亀梨&山P出演 木皿泉脚本の学園ドラマがいま心に響く理由
「やっぱり猫がすき」「すいか」など長く愛される作品を紡ぎだす、作家木皿泉の世界を追う。
2005年に日本テレビで放送されて大反響だった『野ブタ。をプロデュース』が12月23日、15年ぶりにブルーレイで復活する。
この脚本を手掛けたのは、和泉務氏と妻鹿年季子氏の夫婦脚本家で知られる木皿泉氏。今夏にNHK大阪発ショートドラマ『これっきりサマー』が5夜連続放送、11月6日には小説『さざなみのよる』の文庫版(河出文庫)も出版された。今秋の読書週間に開催された宝塚市立図書館第9回読書講演会(登壇は妻鹿氏)の模様を交えながら、木皿泉の世界を探ってゆく。
『野ブタ。をプロデュース』で本当に描きたかったこと
高校二年生の桐谷修二と草野彰が、いじめを受けている転校生の小谷信子(通称「野ブタ」)を、クラスの人気者へとプロデュースしていく青春ストーリー。
今年の4月から特別編として再放送され、第9話放送時(6月13日)には修二を演じた亀梨和也と、彰を演じた山下智久がサプライズ登場した。「野ブタパワー注入!」とポーズ付きで視聴者へ感謝のメッセージを送ると、ツイッターでトレンド入りをし、若い世代にも話題になった。
2004年に和泉氏は脳出血で倒れ、自宅介護と同時に脚本を手掛けることになった。和泉氏は車イスにも乗れない状態であったが、ベッド上でアイデアを出す。信子(堀北真希)の「野ブタパワー注入!」もそうで、山Pに振り付けとポーズを考えてもらい、それが流行となって世間に広がった。
脚本を執筆していた時に妻鹿氏は、このドラマの本質をこんな風に感じ取ったという。
「修二の孤独を描いていたけど、そのセリフを聞いているクラスメイトみんなも孤独なんだ…更には子供からお年寄りまでみんな一人でポツンと立って生きていかなきゃいけない時代に突入していくんだなって、そう思ったらワーッと泣けてきちゃって。私にとってこのドラマの起点は、修二がサラリーマン達の姿を見ながら何かを心に思う場面なんですよね。
当時は自己責任という大変な時代に入った時期で…会社の行き帰りを黙って歩く人達は、みんな大変なものを抱えているよねって。いま『野ブタ。』を観て何かが心を打つのなら、それはあの時に私が感じた孤独や背負うものの大きさを、いまの時代の方がみんなが切実に実感しているからだろうなと思うんです。
当時も今も本質的な問題は何も解決されてないってことなんでしょうね。修二の耐えている姿はコロナ禍の今年に観たほうが、より理解できるんじゃないかな」
修二は通学路にある柳の木にタッチしないと学校に行けないという決め事を自分に課していた。ある日拠り所にしていた柳が抜かれて、別の場所に植え替えられるため船で移動するのを見かけた修二は、信子を連れてその船を追いかける。
信子「柳もまさか自分が海の上を行くなんて思ってなかっただろうね。あるんだ、新しく生きていける場所って」
修二「ああ。生きてみなきゃ、何が起こるかわかんねえもんな」
木皿氏は講演会でこのシーンを彷彿とさせる話をした。
「大きなものにすがると安心できますよね? 私たちってそんなにしっかりしているもんじゃないんですよね。確固としたものがあるかというと無い世界に生きていて…すごく揺らいでいて。自分たちが不安で揺らいでいることを認めて、確かなものを求めたりすがろうとかじゃなく、みんなと確かめ合いながら、自分たちの生きやすい世界を創っていけばいいと思うんです」
『野ブタ。』の世界は、取り巻く環境が変化しようと、自らの手で新しい世界を創っていけるんだよと気付かせてくれる。
コロナ禍の夏にもNHKでドラマ放映
ひと昔前のドラマが復活するだけではなく、新型コロナウィルス感染拡大の第2波が襲ってきた今夏には、木皿泉作『これっきりサマー』がNHK大阪発ショートドラマとして、8月17日から21日までの5夜連続で放送された。
新型コロナウィルス流行の影響で、夏の甲子園への出場と夏フェスへの参加という、かけがえのない青春の1ページを奪われてしまった高校球児と女子高校生が、ソーシャルディスタンスを保ちながらも不器用に近づいていくさまを描いた本作。このドラマについて、制作統括のNHK大阪拠点放送局チーフ・プロデューサー内田ゆき氏はこう話す。
「コロナ禍の中で大人たちはすごく悩んで苦しんでいる。だからしょうがないと若い世代も同情してくるのを求めていた。だけど若い人たちは、大人が考えるよりもパワーがあって目は未来に向いている。こういう状況の中でも、自分たちにできることをやっていこうという強さがある。
男女二人の心の距離が近づいていく中で、自分たちが見出すべきものをちゃんと見出している。どうにもならない大人と、どうにかしたい若い世代の両方に目を向けられるのが、木皿泉作品の真骨頂だと生意気ながら思っています」
妻鹿氏はこの作品に込めた想いをこう話す。
「人と人がわかり合うことは、その人が持つ情報を全部知ることだと思いがちだけど、その人が悔しく理不尽だと思っていることを『私はわかっているよ』『力を貸したいと思っているんだよ』と思ってあげるだけで充分だったりするわけで。わかり合うことって、そんなに大々的に考えなくてもいいんじゃないかなと思うんですよね。励ましたりことさら頑張れとかじゃなく『見てるからね』とか『よく頑張ったんだね』とかで、ずいぶん楽になる人がいっぱいいるんじゃないでしょうか」
