「大家族出身」からトップレスラーに…ビッグダディ三女の壮絶半生 | FRIDAYデジタル

「大家族出身」からトップレスラーに…ビッグダディ三女の壮絶半生

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20年末、テレビ収録をした際の1枚。父親の清志さんと(写真:STARDOM)

ビッグダディこと林下清志さん(55)の三女で、プロレスラーの林下詩美(うたみ/22)。2020年11月にトップレスラーの岩谷麻優選手を破り、女子プロレス「スターダム」最高位のワールド・オブ・スターダム王座に輝いた。12月には初防衛に成功。今最も勢いのある選手の1人で、“詩美時代”の到来をも予感させる。

そんな詩美選手は、テレビ番組でたびたび紹介された大家族で育ち、妹たちの学費を払うために飲食店で働いてからプロレスの門を叩くという異色の経歴の持ち主。以下は詩美選手が振り返る、家族との思い出とトップレスラーになるまでの苦闘だ――。

清志さん一家最大16人の様子はテレビ番組『痛快!ビッグダディ』(テレビ朝日系)で放送され、お茶の間の話題を集めた。詩美選手は「小学校2年生のときからテレビに出ていたので、気づいたらそうなっていた感じです。ただ、番組スタッフの方々が家族のようだったので、撮られているという意識はありませんでした。学校で『テレビに出てたよ』と言われても、家にテレビがなかったので、『へえ、そうなんだ』くらいに思っていました」と振り返る。

清志さんについては、こう語る。

「恰好(=袖を切ったTシャツ&頭にタオルを巻くお馴染みのスタイル)からして個性的なのですが、岩手の山奥から突然、島に引っ越しちゃうという発想も、全然、普通じゃないです(笑)。何もかもを『楽しそうだからやってみよう』でやっちゃう人なので、“普通のお父さん”とは違うのだなと感じていました」

奄美大島で育った小学生のころは、「よく外に遊びに行っていました。近くに海があったので、家でじっとしていることは少なかったです」。

中学で柔道を始めた。

「ほんとうは違う部活に入る予定だったのですが、お父さんが柔道をやっているので、ほぼ強制的に柔道部に入れられました」

というも、柔道に熱中し、「朝、学校に着いて道場でトレーニングをして、それから授業を受けて、夕方に部活をやり、その後、少年柔道に行って、家に帰ってご飯を食べてすぐに寝る」という生活を送るようになった。

「プロレスに初めて触れたのは、中学2年生のときでした。お父さんをはじめ家族がプロレスを好きだったのですが、私には“おじさんの殴り合い”みたいなイメージがあって、ぜんぜん興味がありませんでした。それが、お兄ちゃんとか妹から、『観てみない?』と言われて、(世界的に活躍する)TAJIRI選手の試合を観ました。ミスト(口から毒霧を噴射する技)とか、タランチュラ(ロープ越しに絡みつき固める技)みたいな派手な技もあるんだと感動しましたね。それから一気に好きになりました」

初めてプロレスラーになりたいと思ったのは、中学3年生のとき。

「中学卒業のタイミングで、プロレスラーになりたいという気持ちはありました。ただ、思春期でそのことを口に出せなかったです。進路の話になったときに、お父さんから『(高校は)どこに行ってもいいけど、出るだけは出ておいた方がいいよ』と当たり前に言われ、『プロレスラーになる』とかじゃないんだと思い、高校に進学しました」

高校3年生のタイミングでは、就職を決意。

心情的には「頭の片隅にプロレスラーになりたい気持ちはあったのですが、当時の私の中ではプロレスラーは雲の上の存在で、“私なんかじゃなれない”という気持ちがありました」という。

老舗料理店で残業の日々

得意のジャーマンスープレックスを決める詩美選手。12月26日に後楽園ホールで行われた試合で

家庭環境の面でも、プロレスラーへの夢をすぐに実行に移せなかった。

「私はお兄ちゃんとお姉ちゃんに学費を工面してもらって高校に通うことができました。自分にも下に三つ子の妹がいて、私が高3のときに中2でした。3人の学費を払うために働かなければと思い、就職したんです」

卒業後、上京して串カツ料理の老舗「串の坊 六本木ヒルズ店」で調理や接客をする日々が始まった。仕事は決して楽ではなかった。

「残業はたくさんしました。飲食店ですし、自分は新入社員だったので、いつも終電で帰り次の日は一番に出勤という感じでした。仕事は好きで、誰かが体調不良でお休みになった時は自分から『出勤します!』って言ってましたね」

約1年間働き、兄弟・姉妹で協力して妹たちの学費の目途が立ったときに、女子プロレス「スターダム」の入門テストを受けた。

「学生のころは島で生活していましたが、就職で都内に出てきたら、プロレスを観に行けるようになり、会社帰りに『今日も仕事、疲れたな』と思いながら、プロレスの動画を観ていたら、ふと『今ならプロレス、できるんじゃないか』と感じました。職場には採用して頂いて感謝しているし、すばらしい経験をさせてもらいました。職場の方々も優しい人ばかりだったのですが、すぐに履歴書をスターダムに送ったんです。

