動配車の乗り合いタクシーサービス「ぐるっとタクシー」も提供している。利用客が少なく赤字だった路線バスを廃止し、タクシーの配車サービスに切り替えた。利用対象者は65歳以上か運転免許返納者、または障害者で、一人一回500円で利用できる(各種割引あり)。

「車椅子の方は前日予約が必要ですが、それ以外の方はケーブルテレビから当日でも予約ができます。いまは市内半分しかカバーできていませんが、来年度は全地域が対象となります。ドアツードアで目的地に行けて、乗り合わせたお客さん同士で会話も生まれると好評です」(運行する白川タクシーの宮下健司氏)

最後は人力が大事

伊那市の先進的なサービスはこれに留(とど)まらない。トヨタ自動車とソフトバンクが新時代の医療などのために「モネ・テクノロジーズ」を設立し、フィリップス・ジャパンと組んで「ヘルスケアモビリティ」を昨年11月に完成させた。

簡単に言えば移動診療車両で、遠隔診療を行うものだ。市内6つの提携先病院から派遣された看護師が同乗する。患者の庭先まで同車で訪れ、オンラインでかかりつけの医師と結ぶ。車内で血圧や脈拍を測定し、医師が通話システムを使って診断。聴診も可能で、看護師がデジタル聴診器を患者の身体に当てると、心音や肺の様子がヘッドホンを通じて医者にリアルタイムで届くという。

ソフトバンクから伊那市役所に出向している池田佳幸氏が語る。

「遠隔診療の普及で、医療と介護の連携も進みます。オンライン診察に合わせてケアマネジャーが自宅を訪れることで、かかりつけ医の所見を共有できます。介護認定もスピーディーに行われるので、ご家族からも喜ばれています」

伊那市にはタワーマンションもおしゃれなインテリジェントビルもない。国道沿いにチェーン店が連なる典型的な「地方の田舎」だ。そこにトヨタ自動車、KDDI、ソフトバンク、ゼンリンといった有名企業が続々と馳(は)せ参じる。

「最先端技術を使いながらも、自宅までのラストワンマイルは人が携わるように設計しています。たとえばドローンによる買い物支援では、届けた先の家庭で利用者と配達者の間に会話が生まれることを狙っています。IT機器の使用で終わらせずに、あえて人を介在させることで地域のコミュニティを守ることも重要なのです」(白鳥市長)

人間とハイテクが融合するスーパースマートシティ。「ニッポンの未来」の姿が、長野の山間地にあったのである。

豚カツと塩さばがドローンで届く!

ケーブルテレビで「ゆうあいマーケット」を選択すると、注文画面に。「ぐるっとタクシー」でタクシーも予約できる
地元スーパーの商品から食品や惣菜などを選ぶ。商品の代金は後日、ケーブルテレビの利用料と合算して請求される
到着後、商品を箱から取り出したら、バッテリーを交換。ドローンはもと来た空を戻る
ボランティアスタッフが自動車で商品を運ぶ。受け渡しの際に高齢者とスタッフに会話が生まれることも狙いの一つ
ケーブルテレビでの注文から約4時間半で豚カツと塩さばが自宅に届いた!

自宅の庭先で遠隔診療を受けられる移動診療車両

トヨタ自動車とソフトバンクが設立したモネ・テクノロジーズとフィリップス・ジャパンが組んで車両を開発した
看護師がこの「デジタル聴診器」を患者の胸に当てると、遠隔地にいる医師に心音や肺の音を届けることができる
車内で血圧や脈拍を測定し、医師が通話システムを使って診断。ワイヤレスカメラを看護師が操り、患部を見せる
すべてを機械化はしない。白鳥市長は「最後は人を介在させることで地域コミュニティを守る」と力説する

『FRIDAY』2020年12月25日号より

  • 撮影結束武郎

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