バラエティ番組でのキムタクに抱いてしまう「コレジャナイ」感 | FRIDAYデジタル

バラエティ番組でのキムタクに抱いてしまう「コレジャナイ」感

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愛犬を連れて、動物病院から仲良く帰宅するキムタクと工藤静香夫妻
愛犬を連れて、動物病院から仲良く帰宅するキムタクと工藤静香夫妻

木村拓哉は演技が上手い。昔からのキムタクファン(ファンが“キムタク”とは呼ばないことは百も承知だが便宜上)なら、「そんなことは拓哉がブレークする前から分かっていた」と言うだろう。

スーパーアイドル木村拓哉の場合、俳優業は歌ったり踊ったりバラエティに出演したりする、数ある表現の中の一つ。逆にいえば、アイドルである限り、バラエティに出演することも(宣伝のためとはいえ)一種の“本業”のようなものなのである。

コロナ禍でエンタメ系の活動が制限される中、SNSで独特の発信力を持つ妻の工藤静香が、木村家がいかに仲良しファミリーであるかをアピールしたことも、筆者からすれば、新たなバラエティ的キャラクター作りの一環かと思っていたほどだ。

『教場Ⅱ』番宣バラエティ番組での「コレジャナイ」感

年が明け、フジテレビ系新春SPドラマ『教場Ⅱ』の宣伝でバラエティ番組に次々に出演する木村を観た。2003年から続く明石家さんまとの正月特番『さんタク』を除けば、必ず「出演してもらうことに有り難みがある」あるいは、「ジャニーズの後輩が共演に恐縮しまくる&そのカッコよさに平伏す」という構図が強調され、古参スマヲタ(箱推し)からしてみると、「こういう木村さんが観たいんじゃないのに〜」と、毎回「コレジャナイ」感を覚えた。楽しいはずのバラエティなのに視聴後にスッキリしなかったのだ。

その理由に思いを馳せると、木村を陰で操っているプロデューサーの“戦略ミス”に気づいたのである。

国民的傑作漫画「ドラえもん」には、様々なキャラクターが登場する。のび太にドラえもん、しずかちゃんにジャイアンにスネ夫。それぞれに欠点があるから魅力的なのであって、もし仮に、ドラえもんのキャラクターでアイドルグループを結成したとして、最終兵器として出来杉くんを投入した6人組でデビューさせても、出来杉くんにヲタはつかないだろう。

ジャニーズJr.を見ていても思うが、普段はポンコツなのに、ステージに立つと一気に輝く、という素材がファンにとっては一番魅力的なのだ。例えば、同じSMAPでも中居正広は、普段は「歌ヘタ」「口パク上手」などと自虐ネタを披露しながら、いざステージに立つと、キラッキラのアイドルスマイルとキレッキレのパフォーマンスと前代未聞のサービス精神で、5万人からのファンを魅了した。

ステージの中居こそがスーパースターで、ヲタは、その変身ぶりに感動していたのである。だから中居には一般に知られる人気以上に、“ガチヲタ”が多かった。その“ガチ”感は、他のグループに置き換えると嵐の大野智や、随分前にジャニーズを去ったKAT-TUN時代の赤西仁のファンに多く見られる現象であった。

考えてみると、ジャニヲタは、何よりも推しの“変身力”が見たいのかもしれない。ヲタとして、可愛いとカッコイイの、昔から変わらない部分と成長した部分の両方を自分の目と耳で確認したいのかもしれない。

ソロになった木村拓哉の場合も、芝居を主戦場にしている限り“変身力”は存分に発揮できている。問題はバラエティである。

必要なのは、中居正広レベルの優秀なプロデューサー

スーパースターとして崇められる木村拓哉がユーモラスな雰囲気を纏う上で最大の関門は、“自虐ネタ”を持たないことだ。昔から演技力はある木村の場合、求められる“役”を演じることは得意だった。SMAP5人の時、とりわけバラエティのMCでは、演出家としての役割を担っていたのは、他でもない中居である。この年始の“出来杉くん”な木村を見るにつけ、中居は、さり気ないやり取りの中で、巧みに木村のカッコよさと可愛さを引き出していたのだなぁと改めて気付かされる。

中居が、「こんな木村が見たいんだよ!」という要求を含んだ巧みなパス回しをして、最後に木村がシュートを決める。その「大勢が見たい木村」は、妻である工藤静香よりも、プロデューサーとして手腕を発揮した飯島三智よりも、誰よりも中居のイメージこそが的確でかつ共感を得やすかったのではないだろうか。

“演技者”木村拓哉がスターの輝きを保ち続けるためには、中居レベルの優秀なプロデューサーが必要なのだ。『さんタク』で、本来なら“自分大好き自虐の帝王”明石家さんまがその手解きをすべきだったのかもしれないが、私生活のプロデュースは妻の静香が担当していることもあって、そこにはやはり遠慮が入る。

でも世の中に、なんの問題もない、最高に円満な家庭など存在しないのである。もし木村家がそんな理想の家族なのだとしたら、むしろそのことは隠すべきだ。アイドルの私生活がキラキラであるなら、ヲタをその“変身の魔法”にかけることが不可能になってしまう。

筆者が考える“ヲタ”とは、ローマ帝国時代に文化の擁護や育成に尽力したガイアス・マエケナス的精神の持ち主を指す。ガイアス・マエケナスは、「芸術文化振興による社会創造」を旨とするメセナの語源でもある。つまり、好きなものを擁護し育成するために我々ヲタは身銭を切るのである。

古参ヲタが工藤静香にお願いしたいコト

人に求められる自分であることにこの上ない喜びを感じる性格の木村拓哉には、セルフプロデュース力はないと筆者は考えている。もし今、工藤静香が木村のプライベートのプロデューサー的な役割も担っているのならば、お願いだから、彼を“出来杉くん”にはしないでほしい。

スーパースターで、芝居もうまくて、後輩に尊敬され、スタッフに愛され、家庭も円満。そんな真っ当すぎる人間は、社会貢献に勤しむセレブとしては相応しいが、体を張って人を楽しませるアイドルとしてはつまらない。というより、アイドル失格でさえある。ヲタは、夢が見たいのだ。変身する自担(推し)が見たいのだ。自分にだけこんな顔を見せてくれたと(それがまやかしだと分かっていても)錯覚したいのだ。

妻が理想とする夫さえも演じようとする木村に、そんなファンタジックな要素はない。悪戯に経験を重ねてしまった我々ヲタの人生は、公私共に満たされてしまったアイドルの魔法に簡単にかかるほど、生ぬるくはないのである。

  • 取材・文喜久坂京

    ジャニヲタ歴25年のライター。有名人のインタビュー記事を中心に執筆活動を行う。ジャニーズのライブが好きすぎて、最高で舞台やソロコンなども含め、年150公演に足を運んだことも。

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