「東大中退」の居酒屋店主が緊急事態下に抱いた覚悟

2度目の緊急事態宣言 アメ横の「呑める魚屋 魚草」店主、大橋磨州氏に今の心境を直撃

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話を聞いた場所は他店舗と共同で利用する小さな事務所。おそらく4人も入ればいっぱいになる。普段は人の出入りもあるため、椅子は置いていなかった(撮影:村田克己)

考え抜いた末に選んだ「生き抜くための営業」

JR東日本の上野駅を降りて、すぐの位置に上野アメ横(正式名称はアメ横商店街連合会)の入り口は見える。

緊急事態宣言の発令後、1月9日に「呑める魚屋 魚草」は年明けの営業をスタートした。店主を務める大橋磨州(おおはし ましゅう)さんは「コロナ禍の影響で、先月12月のお客さんの入りは通年の2~3割ほど」と実情を明かす。そして年明けの宣言を受けてこう続けた。

「営業すべきか否かの葛藤はありました。去年の4月、5月は休業しましたし。でも今回生き抜くための営業、踏ん張るための営業を選択することにしました」

今回の緊急事態宣言は、大橋さんにとって勝負の12月を何とか乗り切った直後の出来事だった。店頭での販売と店内での飲食を売りにする魚草の場合、毎年12月の売上は一年の約3分の1を占めるという。通年通りならばお歳暮や家庭料理の材料にと買い出しに来るお客様たちで、ごった返しになる――そんな景色もコロナ禍の昨年は一変してしまった。

「うちの場合は特にカニの仕入れにこだわっていまして、相場が安くなる毎年の1月から2月にその年末の仕入れを業者さんと決めていました。他の業者さんはだいたい10月から11月、場合によっては12月くらいに仕入れるものですが。それなりの仕入れ量を年初に確約することで、適切な価格で良いカニを仕入れ、年末に楽しみにしていただくお客様に届けることができます。

ただ、今後の売上はどうなることか不透明なだけに、今年のカニの仕入れに関しては、まだ考えられません……」

とはいえ、年末商戦の昨年12月は何とかポジティブな結果に終わった。

「厳しい状況ではありましたが、予定した数量をさばくことができました。想定した中では、もっともマシな結果になりました」

言葉の端々から伝わってくるのは、お客様と真摯に向き合う謙虚な姿勢だ。

「呑める魚屋 魚草」では、密回避という観点から、近隣店舗とのコラボレーションを企画。江東区、台東区など都内に10店舗のスーパーマーケットを展開する「赤札堂」にて「魚草・赤札堂 歳末限定コラボ アメ横至高の蟹」という販売キャンペーンを打ち出していた。

「年末商戦を前に、ただお客様を待つだけではなく、他で買うこともできますというメッセージを提示できました。売上の数字の効果うんぬんではなく、いろんな形でコロナ禍と向き合い、お客様に品物を届けるという気持ちを整えることができました。密回避を無視して、身勝手にお店で待っています、買ってください、という姿勢ではなくなった。それが一番大きかったです」

創意工夫をして乗り越えた年末商戦の後に、緊急事態宣言が現場に舞い降りた。さらに厳しい状況下での店舗営業は、自主的縮小を選択した。

コロナ以前、満員時には25人もスシ詰めになる飲食店舗に入店制限を設け、最大9名に設定した。時には2時間、3時間と長居するお客様もいたが、滞在時間を最大30分に短縮。頼めるドリンクも2杯まで。もちろん、お客様同士、スタッフとお客様との間にそれぞれ仕切りも設ける。ちなみに営業時間はもともと昼間から20時までなので、時短要請の対象とはならない。

「これまでは『集まるほどに面白く』が店のスローガンでしたが、その真逆とも言える営業スタイルにせざるを得ないです。売上上限も自分たちで決めたようなものです。たくさん働きたいスタッフにも我慢してもらって、一人当たりの労働時間も減らします」

