育った家庭は地獄だった…親からの虐待サバイバーが伝えたいこと | FRIDAYデジタル

育った家庭は地獄だった…親からの虐待サバイバーが伝えたいこと

親から「逃げる」ために、声をあげよう〜阿古真理の経験と教訓

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「STAY HOMEは地獄だった」コロナ禍に虐待、DVが深刻化した。今、困っている人に経験者が伝える言葉にはとくべつな重みがある

2020年1225日、13歳の娘への「監護者わいせつ罪」に問われた父親に有罪判決があった。犯行は同年4月、コロナ禍による休校期間中だった。「家にいる時間が増え、わいせつな行為をされた」という。2019年1月に虐待死した「心愛ちゃん」への暴力が激化したのは、学校が休みになった年末年始だった。

DVや虐待に苦しむ子ども、被害者にとって、家庭は心休まる場所ではない。年末年始や長期休暇など「家族と過ごす時間」が増えることは地獄なのだ。

厚生労働省によると、昨年度、18歳未満への虐待(対応件数)は過去最多。昨春の一斉休校や外出自粛のため、家庭で過ごす時間が増え、「地獄」から抜け出せない。また、学校や近所で気づけていた虐待が表面化していない可能性も高いという。

性被害や身体的暴力だけでなく、人格否定や精神的支配などの心理的虐待もまた、家庭を地獄にする。

「今、苦しんでいる人に伝えたいこと」。長年にわたる「親からの虐待」から生き延びた生活史研究家の阿古真理さんが、自らの体験をもとに赤裸々に語る。

心が、殴られ続けた毎日

私は、親からのDVのサバイバーだ。しかし、殴る蹴るの暴行を受けたり、食事を与えられなかったわけではない。身体的なケアは与えてもらったし、私立中学へ進学するなどの教育の機会も与えてもらった。

コロナ禍の今、DVの増加が報道されている。そのなかには、私のように親からのソフトな暴力を受けている人たちもいるだろう。今このときも、家庭でサバイブしようと苦しむ子どもたちがいる。本稿では私自身の体験を通し、分かりにくいソフトな、けれども当事者にとっては深刻な「暴力」の問題について考えたい。

母は、私の話をいつも聞き流した。頼みごとも、まず拒絶される。小学校1年生の冬、家の引っ越しで転校した私はいじめられ、怖い夢ばかりをみた。「一緒に寝たい」、と母に頼むと「もう大きいんだから、1人で寝なさい」と追い払われた。

やがて私は、要求を受け入れてもらうには、「何度も頼む」、「必要な理由を説明する」などのプレゼンが必要だと学ぶ。通り一遍のプレゼンではない。子どもにとっては、切実なプレゼンだ。

そして、自分の要求を通してもらったら、必ず「見返り」を渡さなければならない。愛とは「取引」だと学んだ私は、30歳で結婚して、夫が何かしてくれたとき「何を返したらいいの?」と聞いて、戸惑わせた。

階段に腰掛けて震えていた

理由もわからず怒られることもよくあった。両親が大声で罵り合い、階段に腰かけて妹と怯えていた時期もある。母も父も、あえて口にしない本音を察することばかり私に求めた。

私のことをろくに知ろうとはしなかったので、母からのアドバイスは的外れなことが多かった。そんな家のなかを穏やかにしたい一心で、両親の顔色を読み、望まれる言動を常に心がけることによって、私は両親から支配された。

小学4年生のとき、担任の先生から母が呼び出されたことがある。私の描いた絵が暴力的なので「家庭で何かあったのではないか」と言われた。母は、「私のせいにされた!」と憤慨していたが、なぜそのとき家庭に、自分に問題がないか顧みてくれなかったのだろう。

長年のソフトな暴力の痛みは、私のなかに「怒り」として蓄積されていった。

外で遊んでいて、夕方になっても家に帰りたくなかったのはなぜなのか。なぜ訳もなく怒りがこみ上げる瞬間、あるいは涙が出る瞬間があるのか。なぜ自分は「いなくてもいい人間」だと思っていたのか。

