愛人に脱北者…金正恩が視聴禁止にした自国映画「出演女優の素性」
「より規制を強める必要がある」
1月に行われた労働党党大会で、北朝鮮の指導者・金正恩氏が徹底を強調した新しい法律がある。昨年末に採用された「反動的思想・文化排撃法」だ。同法では、外国、特に韓流コンテンツの視聴、流布をあらためて厳しく禁じた。『デイリーNHジャパン』編集長の高英起氏が語る。
「海外のラジオについては内容のいかんを問わず、視聴自体が違法行為とされています。北朝鮮の漁師たちは、韓国の公共放送KBSの『気象通報』を正確な予測をする『命綱』としてよく聴いている。今後は、それも違法ということになるんです」
新法の特色は、海外放送や作品の視聴禁止を強化しただけではない。北朝鮮が制作したコンテンツに対しても、規制をもうけたのだ。法律には、以下のような違反事例が記されている。
〈上映または発行、閲覧を中止した我が国の映画や録画物、編集図書、図画の流布〉
〈該当する物を視聴または保管した者は、1万北朝鮮ウォン(約170円)から5万北朝鮮ウォン(約850円)の罰金を課す〉
俳優たちの前で銃殺された美女の正体
前出の高氏が解説する。
「罰金は日本円に換算すると軽く感じるかもしれませんが、北朝鮮の人々にとっては相当な負担です。すぐ生活苦に陥るレベルですよ」
具体的には、どんな作品が上映中止になったのだろうか。
「想定されるのが、2人の女優の出演作品です。一人は美人女優として有名だった禹仁姫(ウ・イニ)。正恩氏の父親・金正日氏の愛人だったと言われています。正日氏は北朝鮮の創始者・金日成氏に関係がバレるのを恐れ、禹仁姫を残酷な手段で殺害しました。みせしめのために多くの俳優が『見学』する場で、銃を乱射し処刑したんです。
2人目が崔銀姫(チェ・ウニ)。1978年に、夫で映画監督の申相玉(シン・サンオク)とともに北朝鮮に拉致された女優です。1986年に行われた映画祭出席のために訪れたオーストリアのウィーンで、米国大使館にかけこみ脱北に成功しました。両女優とも、北朝鮮にとってはマイナスなイメージしかありません。出演作は、不適切という判断を下されてもおかしくないんです」(高氏)
自国の作品にまで規制を強化する北朝鮮。高氏は、背景に金正恩氏の焦りが感じられるという。
「北朝鮮で、韓国のドラマや映画が浸透しているのは周知の事実です。正恩氏は、その流れをなんとか防ごうと躍起なのでしょう。国家は、決して軍事力や政治的圧力だけで倒れるわけではありません。東ヨーロッパの旧社会主義諸国の例を見てもわかる通り、外国の文化が流入し、徐々に国民の意識が変わっていくことが遠因です。
北朝鮮でも海外の映画や都合の悪い自国作品が、ジワジワと人民の間に広がっている。新法の採択は、正恩氏の危機感が強いことを表しています」
法律を定めても、人民の趣向を完全に統制することはできない。正恩氏の苦悩の日々は続く。
- 写真:KNS /KCNA /AFP /アフロ