「即位の礼」の手土産チョコを作った元ラガーマンの意外な経歴 | FRIDAYデジタル

「即位の礼」の手土産チョコを作った元ラガーマンの意外な経歴

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バレンタインデーを目前に注目が集まる高級チョコレートといえば、ジャン=ポール・エヴァン、ピエールマルコリーニ、ピエールエルメなど、ヨーロッパ発のブランドがほとんどだろう。そんな中、「世界に誇る日本発のチョコレート文化」を目指してコロンビアにカカオ農園を、さらには学校建設にまで携わった男がいる。鎌倉に本店を構える「MAISON CACAO(メゾンカカオ)」創始者の石原紳伍氏だ。

コロンビアで生カカオの実と出会い、「MAISON CACAO」創立に至った代表の石原紳伍氏

元帝京大ラグビー部初代学生コーチ、元リクルートの敏腕営業マンの石原氏は、7年前に訪れたコロンビアで食べた生カカオから人生が一変。チョコレート店の経営者として、カカオに携わる者として、経営理念の「Farm to Customer(生産者と生活者をつなぐ)」を全うするため、鎌倉小町通りにチョコレート店をオープンした。

その後5年足らずで神奈川、東京、名古屋など計8店舗を展開する人気ブランドに急成長。1日で1000本以上を売り上げた大人気の「生ガトーショコラ」と「アロマ生チョコレート」は、2019年に執り行われた「即位の礼」に参列した各国元首への機内手土産に選ばれた。

1日で1000本以上を売り上げた大人気の「生ガトーショコラ」。2019年「即位の礼」に参列した各国元首への機内手土産にもなった

コロナ禍による逆境にも負けず、日本が世界に誇るチョコレート文化の土台を着々と固める石原さんが、仕事をするうえで最も大切にしているのは「チームづくり」。その原点は、ラグビー漬けの日々を過ごした学生時代にあるという。ラグビーひと筋だった青年が、新たなチョコレート文化を築くまでの、ユニークな経歴を聞いてみた。

ーー「チームづくり」の原点であるラグビーを始めたのは?

中学生のときです。その後、大阪工業高校というラグビーの名門に進学、1年生のときにレギュラーに大抜擢され、その後は関西代表選手に選出されるなど、順風満帆なラグビー生活を送っていました。ですが、2年生のときに足を粉砕骨折する大怪我に見舞われ、一気にエリートコースから離脱してしまったんです。

先の見えない1年間のリハビリ生活をやっとの思いで乗り越え復帰するものの、怪我による恐怖心から選手としての復帰は叶いませんでした。悶々とした日々を過ごしていましたが、中学時代の僕を知る帝京大学の監督に声をかけていただき、帝京大学にスポーツ推薦で入学することができました。(MAISON CACAO代表・石原紳伍氏 以下同)

ーー長く辛いブランクがあったのですね。

そうですね。レギュラーとして正式に復帰できたのは、大学3年生のときなので。4年生のとき、学生コーチを任用するからと、監督が当時のコーチを解雇し、僕が初代学生コーチに任命されることになったんです。「あぁ終わった……」そう思いましたね。

コーチになることは、選手生命を絶たれることを意味しますから。ですが、父の「自分がどうなるかではなく、チームを日本一にするために自分にできることを考えなさい」という言葉に覚悟を決めました。

ラグビーは怪我が多く、選手たちの“層の厚さ”がチームの力を左右します。10軍(1年生)やレギュラー落ちした4年生をいかに強くするかが大事だと考えた結果、レギュラー落ちしてやる気をなくし、パチンコなどに遊び歩く部員ひとりひとりに会いに行き、「部に戻ってきて欲しい」と頭を下げてまわりました。

その後、レギュラー落ちした部員たちも練習に復帰、その姿に奮い立った10軍もどんどん強くなっていき、なんと9連覇という帝京大学では前代未聞の成果をあげました。

ーー団結力が生んだ快挙ですね。その後、ラグビーは引退されたのでしょうか。

ラグビーからは大学卒業と同時に離れ、その後は契約社員としてリクルートに入社し、ホットペッパーの営業を4年間担当しました。入社3年目の頃、10ヵ月で新規顧客を1300軒獲得し、当時の社内の営業ギネスである“1年で200軒”という記録の4倍以上の成果を出し、社員登用後、幹部候補へ。

ちょうどその頃から、社内の私設塾で本を読み漁るうちに「世のため人のためになることをしたい」という漠然とした思いが芽生え始めたんです。

ーーその思いが形になるのに、何かきっかけがあったのでしょうか。

今思えば、リクルート時代に研修として訪れた上海が大きな転換だったと思います。自分と同じくらい、もしくはもっと若い人たちが、生きるか死ぬかの瀬戸際で必死に仕事をして未来を作る姿に感銘を受け、自分がぬるま湯に浸かっていたことを自覚し、「もっと社会に対し、直接的にできることはないのか、やるべきことがあるのではないか」と深く考えました。

ちょうどその直後に東日本大震災が起き、当時お付き合いのあった飲食店のオーナーとともに炊き出しをするため、「MAISON CACAO」の前身となる会社をつくりました。リクルートを退社したのは、起業してから3年後のことです。

ーーチョコレートとの出会いは?