2度目の緊急事態宣言の打撃は計り知れない。それでも居酒屋を続けよう、という覚悟は決まっているが、時折、苦渋の表情も見せた

父からもらった手紙に「涙が止まらなかった」

そこまでして、なぜアメ横で踏ん張ろうとするのか。そこには「アメ横の文化を守っていきたい」という大橋さんの人生をかけた誇りがある。

「ここで独立して起業して7年が経ちますが、その前にアメ横の魚屋さんで働いてから数えてみればこの街にいるのは15年ほどになります。これは意外に思われるかも知れませんが、長いほうのキャリアなんです。

今でこそ、同じような魚を売る業態のお店がたくさん増えましたが、昔は数えるくらいしかなかった。新しいお店ができると、知らない若いお兄ちゃんなんかが『魚売ってるよ』と威勢よく声を通りにかけていく。経験がない人でも、腰にサロン巻いてこの街に立って売るだけで、もうベテランに見えてしまう。素人を玄人に見せてしまう、そんな不思議な力がある街なんですよね。

今、僕がやるべきことは何かと問われれば、コロナウイルスで大変な時代だからこそ、このアメ横の文化を守っていくことだと思うんです」

大橋さんが大切にしたいアメ横文化には、店主自らの学生時代に“原風景”があった。

そもそも、大橋さんは慶応義塾大学文学部を経て、東京大学大学院で文化人類学を専攻。秋田県の田舎町の農家に、長い時には2か月間も住み込み、昼は農作業、夜は農家の方に地元文化と伝統の聞き込みを行ってきた。フィールドワークの現場で見た、5万人もの人々が集まる地元の盆踊りの光景が、往時のアメ横の情景と重なる。

また、大橋さんには舞台役者を目指した時代もあったという。

「僕は野田秀樹や松尾スズキに影響を受けた世代で、ほとんどの舞台を見てきました。アメ横は舞台劇のようなものだと思って、ここまでやってきました。この街全体が演劇空間なんです。僕たち店員・スタッフはお客様に対して、役者のような気持ちで精いっぱいのサービスを展開したいと思っています」

慶応大卒、東大大学院中退という高学歴。時折放つ鋭い目線。現場で長年使い込んだかすれ気味の声。そして、舞台を愛するアーティスティックな素顔。全てにおいて異彩を放つ大橋さんだが、学歴を捨て、舞台役者の夢を捨て、アメ横に生きていくことを決心したのは「自然な決断でした」という。

「初めてこの街を訪れたとき、本当に劇場のような空間だと思ったんですよね。ですので、この街で働くことに躊躇はありませんでした。大学院を辞めて、働く決心を伝えたとき、両親は何も言いませんでした。でもある日、父親から手紙が来て、それを読んだ時には涙が止まりませんでした。そこには、これまでどういう気持ちで僕を育ててきたのかが書かれてありましたから」

親の気持ちを受け止め、ため込んでいた涙を流し切った時、横浜市生まれ、育ちの大橋さんには揺るぎない覚悟が生まれたのだろう。アメ横には「人生のいろんな問題を抱えて、社会からはじかれたり、定職につけなかったり、いろんな問題を抱えたりして、道をさまよいかねない人たち」が働けるという社会的機能もあると大橋さんは語る。その街にあって「本物の品物、本物のサービスを届ける」ことを至上命題としている。

「ネットでアメ横の魚と検索すれば、安かろう悪かろう的な書き込みばかりです。でも僕は、その中で本物の質を適切な価格で提供したいんです」

昨年、ネット通販をはじめたとき、200人近い顧客ひとりひとり手紙を書いた。そのため、人差し指には「中学生の時以来かな」というペンダコができた

「東大大学院卒」を捨ててまで守りたいもの

その意気込みだけで立ち向かえるほど、現況は甘くない。その厳しさは大橋さん自身が一番身に染みて分かっているはずだ。

アメ横の店舗経営上、最も重くのしかかるコストがテナントの賃料である。推定平均坪単価が20万円台という破格の条件。「呑める魚屋 魚草」は3・5坪というから、60万~80万円が相場と言える。これは港区や中央区の一等地で10~20坪を借りれる金額だ。仮に60万円だとしよう。2000円の客単価だとして300人(一か月30日として一日平均10人)が来店して、ようやく家賃を払える計算となる。一人2杯しか頼めないという上限を設けることがいかに厳しいか、家賃だけでも推察できる。