日常の風景をさざ波になぞらえる
テレビドラマだけでなく小説を通しても、木皿泉の世界を感じることができる。
富士山の間近にあるコンビニとは名ばかりのマーケットストア「富士ファミリー」を舞台に、三姉妹やばあさんらの日常を描くドラマ『富士ファミリー』が2016年、2017年の正月にNHK総合で放送された。
同作の世界を小説として書いた『さざなみのよる』は、劇中では既に亡くなり幽霊となって現れる次女ナスミ(享年43)の、その死の瞬間から始まる。
ナスミは上京して結婚後、癌に冒され夫婦で実家に戻ってくる。これまで様々な印象や言葉という形で周囲の人の心に残っていた彼女の欠片たちがナスミの死後に、より彼女の存在を強く人々の心に感じさせていくお話。
小説の冒頭に、死を目の前にしたナスミが心の中に矛盾を感じる場面がある。
「発作的に強烈に生きたいと思ったかと思えば、次の瞬間、いやもう充分だと思ったりしている。(中略)心の中はいつも揺れていた」
この心の声は、父が教えてくれた言葉だと妻鹿氏は明かす。
「自宅で看取ったうちの父ちゃんが言ったんですよ。朝起きると『生きていた』とほっとする反面、『まだ生きなきゃなんないのか』とがっかりするって。この苦しいのを終わりにしたいのと、苦しくてもまだ生きたいのと、行ったり来たりなんですよね。本当に死ななきゃいけなくなったら、そういうふうに思うんでしょうね…私もね」
印象的な本のタイトルである『さざなみのよる』は、島倉千代子の曲『愛のさざなみ』からきていると妻鹿氏は明かす。
「この曲はトムちゃん(和泉氏)も、私も好きな曲なんですよね。『くり返すくり返す さざ波のように』という歌詞の部分が、人が日々繰り返す日常のように感じられて。
泣いたり笑ったりを繰り返すその波は、どこに消えるのかもわかんないんですけどね…そしてまた新しいさざなみが来る。人の営みや生と死が連環しているようでいいなと思って。『さざなみのよる』は枕詞なのかな? “波が寄る”ところからさざなみのよるなんですよね。」
上京する前の若い頃、もっと自分は変われるはずなのに、ここにあるすべてが邪魔をしていると思っていたナスミ。この街で腐ってゆく一方のナスミを案じた姉の鷹子は、銀行からおろしたばかりの百万円を差し出し、東京へ行ってみればと言う。
「あんたはあんたらしく、どこまでも転がってゆけばいいよ」
『さざなみのよる』の世界は、ローリングストーン(転がり続ける石)、すべてのものは常に移りゆく生生流転であることを連想させる。
この『野ブタ。をプロデュース』『これっきりサマー』『さざなみのよる』の三作品が、コロナ禍で注目を集めるのは「自分が生きる世界を自らが創ってゆく」という、共通の前向きなメッセージが心に響くからではないだろうか。講演会でも木皿氏は、自身の体験を交えてこう話している。
「私自身には『こうしなければならない』や『こうあるべき』という概念がないんです。なので学生時代や会社員の時期にはヘンな奴だと思われていました。フリーでこの仕事を始めてからは、気の沿わないことに関わると傷つくのは自分だから、無理をしない生き方をしようと思いました。
好きに書いていいと言われて書いた『すいか』で高評価を受けて、世の中には私と同じような人が無理をして生きていることを知り、そんな人たちのために書きたいと思うようになりました」
さらにコロナ禍は、新たな未来を拓くチャンスだと話す。
「これまで当たり前だと思ってきたことや、確固としていたものが一瞬にして意味がなくなる世界に生きているんだと、コロナ禍でみんな気付き始めて揺らいでいるんですよね。
アーティストのバンクシーの作品に、子供たちがボール遊びをしている絵があるんですが、そこにはボールが描かれていないんです。もしかしたら、私たち本当はボールを触らせてもらってないんじゃないのって、そう思わせる作品なんです。
ATMが表示する数字とバーコードの貼りついた商品が、知らないところでぐるぐる回っているだけの人生を私たちは送っているわけです。ボールを渡された時のあのドキドキ感、いま自分は丸ごと抱えているんだという実感を一度だって持たせてもらえない。本当にそれでいいのでしょうか。誰かに任せるんじゃなくて、自分たちで未来を創る時にきていて、それが多様性に満ちた世界に繋がっていくのではないかと思うんです」
幾重にも織り込まれた各物語は、絶えず変化を繰り返しながら未来を創ってゆく。木皿泉のあらゆる文章は、その表現に生命を宿らせながら、これからも壮大な物語を紡いでゆく。
◆木皿泉 プロフィール
和泉務と妻鹿年季子夫婦による脚本・小説家。テレビドラマ「すいか」で向田邦子賞、ギャラクシー賞受賞。「Q10」でギャラクシー賞受賞。他のテレビドラマに「野ブタ。をプロデュース」、「セクシーボイスアンドロボ」、「富士ファミリー」、「パンセ」など。著書に「昨夜のカレー、明日のパン」(山本周五郎賞候補、本屋大賞第2位、自身の脚本でドラマ化)、「さざなみのよる」(本屋大賞第6位)「カゲロボ」など。アニメ映画「ハル」や戯曲も手掛ける。
- 取材・文:椙浦菖子
- 撮影:菊地弘一
ライター、カメラマン