『俺の家の話』クドカンが掘り起こした「向田邦子の世界観」 | FRIDAYデジタル

『俺の家の話』クドカンが掘り起こした「向田邦子の世界観」

ありそうでなかった『寺内貫太郎一家』を彷彿とさせる作品!

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『俺の家の話』の脚本を手がける宮藤官九郎
『俺の家の話』の脚本を手がける宮藤官九郎

緊急事態宣言が発令されて、ひとつ変わったのは花金も自宅にいるようになったことだ。つまらないかと思いきや、金曜のドラマには『俺の家の話』が放送されているのでちょうどいい。そう思うくらい、このドラマには楽しさが詰まっている。各メディアでその魅力についても語られている。

このドラマ、人気脚本家の宮藤官九郎が書いただけが魅力ではない……のは何だろうと考えると、ドラマ『寺内貫太郎一家』(1974年)が浮かんでくることに気づいた。今から40年以上前に放送された名作を懐古させるものがある。そこを振り返ってみたい。

ちゃぶ台はひっくり返さないけど、車椅子で走るお父さん

プロレスラー役のために、12キロ増量して役に挑んだ主演の長瀬智也。イケメンは太ってもイケメンと立証された作品でもある『俺の家の話』のあらすじはこうだ。

“観山寿一(長瀬)は元プロレスラー。能楽の重要無形文化財の父親・寿三郎(西田敏行)が倒れて介護が必要になったことをきっかけに、実家へ戻り、後継者になることを決意する。ただ現実は観山家が抱えた負債など、多くの問題があることを知ることになって行く。”

肉親の介護問題を取り上げていることがいかにも令和版の家族ドラマ。どんな家庭にもいつかは起こり得る事態だ。「いつか先のこと」と私もそうだけれど、目を向けないようにしていた視聴者も多いはず。この作品をきっかけに、少し考えてみてもいいのかもしれないと思わせる要素が多々ある。

そして読者のみなさまには馴染みがないであろう『寺内貫太郎一家』。名誉のために記述しておくと、私もけしてオンタイムで視聴をしていない。名脚本家の故・向田邦子さんが残した作品と聞いて、DVDを借りた記憶がある。

今から46年前の作品は、東京の下町で石屋を営む、頑固親父・寺内貫太郎(小林亜星)を中心にした、ホームドラマ。家族内だけではなく、近隣の問題にも触れているのが昭和の日本を表している。この主人公であるお父さんは、いわゆる頑固親父。女房や子どもの言うことは聞かず、気に入らなければ食事中でも容赦なく、ちゃぶ台をひっくり返す。今なら警察がすっ飛んでくる案件であるが、昔のお父さんはそれが許されていた。ああ、怖い。

ホームドラマの決定版と言われていたものの、彷彿とさせる作品はなかなか見当たらない。それが今回の『俺の家の話』では成立している気がする。そのひとつの理由は、今作でも大筋の問題を毎度提示してくるのが、“一家のお父さん”だからだ。

家族問題やギャグ要素がバーリトゥード方式で

寿三郎=お父さんは、平常そうに見えるけれど、野菜の名前が出てこないほど認知症が進んでいる現実がある。さらに、死に対する不安な気持ちを家族には吐露できないけれど、ヘルパーには言ってしまう男のプライドをチラつかせる。エンディングノートを用意して、ギャグと本心が表裏一体になったような願望を綴っている。

そんな父親の心の揺れに気づくと、その都度、振り回される家族。令和のお父さんはちゃぶ台こそひっくり返さないけれど、老いという形で一家のトラブルメーカーになっている。そして寺内家と観山家に共通するのはお父さんは愛されて、周囲を愛していること。悔しいけど憎めない存在なのだ。

メインテーマが“お父さん”であれば、それ以外がまるでバーリトゥード方式に散りばめられているのも宮藤官九郎の脚本の成せる技。例えば、寿一の息子・英生(羽村仁成/ジャニーズJr.)が教育障害であること。医学の発達に伴って、精神障害にまつわる病名があっさりと医者の口から出るようになったのは、最近のことだ。

気を抜いて見ていると、細かなギャグも押し寄せてくる。寿一が池袋に出かけるという、クドカンと長瀬が初タッグを組んだ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系・2000年)を思わせる雰囲気と音楽。寿三郎の世話をするヘルパー・志田さくら(戸田恵梨香)は、多数の資産家の財産を盗んだ疑惑に香る、殺人犯・木嶋佳苗の香り。一家の長女・舞(江口のりこ)の旦那は、唐突なラッパー兼ラーメン屋……。

『寺内貫太郎一家』もそうだった。

確か娘は、事故のせいで足が悪い。現代なら治せたかもしれないけれど、後遺症が残っているという障害。その娘が結婚したいと連れてきた相手は、当時は嫌悪されていたバツイチの男性で貫太郎は激怒。あまりにも有名な貫太郎の母・きん(悠木千帆:後の樹木希林)による「ジュリ〜!!」と叫びながらの唐突な身悶え。顔を見ればケンカになる、父と息子。

こうして並べると、両家がめちゃくちゃ賑やかな一家に思えるけれど、これはどこの家庭にもあるシーンだ。今日のご飯は何にしよう、それだけで揉めるほど家族というのはドラマに溢れている。その一角を切り取って作られた2作品を眺めて、先述した通り身につまされるものがあった。

『寺内貫太郎一家』の脚本を担当された向田邦子さんが亡くなって、今年で40年を迎えた。彼女の功績を讃えて成立された『向田邦子賞』を、かつて宮藤官九郎は長瀬智也主演の『うぬぼれ刑事』(2010年)で受賞している。そして、長瀬は本作で所属事務所を退社する。絡んでしまった点と点が、繋がったような、まだ続いていくような。

ひとまず『俺の家の話』をリアタイで見守る。

※文中のドラマ作品は全てTBS系列による放送です。

  • 小林久乃

    エッセイスト、ライター、編集者、クリエイティブディレクター、撮影コーディネーターなど。エンタメやカルチャー分野に強く、ウエブや雑誌媒体にて連載記事を多数持つ。企画、編集、執筆を手がけた単行本は100冊を超え、中には15万部を超えるベストセラーも。静岡県浜松市出身、正々堂々の独身。女性の意識改革をライトに提案したエッセイ『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ刊)が好評発売中。

  • 写真2020 TIFF/アフロ

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