もともと旅が好きで、1年の3分の1を海外で過ごしていました。「この先、何をすべきだろう?」と模索していたところ、コーヒー豆の生産に興味を持ち、コロンビアを訪れたのですが、そこで食べたもぎたての生カカオのおいしさに衝撃を受けて。

僕が滞在していたのは、習慣的にチョコレートドリンクを飲む住民とカカオを収穫するトラクターが行き交うマニサレスという町。チョコレートを通じ笑顔が生まれる日常を目の当たりにし、「日本にもチョコレートが日常にある文化をつくって、世界に発信したい」そう思ったんです。

「MAISON CACAO」の代表的な商品であるアロマ生チョコレート。写真は2021年バレンタイン限定品

ーー1号店である本店を鎌倉に構えた理由は?

鎌倉は、武家政権が生まれた土地として長い歴史がある町です。また、鎌倉に長年暮らしていた川端康成さんの名言に「一輪の花は百輪の花よりもはなやかさを思わせるのです」という一文があるように、日本人の美意識が宿る鎌倉で、100年以上続く文化をつくっていきたいと思ったからです。

ーー新たなチョコレート文化を築くにあたり、もっとも注力していることは?

「Farm to Customer(生産者と生活者をつなぐ)」という企業理念をもとに、コロンビアのカカオ農園で栽培から携わることでしょうか。世代を超え100年以上続く文化をつくるためには、ともにものづくりをするコロンビアの生産者たちの生活環境を整えることがいちばん大事だと考えました。

また、コロンビアは麻薬大国として有名で、劣悪な環境下で自閉症や言語障害を患ったり、暴力による虐待を受けて暮らす子供たちがたくさんいます。まともな教育を受けられない子供たちに向け、農園の近くに学校をつくり、第一言語のスペイン語、英語、歴史や国語から、水の濾過の仕方や鶏の飼育など生活の知恵まで幅広く教えています。

石原氏が農園の近くにつくった学校と、そこに通う子どもたち

学校をつくってから、子供の親たちの間でカカオ農園を始める人が増え、今では2000を超える農家と契約を結んでいます。カカオで雇用を生むことは、貧困削減につながります。

ーー生産者と生活者をつなぐうえで、いま感じている課題は?

カカオの場合、発展途上国が農業を、先進国が製造をするという歴史的背景があります。けれど、カカオの原料をつくる生産者たちもチョコレートのおいしさや製造法などを知るべきだし、発展途上国も先進国も関係なく、ともにものづくりをする者同士がWin-Winの関係であることが重要。その結果、良質なチョコレートを長く生み出し続けることにつながっていくのではないかと。

ーーブランド立ち上げから5年足らずで8店舗もオープンさせていますが、コロナ禍による影響含め、これまで立ちはだかる壁も多かったのでは?

コロンビア人は日本人と気質が似てとても勤勉です。なので物理的なトラブルはありますが、国民性の違いなどによる問題はとくにありません。やはりコロナ禍による打撃が大きいですね。

イギリスやアメリカにもカカオ豆を卸している契約農家さんは、多くの取り引きを打ち切られたので、代わりに僕らが通常の倍量を仕入れています。例年よりも大量の在庫を抱えることになったため、昨年のクリスマス時期はセブンイレブン限定で約30000個のクリスマスケーキを販売しました。

ーーコロナ禍でダメージを受けているのは、石原さんも同じですよね。

もちろんです。この不安定な情勢の中で、キャッシュを減らすことは、良い判断ではありません。けれど、僕らはビジネスではなく文化をつくろうとしているので、消費よりも価値を残していかなければならない。仲間が苦しいときは、一緒にもがき耐え抜くことが、とても大事なことだと思っています。

ーー今後の展望を教えてください。

日本には職人文化が長く根付いているし、各都道府県いろんな魅力がある。それなのに、日本の一等地といわれる青山、銀座には外資系ブランドが立ち並んでいる。ひとつの文化をつくることは、日本がこれまで築いてきた文化を守り、それを世界に発信していくこと。僕たちは鎌倉生まれのブランドとして、世代を超え100年後も愛される『MAISON』であり続けたいですね。

コロナパンデミックにより見送りになっていたパリへの出店も、2023年には実現させるつもりだという。「MAISON CACAO」の名とともに日本のチョコレート文化が世界中に知れ渡る日はすぐそこまで来ている。

  • 取材・文大森奈奈

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