長男殺害した元農水事務次官の「正当防衛主張」が却下された理由 | FRIDAYデジタル

長男殺害した元農水事務次官の「正当防衛主張」が却下された理由

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二審判決が出た翌日の2月3日、夫人らしき女性と外出した熊澤被告。事件現場の自宅にずっと住んでいた
二審判決が出た翌日の2月3日、夫人らしき女性と外出した熊澤被告。事件現場の自宅にずっと住んでいた

グレーのコートにマスク姿の男性が、東京・練馬区内の自宅から出てきた。夫人らしき女性の腕を支えている。彼女は足元がフラつき、おぼつかない歩き方だ。二人とも『FRIDAYデジタル』カメラマンの呼びかけに、何も答えないーー。

男性は、2月17日に懲役6年の刑が確定した熊澤英昭被告(77)。東大法学部を卒業後、農林省(現・農林水産省)に入省し同省トップの事務次官までのぼりつめた人物である。熊澤被告が犯したのは、息子を自宅で殺害するというおぞましい事件だった。

「事件が起きたのは、19年6月です。長男の英一郎さん(当時44)は、引きこもりがちで両親にたびたび暴力を振るっていました。息子からの、日常的なDVに悩まされていた熊澤夫妻。裁判で熊澤被告は、事件数日前に『ゴミを片づけて』と声を掛けた時のことを、こう振り返っています。〈『ゴミ捨てろとばかり言いやがって!』と、長男が逆上して襲いかかってきました。殴る、蹴る。その後、髪の毛をワシ掴みにされ、サイドテーブルに叩きつけられ……〉。

事件当日は自宅隣の小学校で運動会が行われ、英一郎さんは『うるせぇな』とイライラしていたそうです。熊澤被告と目が合うと『殺すぞ』と凄んだとか。被告は身の危険を感じ、とっさに包丁を持ち出し英一郎さんを刺します。我を忘れていたのでしょう。英一郎さんの遺体には、首などに30ヵ所以上の刺キズが残っていました」(全国紙社会部記者)

超進学校で暗転した長男の人生

なぜエリート官僚の家庭は、地獄と化してしまったのだろう。背景には、英一郎さんの人生の暗転がある。

英一郎さんは、東大合格者を毎年60人前後出す都内でも有数の進学校、駒場東邦中学に進学する。だがイジメにあい、高校卒業後は空白の数年間を経験。流通経済大(茨城県龍ケ崎市)に進学するも、就職先でうまくいかず08年に無職となった。

「しばらく一人暮らしをしていましたが、事件の1週間ほど前に体調を崩し実家、つまり熊澤被告の自宅に戻ったそうです。幼い頃は、よく両親に懐いていたとか。ただ学校でイジメにあい、仕事もうまくいかなくなると、『お前らエリートはオレをバカにしている』『オレの人生はどうなるんだ!』と声を頻繁に荒げていたといわれます。暴力は、どんどんエスカレートしていきました」(同前)

DVに耐えられなくなり、息子を殺害した熊澤被告。自ら警察に通報し、現行犯逮捕された。熊澤被告は起訴事実を認め、19年12月に言い渡された一審判決は求刑8年に対し懲役6年。殺人罪としては軽い量刑で、保釈まで認められた。ところが……。

「熊澤被告側は『事件にいたる経緯や動機について事実誤認がある』と控訴し、二審では無罪を主張したんです。『正当防衛が成立すると考える』と。一審判決がかなり情状酌量されていたので、一転の無罪主張には驚かされました」(全国紙司法担当記者)

二審判決が出たのは、今年2月2日。「長男から危害を受ける現実的な危険が差し迫っていたとは言えない」と熊澤被告の主張を退け、一審と同じ懲役6年の実刑判決だった。熊澤被告は期限の2月16日までに上告せず、すでに収監手続きを終えているという。

なぜ熊澤被告は突然、無罪を主張し、裁判所は正当防衛を認めなかったのだろうか。今回の事件を取材した、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏が解説する。

「殺人罪での求刑は、通常15年ほどです。減刑されても12年ぐらいでしょう。懲役6年というのは、かなり軽い。裁判員が熊澤被告の家庭事情を考慮し、情状酌量したと考えられます。『上流国民だから』という批判がありましたが、殺人罪で保釈されるというのも聞いたことがありません。

それでも熊澤被告は、6年という実刑を重いととらえたのでしょう。通常、拘置所にずっといると加害者は大いに反省し、罪を受け入れるものです。ただ熊澤被告は異例の保釈が認められ、普通の生活をしていました。反省する機会が少なく、自身が犯した過ちについて肯定する気持ちが出てきたのかもしれません。

正当防衛は暴漢に襲われ意図せず突き出したナイフで、たまたま相手を殺害してしまうなど、かなりレアなケースでしか認められません。熊澤被告は日常的に暴力を受けていたとはいえ、スグに命の危険を感じるほどではない。裁判所としては、無罪の主張は受け入れられなかったのでしょう」

保釈中、熊澤被告は『FRIDAY』の記者の直撃にこう答えている。「毎日、朝と晩にお祈りして息子の冥福を祈っています」と。これからは、夫人と二人でなく一人静かに祈りを捧げる日が続く。

  • 撮影蓮尾真司

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