追悼・岡江久美子さん 45年来の親友が語る「ふたりの青春」 | FRIDAYデジタル

追悼・岡江久美子さん 45年来の親友が語る「ふたりの青春」

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3年ほど前、共通の知人の還暦祝いで撮った写真(岡まゆみ氏提供)。

「久美ちゃんには天真爛漫なところがありましたね」

45年来の親友である女優の岡まゆみ(64)が、4月23日に亡くなった女優の岡江久美子(享年63)の気さくな素顔を明かしてくれた。

「出会いは`76年、私が主演デビューしたお昼のドラマ『絹の家』(TBS系)の撮影中のことでした。当時、私たちは撮影スタジオが隣同士で、久美ちゃんがこちらのスタジオに顔を出して、『頑張ってね~』と声をかけてくれたんです。

お互い、忙しい合間を縫ってよく一緒にいました。背格好が似ていて、『双子みたい』だと言われたり、名前も似ているからよく間違えられたり……なんだか他人じゃないような気がして、私にとっては幼馴染のような存在でした」

指輪、車、美容院……すべてがお揃い

出会いからあっという間に意気投合した二人は、多くの時間を一緒に過ごしていく。

「車で海へ行ったり、お互いの別荘に行ったり、ご飯を食べたり飲みに行ったり、買い物に行ったり……女の子の友達同士がやるようなことはたいてい一緒にやりました。小さなメレダイヤの指輪をお揃いで買ったこともありましたね。美容院に一緒に行くこともありましたし、クリニックだって同じだったんですよ。

二人とも車好きで、あるとき久美ちゃんに『この車いいよ』と勧められて、『じゃあ、真似っこしていい?』ということで同じメルセデスのバンに乗っていたこともあります。久美ちゃんが乗っていたワインレッドのバンが好きで私も買ったのですが、年式が違うと色が微妙に違っていて、ガッカリしたこともあります」

岡江は健康に関する知識が豊富で、いつも岡に情報を教えてくれていた。

「久美ちゃんは健康オタクなんです。『今、亜鉛が足りていないから牡蠣を食べに行こう!』と誘ってくれたりしました。私は貝に当たったことがあって生牡蠣はあまり得意じゃないんですが、それでもお構いなしで『食べに行こう!』って(笑)。

それからある年の暮れに忘年会をすることになって、女優の大島さと子ちゃんと3人で集まることになったんです。久美ちゃんが『お店は任せて!』と言うので行ってみたら、スッポン料理だったこともありました。

久美ちゃんはすごいんですよ。生き血なんかもキュッて飲んじゃう。お家に遊びに行ったときは、コラーゲンが摂れるからといって、冷蔵庫に豚足を常備していましたね。

昔、二人ともゴルフに夢中になっていた時期があって、女性4人で行ったこともありました。まあとにかく賑やかで。4人でまったく違う話を同時にしていたりとかして。キャディーさんは頭が痛そうでした。とにかく、よく喋って、よく笑って、よく食べて、よく飲みました」

`75年、TBSドラマ『お美津』の主演で芸能界デビューした岡江。当時は18歳で演技に関しても素人同然だった(講談社写真資料室)。

「既読」が付かないLINE、そして突然の別れ

年を経るに連れ、二人を取り巻く環境は徐々に変わっていく。岡江は`83年に大和田獏(70)と結婚し、長女・美帆(37)を出産。同年、岡は『劇団四季』に再入団し、テレビの世界から離れるという人生の転機を迎えた。

「お互い忙しくなりましたが、それでも久美ちゃんは私に会いに来てくれました。私が『劇団四季』に再入団して、初舞台のために舞台稽古をしているときでした。真っ白いおくるみに包まれた生まれたばかりの美帆ちゃんを抱いて、『この子がいるから観れないけど、会いに来たよ』って。

『四季』に入るとき、私は結構悩んでいたんです。当時は『四季』の知名度も低くて、『せっかくテレビで売れているのになんでそんな新しい劇団に行くんだ?』と周囲から猛反対されたりして。でも久美ちゃんは、『道は違うけどお互いに頑張ろう。私も舞台を観るのは大好きだから、応援しているよ』と言って、背中を押してくれたんです。その言葉は今でも心の中に残っています。

辞めるときも久美ちゃんに連絡をすると、『そっか、また一緒にやれるといいね』と言ってくれたんです。私は劇団を辞めることに対して喪失感があったので、そのときも元気づけてもらいました」

最後に岡江に会ったのは、今年の2月29日。岡が出演していた舞台を、岡江が観にきてくれたときだった。

「私が『こんなときに来てくれるの?』と言ったら、『こっちこそ、こんな時期に芝居をやってくれていて嬉しいよ』と返してくれました。来てくれたのが昼公演だったので、終わった後にロビーで、『じゃあ、また今度ゆっくり会おうね』と言って別れました。なぜかそのとき、私は彼女が階段を下りていく後ろ姿をずっと見ていたんです。そして、それが彼女と会った最後になりました。

その2週間後くらいに、『元気にしてる? 早くコロナが終息するといいね。お互い生き残って元気で会おうね』ってLINEをしたのですが、全然既読マークが付かなくて、おかしいなと思っていたんです。でも、時々そんなこともあったので、しばらくすれば返事が来るかと思っていたら……。

訃報を聞いたときは……『腰が抜ける』って、ああいうことを言うんですね。しばらく何が起きたのかわからなくて、ポカーンとしていました。でも、久美ちゃんは向こうでも一人じゃないと思うんです。彼女は誰にでも好かれる人でしたから。だから、きっと寂しくはないと思います。彼女に何か声をかけるとしたら、月並みですが、『待っていてね』ということと、『ありがとう』ということです」

周りの人みんなを明るくする岡江の笑顔を、もう一度見たかった――。

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