金正恩の夫人が公の場から突然姿を消した「ヤバイ背景」 | FRIDAYデジタル

金正恩の夫人が公の場から突然姿を消した「ヤバイ背景」

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19年6月。朝鮮人民軍の公演を鑑賞する金正恩氏と李雪主氏(左)。李夫人は1年以上公の場に姿を見せていない(画像:共同通信社)

ファーストレディが消えた!

北朝鮮の指導者・金正恩夫人の李雪主(リ・ソルジュ)氏が、公の場に姿を出さなくなり1年以上になる。最後に現れたのは昨年1月。正恩氏とともに、平壌の三池淵劇場で旧正月の記念公演を鑑賞して以来になる。韓国の李仁栄・統一相は、昨年末こんな談話を発表した。

<李夫人が姿を見せず、その動向に様々な憶測があります。国民の関心は高い。今のところ特別な情報はありません。遠まわしの言い方ですが、(正恩氏の妹)金与正氏が表舞台に立つようになってから姿をあまり見なくなりました。彼女が登場して、何かがあったようです。国家情報院と協力し調査しています>

李統一相の発言からは緊張感が伝わってくるが、金与正氏と李夫人の間に起きたこととは……。

「ファーストレディとしてのポジションを、与正氏が確立したのでしょう。文在寅大統領との南北会談や米国トランプ氏とのトップ交渉で、与正氏は影響力を発揮した。兄に外交能力を認められ、事実上のナンバー2となりました。明るく積極的な性格は、政治家向きです。

一方、李夫人は大人しく内向的だと言われます。表に出るのが、あまり得意ではないのかもしれません。姿を消したことに関しては、情報が錯そうしています。正恩氏には3人の子どもがいると言われますが、第4子を妊娠しているという話もある。新型コロナウイルスに感染し入院している、幹部との不倫が発覚して処刑されたなど、根拠のないさまざまな噂が飛びかっているんです」(韓国紙記者)

変わった呼称の意味

実際には、深い事情があるようだ。『デイリーNKジャパン』編集長の高英起氏が語る。

「ポイントは18年7月です。与正氏が、表舞台に立ち始めた時期と重なります。当時、李夫人は正恩氏と地方の工場を視察していました。その様子を報じた朝鮮中央通信は、李夫人の呼称をそれまでの『女史』から『同志』へ変更した。

北朝鮮で呼称は、その人物の立場を表す大切なものです。『女史』は敬意の高い呼称で、建国者の金日成夫人・金聖愛(キム・ソンエ)氏がそう呼ばれていました。韓国の『東亜日報』は、李夫人が『女史』と呼ばれることに北朝鮮国内で反発があったと紹介しています。若い女性が『女史』と言われるのは、おこがましいという批判です」

李夫人が反発を買ったのには、理由がある。

「平壌の巨大なタクシー利権を得たからです。以前この利権を握っていたのは、俳優のチェ・ウンチョル氏。正恩氏の義理の叔父にあたる、張成沢(チャン・ソンテク)氏の親戚です。張氏は13年12月に正恩氏の反感を買い、処刑されます。チェ氏も同罪とみなされ粛清されました。その後、タクシー利権を得たのが李夫人でした。

以来、李夫人は正恩氏とともに行動する様子がたびたび報じられるようになります。巨大利権を獲得し栄華を謳歌しているような姿に、国内から嫉妬が出たんです。公の場に現れないのは、そうした反発を抑える意図があると思われます」(高氏

独裁とはいえ、国家が世論をコントロールするのは容易ではない。李夫人の登場頻度からも、北朝鮮の思惑がうかがえる。

  • 写真共同通信社

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