これまでも、売上のアップダウン、年によって異なる経営数値のスイングに苦しんできたものの、コロナ禍がもたらした影響の比ではなかった。創業時の借入金を数年かけて全額返済した矢先に、金融機関からその3倍もの運転資金の借り入れを実行している。

「うちはまだ良いほうです。春先から始めたネット販売では、遠方からのお客様に喜ばれましたし、本当に常連の方に熱烈に支えて頂いていますから」と語るが、わずか3坪の店舗家賃だけでもとんでもない高額のコストが毎月かかっている。

それでも、大橋さんは“劇場”であることをあきらめない。

魚草では飲食も楽しめるが、密になることを回避するために「ならば、店で買って上野の街で飲んでもらおうと考えて」編み出した企画がある。それが「みちくさ」というサービスだ。

お客様が、お持ち帰り用に買って頂いた酒と魚。それを店のスタッフが「荷台」を使って食材の荷運びを手伝う。お客様は上野の街の景色や空気を感じながら、好きな場所で立ち飲みならぬ“荷台飲み”を楽しめる。見ようによってはシュールな企画だが、客ウケは好評のようだ。その飲みのスタイル自体がエンターテイメント性にあふれている。

世の中の不条理に対し、唯々諾々と負けるのを良しとはしない。志は決して失わない。そして己の真心に向き合い、静かに攻め続ける。

「アメ横の歴史は戦後の闇市から始まりました。売ってはいけないものを売る、買ってはいけないものを買う。そんなところから、この街は始まりました。清く正しく、の真逆からスタートしたんです。前回の緊急事態宣言のときも、それを無視して昼間から営業するお店はありました。そこに集まってしまうお客様もいた。誰もが『ステイホームしなさい』と言われて、それをできるわけじゃない。

家に居場所がない人、飲まないとやってられない人だっているわけですから。それを決して強く肯定するわけではありません。ただかつての闇市がそうであったように、今のコロナ禍の世の中でも、アメ横は人間が生きていく上での色んなしんどい部分を受け入れる場所のような気がします」

だからこそ、大橋さんは「矜持と忸怩」という言葉を口にする。

「誇りを持つということと、恥を持つ。その両方を持ちながら、この街でやっていくしかないです。お店を残すという商売人してのプライドは持っていますが、心のどこかで何と罪深い仕事かと葛藤しています。お客さんが集まれば集まるほど、感染源になるかも知れないという恐怖があるわけですから」

大橋さんは、東京大学大学院という学歴を捨て、アメ横という劇場を生きる舞台に選んだ。そして今、コロナ禍という不条理劇が展開されている。

矜持と忸怩――誇りと恥――の二つを胸に抱え、とことん演じ切ろうとする役者が、2021年の舞台に立つ。

昨年12月17日の午後6時ごろの店舗の様子。大橋さん以下お店の人や周囲の店の経営者もきっと何の不安もなく、お客さんを入れられる日が来ることをのぞんでいるはずだ
  • 取材・文鈴木英寿

    実業家・経営者、スポーツジャーナリスト。1975年生まれ、宮城県出身。東京理科大卒。音楽雑誌記者、スポーツ雑誌記者を経て2005年にスポーツジャーナリストとして独立。複数のJリーグクラブの経営幹部を経て現在はフットサル施設運営などを手掛ける株式会社DHPSのオーナー兼取締役COO。また複数のベンチャー企業への出資・経営指南なども手掛ける。著書に『修造部長』(松岡修造監修、宝島社)、訳書に『プレミアリーグの戦術と戦略』(ベスト新書)など。

  • 撮影村田克己

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