妹3人が中学3年生の1月でした。誰にも相談はしなかったのですが、お父さんだけには、『なろうと思うんです』ではなく、『プロレスラーになります』という形で連絡しました。お父さんはプロレスが大好きなので、すごく喜んでくれましたね」

スターダム入門後、2018年8月にプロレスデビュー。

「それまでは、普通の人の生活をしていたのですが、プロレスラーになってみると、やはりトレーニングの量が尋常ではなく、つらかったです。

最初は“ビックダディの娘”としか見てもらえず、私を見る目が厳しかったので、自分の実力を見てもらうためには周り以上の努力が必要でした。『“ビックダディの娘”っていうだけなんだ』と思われるのは絶対に嫌でしたね。先輩たちから『私たちの頃はこんなにしてなかったよ』と言われたくらいなので、新人時代は誰よりも練習をしていた自信があります。

プロレスラーのトレーニング量が尋常ではないということは分かっていたし、中学生のころからの夢といいますか、憧れの道だったので、やめたいと思ったことは一度もありません」

2年3ヵ月後、チャンピオンベルトを勝ち取った。

家族とは仲が良く、グループLINEで毎日連絡を取り合っている。プロレスを始めてから一層、家族の支えを感じるようになった。

「試合の後は家族の元に行きますし、練習と試合の繰り返しというハードなスケジュールの中で、プロレスでの疲れは全部、家族で癒しています。肉体的にも、精神的にもダメージの強い仕事なのですが、家族の温かみがなかったら、ここまでくることはできなかったかもしれません」

清志さんには、感謝の念しかないという。

「もの心ついたときから、お父さんは私たちを一人で育ててくれていました。お父さんは家族と楽しく過ごすことを一番に考えてくれる人で、仕事が終わって疲れているはずなのにみんなと遊んでくれて、私たちが寝た後は夜に別の仕事に行ったりしていました。小さいころは、お父さんの寝ているところを見た記憶がありません。私がこんなにいい子に育ったのも、お父さんのおかげです」

「女子プロレス界を私が引っ張る」

12月26日の試合前、チャンピオンベルトを片手に。王者になり風格も出てきた

今の女子プロレス界では、中学生のころから研究生としてリングにあがり、高校生でプロレスデビューを果たす選手も少なくない。

「私は最初にプロレスラーになりたいと思ったのが中学3年生の15歳のときで、実際にプロレスラーになれたのは19歳のときでした。“ロスタイム”とでもいうのでしょうか、その4年間がなければ今の私はプロレスラーとしてもっと違った存在になっていたと思います。

……もうちょっと早くプロレスラーになっていたら、という気持ちは正直、あります。でも、4年間が無駄だったとは思いません。高校は家政科で調理師や保育士の仕事に触れることもできたし、実際に就職もさせて頂きました。そのうえで、『それでもプロレスラーになりたい』と思うことができたので」

プロレスラーを夢見る少女たちにメッセージをお願いすると、こう言って笑顔を見せた。

「私はプロレスラーになりたいと思いながらも、遠回りをしてきました。プロレスラーは簡単な仕事ではないし、ダメージも大きいし、何よりケガがあるので家族からは反対されるかもしれません。ただ、それでも、なりたいと思ってもらえることは嬉しいです。本当にプロレスをやりたいと強い気持ちで言って頂けるのなら、全力で応援します。一緒にプロレスをやりましょう!」

デビュー当時から「ビッグダディ三女」としての注目度が先行していた詩美選手だが、今では実力も折り紙付き。「ビッグダディ娘」と言われても、「それで女子プロレスに興味を持ってくれる方が増えているので嬉しい」と屈託なく話す。

「日本の女子プロレス界ではスターダムが一番という気持ちがあるのですが、それでも、世間のみなさまが女子プロレスの話をするときは、(クラッシュギャルズやダンプ松本選手など)レジェンド選手の名前は出るのですが、スターダムの選手の名前が出ることは少ないと思います。スターダム、そして女子プロレスを世間のみなさまにもっと知って頂けるように、私が引っ張っていきたいです」

詩美選手の戦う姿をまだ観たことがない人は、ぜひ会場に足を運んで、“ビッグダディ娘”のプロレスを体感してみてはいかがだろう。

清志さん(左奥)はじめ兄弟たちと。家族で食事を楽しむ直前に撮られた写真だ(林下詩美選手提供)
華麗に宙を舞いドロップキック! 12月26日に行われた試合で
詩美選手(中央)は恵まれた体格をいかしたパワフルな試合運びでも人気。12月26日に行われた試合で
  • 取材・文・撮影竹内みちまろ

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