どういうことなのか知るために、大学時代に心理学や精神衛生学も学び、卒業後も心理学や親子関係についてたくさんの本を読んだ。その結果、加害者の暴力的な言動や無視は、被害者の心身の自由も奪い、支配することや、その支配力は、ときに加害者の死後すら続くことを知る。自殺する人のなかには、親との関係に問題を抱えている場合が多いことにも気づいていく。

いつしか私自身が「母のように」歪んでしまっていた…

歪んだ親子関係は、私の人格にも影響を与えた。小学生や中学生のとき、いじめに遭った。大学生になって学外の交流が増えると、人間関係のトラブルが何度も起きた。自分の性格に問題があるとずっと感じていたが、何が問題かは分からない。

高圧的になりがち、人の話をまず否定する、など問題点を具体的に指摘してくれる人は、20代の終わりに夫に出会うまでいなかった。私は、母が私にしたように他人に接していたのだ。

親から暴力を受けている人、そうした過去に苦しんでいる人たちが、自分の人生を取り戻すにはどうすればいいだろうか。今、私には友人たちがおり、何人もの仕事相手と好きな仕事をしている。私は、生き延びた。私が学び、体験から得た生き残り術を伝えたい。

一番いいのは、逃げること。加害者と離れて暮らし、できれば関係を絶つ。私が精神の自由を持ち始めたのは、10数年前に親と断絶してからだ。解放されたとたん、他人は怖い存在ではないと気がついた。自分以外の人間を信用しない母の影響が抜けたのだ。

絶縁するまでの数年は、同居していなかったにもかかわらず支配から抜け出せずにいた。支配される関係性が刻み込まれていたからだ。夫の助けがあって、満身創痍で絶縁をした。

今、すぐには逃げられない人は…

しかし、未成年だったり、さまざまな事情から、今は家にとどまらざるを得ない人や、関係を継続せざるを得ない人もいるだろう。そういう人は、心を解放する機会を持つことを試みてほしい。

中学時代の私には、やはり親との関係に問題を抱える級友が何人もいたので、お互いの家庭の話をして怒りを共有できた。そうした当事者同士が語り合う「ピアカウンセリング」という手法があることを知ったのは、だいぶ後だ。成長してからは、折々に耳を傾けてくれる友人たちを得て助けられた。もちろん、のちの夫は最も話を聞いてくれた1人だ。自分を信じて受け入れてくれる人を見つけることは、心の支えになる。

文章を書く、絵を描く、歌を歌うなどの表現行為も、自分を解放してくれる。これは友人や恋人、カウンセラーなどの聞き手がいないときでも実行できる。とくに文章を書くことー暴力のことだけでなく、自分が感じていることについて書くことは、自分を客観視するのに役立つ。

自信になる何かを持てればなおよい。私の場合、小学校に上がった頃から読み書きが好きで得意な自分を発見した。書くことを将来の仕事にしようと思い定めたのは、小学校2年生のときだ。物書きになる将来に向かってぶれなかったことが、私を支えてくれた。

我慢しなくていい。とにかく「逃げる」のだ

「どんな境遇で生まれた人も、生を得た段階で祝福されている」。思わずその言葉が口をついて出たのは、写真専門学校の講師を務める夫が、親との問題を抱えた学生をわが家へ連れてきた折だ。

夫は十数年の講師歴の中で、親からの暴力で自己評価を下げてしまった学生たちを何人もみてきた。そうした学生たちを、うちに連れて来る。

暗い目をした彼らは、みんないい子たちだった。卒業後に能力を発揮している人もいる。欠落はときに、表現者としての才能に結びつく。発揮するには生き延びなければならない。どうか、生き延びてほしい。今はまだ会えていなくても、あなたに出会うことを待っている人たちが、必ずいる。

我慢しなくていい。逃げ出そう。今、まだ逃げ出す力の足りない人は、「助けて」と声を上げて。どうか、どうか、生き延びて。

 

(阿古真理:生活史研究家。著書の『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)では、自身の経験を赤裸々につづっている。家庭内の虐待について、加害者である母親の立場について、ジェンダーからの考察もふまえた力作。)

  • 阿古真理

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