「好きな人のためにやりました」1億8000万円詐欺事件の深層 | FRIDAYデジタル

「好きな人のためにやりました」1億8000万円詐欺事件の深層

「体にかけられた魔法」が、日本初の「オンライン詐欺」を起こさせた〜亀山早苗スタディ

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男によって人生が「狂わされた」女、あるいは人生を「狂わせた」女。そんな「女の業」を思い知らされた事件がある。高卒の女子行員が1981年に起こした大手都市銀行オンライン詐欺事件である。

フィリピン、マニラ。彼女はこの夕日をどんな思いで眺めたのだろう

男のために、勤務先から1億8000万円を

今からちょうど40年前の1981年、大手都市銀行で女性行員によるオンライン詐欺事件が起こった。彼女は開店と同時にコンピューターの端末を操作して、あらかじめ4支店に開設しておいた架空口座へ総額1億8000万円を入金、勤め先の大阪から東京へ飛んで1億3000万円を引き出し、現金と小切手にした。

彼女はほぼ全額を「恋人」に渡し、自分は500万円だけもって羽田空港から香港経由でフィリピン・マニラへ飛んだ。恋人があとからマニラに来ると信じていたからだ。「マニラでふたりきりで暮らそう」その言葉に彼女は人生を賭けた。恋人は妻帯者だった。

事件が起こったのは3月、そして彼女がマニラでつかまったのは9月。マニラで拘束中に、日本から行った報道陣に対して「好きな人のためにやりました」という衝撃的なひと言を発している。この言葉は流行語になった。

1980年代、バブルの幕開けは「女の時代」とも称され、どこか明るい雰囲気があった。80年に山口百恵が引退、同時期に松田聖子が躍り出て、女の生き方に変化が表れてきた時代だ。

そのころ、大卒初任給はおよそ12~13万円、大学生だった私のアルバイトの時給が500円。まれに1日限定で日給5000円のバイトがあればラッキーだった。喫茶店のコーヒーは1杯250円前後。81年の年末ジャンボ宝くじの1等当選金は3000万円。…そんな時代の1億8000万円だ。32歳、「美人」行員の犯行は、世間の耳目をさらった。

「好きな人のためにやりました」

女性は好きな男のためなら、これほど大きな事件を起こすことさえできるのか。若かった私にはそれが衝撃だった。相手は妻子持ちである。彼は、彼女のいるマニラには行かず、日本で家族と豪遊していたという。

彼女の「好きな人のためにやった」気持ちはどうなるのか。「オンライン詐欺」とは何なのかもわからないまま、事件をテレビで知り、他人事ながら心を痛めたことを覚えている。胸が締め付けられる思いがした。

1982年、彼女は懲役2年6ヶ月の判決を受けた。模範囚であったため2年で出所、90年に「事件のことを承知している」一般男性と結婚したという。

1982年夏、『愛の罪をつぐないます』(二見書房)という本が世に出た。彼女・M子の手記である。聞き手は、朝日新聞記者だった江森陽弘氏だ。

これを読むと、彼女がまじめな人生を送ってきたことがわかる。子どものころからものを大切にし、お小遣いをせっせと貯めていた。高校を出て大手都市銀行に勤めるというのは、当時の女性の生き方としては「上等」だろう。銀行に勤めてからも小遣い帳に1円単位で使ったお金を記していたという。

このころの女性は、25歳までに結婚することが「普通」とされていた。25歳を過ぎると売れ残りの「クリスマスケーキ」。24までが勝負なのだ。

既婚男とつきあい「性は私を変えた」と…

M子は20歳のとき、10歳近く年上の男性Aと知り合った。やさしくて穏やかで、さりげなく肩や髪に触れてくる彼を意識するようになり、恋に落ちた。ところが独身だと思っていたAは結婚していた。「離婚するから待っていてほしい」という言葉を信じ、彼女は日曜ごとに教会へ出向いて懺悔しながら、10年以上つきあってしまうのだ。

「性は私を変えた」と彼女は言う。2度、子どもを中絶した。彼女のなかでは結婚をあきらめる気持ちが強くなっていったようだ。お金を貯めて、一生独身でいるしかないと思いつつも、どこかで「結婚相手」が現れるのを待っていた節もある。

20歳の若い女性が10年以上も、既婚の男とつきあい続けるのは珍しい。若いうちは不倫をしても、適当な年齢であっさり独身男性に乗り換え、幸せな結婚をしていった女性を私は何人も見ている。女性は変わり身が早い。決して悪い意味ではなく、自身の幸せを追求すれば、既婚男性とは一時的に性的なつながりを楽しんで、時期が来たら身を翻すのが当然のような気がする。だが、彼女にはそれができなかった。

「自分の体が怖い」という甘い地獄

「好きな人のためにやりました」という、その「好きな人」Tと、最初のデートをしたのが79年。彼女が30歳を過ぎたころだ。Tは、銀行によく来る羽振りのいい男で、彼女とは同世代だった。

