元メジャー投手・長谷川滋利が占う 大谷翔平「二刀流の今後」 | FRIDAYデジタル

元メジャー投手・長谷川滋利が占う 大谷翔平「二刀流の今後」

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昨年3月、春のキャンプでブルペンに立った大谷。残念ながら投打に不本意なシーズンとなった(画像:アフロ)

新型コロナウィルスの影響で変則的なシーズンとなってしまった昨年のメジャーリーグでは、レギュラーシーズンは60試合におさえられて無観客で開催されました。ワールドシリーズではロサンゼルス・ドジャースが32年ぶりの優勝を果たしましたが視聴率は伸びず、一部では球界全体で約30億ドル(約3100億円)を超える損出を受けたとの報道も。関連会社や経済的影響は、さらに大きいことが予想されます。いずれにしても早期収束を願ってやみません。

とても難しいシーズンでしたが、シカゴ・カブス(2021年からサンディエゴ・パドレスへ)で日本人初の最多賞を獲得(8勝)したダルビッシュ有投手などは素晴らしい活躍を見せてくれました。

野手にとっては、さらに難しいシーズンだったかもしれません。筒香嘉智選手(タンパベイ ・レイズ)や秋山翔吾選手(シンシナティ・レッズ)は主戦力としてルーキーイヤーを過ごしましたが、彼らの潜在能力から考えると、相応の強烈なインパクトを残せたわけではありません。今季での飛躍が期待されます。

ただ、2選手ともプレーオフに進出するなど、コロナ禍でもメジャーのシーズンの輪郭は掴めたのではないでしょうか。多くのメジャーリーガーがそうであるように、2020年は「今年は安全優先のシーズンだったから仕方ない」と割り切った考え方をしてしまっていいと僕は個人的に思います。むしろ未曾有のシーズンを経験できて、そこである程度、アメリカの野球を体感した。そうプラスに捉えるくらいのメンタルでいてほしいと考えています。

「悔しい」「情けない」

そしてやはり日本のメディアがもっとも誌面を割いたのは、大谷翔平選手(ロサンゼルス・エンゼルス)の動向です。

通称トミー・ジョン手術と呼ばれる右肘の内側側副靱帯再建手術とリハビリを経ての二刀流復帰のシーズンですから、期待と注目が集まりました。連日、彼の言動は報じられ、ストライクボールの判定を巡ったコラムがあれば、守備練習の内容から来季のエンゼルスの構想を先読みする媒体もありました。

しかし結果としては、投手としての登板は2試合だけにとどまり、0勝1敗防御率37.80。打者としても44試合で打率1割9分7本塁打24打点という成績でした。これには本人も「悔しい」「情けない」という直接的な言葉を使って昨季を振り返っているようですね。

ただ、このあたりの感情は、大谷選手本人にしか分かりえません。

かつて二刀流の代名詞は、同一シーズンで2桁勝利と2桁本塁打を記録したベーブ・ルース氏でしたが、この記録は1918年のもの。メジャーリーグは戦術も組織も別物といっていいくらいに進展しました。つまり、現代で二刀流の夢や醍醐味や苦しみを真の意味で知るのは大谷選手本人のみなのです。

「野手をやれと言われたらやりますし、投手だけやれと言われたらやります。どちらもやれる可能性があるなら、やりたい」

本人は以前、二刀流についてこう語っていましたが、投打のアジャストを進めながら、攻守両面の核としてシーズンを戦い続けられるのは彼だけが持つ特権です。そういう意味では近年の悩みは、まだ誰も見たことのない唯一無二のヒーローになるための試練なのではないでしょうか。

エンゼルスの指揮を執るジョー・マドン監督はかつてベンチコーチとしてエンゼルスを支えてきた、選手に寄り添った指揮官です。そんな彼は大谷選手に関して「いい選手になりたいんじゃなく、偉大な選手になりたい(と本人が願っている)。それが彼から得た印象だ」というコメントを、スポーツチャンネルESPNに寄せています。

その言葉どおり、マドン監督も大谷選手に大きな夢を見ているのではないでしょうか。本人は偉大な選手になるために今年も夢のある試行錯誤をしながら、マウンドとバッターボックスに立ってくれるはずです。同時に我々ファンが彼を信じて応援できるのも、同時代に生まれた特権です。

メジャーの今季のキャンプインや開幕も、新型コロナウィルスの影響でまだ不透明ですが、こんなご時世だからこそ、今年も大谷選手の活躍を通して多くの人が勇気づけられるとエンゼルスOBとしてもいち野球人としても望外の喜びです。ボールパークで大声で応援できる日常が戻ってくることを、楽しみにしています。

  • 取材・文長谷川滋利

    1968年8月1日兵庫県加古川市生まれ。東洋大姫路高校で春夏甲子園に出場。立命館大学を経て1991年ドラフト1位でオリックス・ブルーウェーブに入団。初年度から12勝を挙げ、新人賞を獲得した。1997年、金銭トレードでアナハイム・エンゼルス(現在のロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に移籍。2002年シアトル・マリナーズに移り、2006年現役引退。現在は「長谷川滋利のオンラインサロン」を主宰するなど、多方面から野球に携わっている。https://community.camp-fire.jp/projects/view/319588

  • 写真アフロ

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