Tは最初から「妻子持ちだけどつきあってほしい」と彼女にアプローチしている。離婚もせず、こそこそつきあっているAとは違って堂々とし、見た目も派手でかっこいいTに、M子は心惹かれる。もう自分は結婚できない身、同じ不倫なら、かっこよくてリッチな男とつきあいたい。そんな思いもあったのだろうか。

Tはキャデラックを乗り回していた。その助手席に座ったとき、彼女は「自分も上流階級の人になったみたい」と勘違いする。男に依存し、男の価値で自分の価値をはかろうとする女性だと非難されるかもしれない。

が、この実情は今も変わっていないのではないだろうか。結婚するなら収入の高い男がいい。1万円の指輪をもらうより、100万円、1000万円の指輪をもらったほうが自分自身の価値も上がる。潜在的にそう思っている女性は少なくない。

だが実際には、Tは借金まみれだった。本業の他に友人の旅行会社に投資していたりして、サラ金や銀行に6000万円近い借金があった。妻の実家にも多額の金を借りていた。彼女はそんなこととは知らず、2度目のデートでTと関係をもつ。

Tは女性慣れしていた。3度目のデートでM子は「自分の体が怖い」と感じた。それまでにない快楽の境地にたどり着いたのだろうか。そのとき、Tから10万円を貸してほしいと言われる。快感を与えてくれる男に夢中になっていきながら、たびたび借金を申し込んでくることに困惑もするようになる。それでもピロートークで「金を貸して」と言われると、彼女は操縦されているかのように頷いてしまう。しまいにはキャッシュカードを預けてしまうのだ。

それから2年、彼女はTに750万円もの金を貸した。14年かけて一生懸命働いて貯めたお金を、たった2年のセックスで渡してしまったのだ。もう金は貸せないというと、銀行のお金をどうにかできないかと言い始める。断ろうとしながらも、彼女も「どうしたらお金をとれるか」とアイデアを出してしまう。TはM子の架空口座の話に飛びつく。そしてなぜか「裏の人間」という表現で怪しい組織との関係をちらつかせながら、彼女を追い込んでいくのである。

最初に「銀行から金を持ち出せないか」とTが言い出してから、犯行当日の25日まで約3週間。この間に、M子は、14年勤めた会社や仕事を裏切る気持ちを固め、架空口座を作り、準備を整えた。そして年度末の3月25日といういちばん忙しい日に、仕事が始まるとすぐ架空口座に金を入れ、歯が痛いので歯科医に行くと言って銀行を抜け出し、大阪と東京の口座から金を引き出して羽田空港から香港経由でマニラへと渡るのだ。

しかし男は、マニラにはこなかった

マニラではTの知り合いで在住邦人の男Bが世話してくれたが、Tから連絡はまったく来ない。そこでM子はBの愛人となって暮らす。男に騙され、逃れた地で別の男を頼るしかないのは、なんとも皮肉な話だ。

だが「たったひとりでアパートにいるとさみしくてたまらなかった」という彼女の気持ちはよくわかる。Tに放置され、彼女は身も心も渇いていったのではないだろうか。だからBを頼るしかなくなった。人肌でしか埋められない孤独と心の穴を抱え、異国の地でひとりで耐えきることはできなかったと想像できる。

Tによって柔らかくされた体を持て余すこともあっただろう。実際、男に慣れた女の体は、自分でも持て余すことがあるものだ。そんな夜は酒と男に溺れるしかない。

自分に追っ手がかかっていると知ったとき、彼女の心に去来したのは両親のことだったという。

体にかけられた魔法も「恋」なのだ

彼女は手記の中でも、Tに対する憎悪は記していない。反省の念は述べているし、Tにお金を無心されたことは丁寧に語っているのだが、「騙された」ではなく「Tは臆病で私に甘えていた」とも言っている。憎んでもどうにもならないと思っていたのか、騙された自分が悪いと思っていたのか。

「愛し、愛されている」と思っていたからこそ、の犯行だろう。だがTは、逮捕後ひと言も「M子のことが好きだった」とは言っていない。

理屈や感情より先に、彼女の体が彼を愛してしまったのか。もちろん、すべての女性がそうであるとは言わない。ただ、その男と接すると、気持ちより先に体がやたらと柔らかくなり、何も拒否できない状態になることがあると思う。体にかけられた魔法は解けづらい。身と心は表裏一体である。体にかけられた魔法も心にかけられた魔法も、人は「恋」と呼ぶ。恋に埋没した女は、ふとしたことで抜け出せなくなり、泥船を作って乗ってしまった。

彼女を非難はできないとつくづく思う。ある種の女はみな、そんな泥船を作って自ら乗ってしまう可能性があるからだ。

<取材・文 亀山早苗>

  • 取材・文亀山早苗

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