現地在住の日本人が明かす「ミャンマーのヤバすぎる現状」
ニュースだけではわからないリアル カネもおろせない、仕事もできない、街からも出られない 2万人の囚人が恩赦された街で怯えながら暮らす人々
懐中電灯を手にしたミャンマー人の男たちが暗がりの路上でうごめき、何やらざわついている。物騒な雰囲気だ。その場面を遠くからスマホで撮影していたヤンゴン在住の日本人が、振り返った。
「いつもは午後8時に、住民たちが軍政への抗議を込めて鍋を叩くのですが、その日は午後10時にも鳴ったんです。変だなと思って自宅の窓を開けたら、近所のミャンマー人が棒を持って騒いでいました。危ないことがあったのは何となくわかりました。心臓がバクバクしました。以来、夜になると何かが起きるかもしれないと、不安でなかなか寝つけません」
2月1日、クーデターにより軍が実権を掌握したミャンマー。アウンサンスーチー氏(75)や彼女が率いる政党『国民民主連盟』(NLD)幹部をはじめ、これまでに500人以上が拘束され、国軍の発砲でデモ参加者ら4人が死亡した。現地在住の日本人によると、最大都市ヤンゴンでは連日抗議デモが続き、バリケードで封鎖された幹線道路には装甲車が配備され、軍・警察がライフル銃を肩に掛けて目を光らせている。
ところがデモの場所から遠ざかると、市場で買い物をする庶民の姿が見られるなど、ヤンゴンは日常と非日常が混在している状況だ。
夜になるとまた空気が変わる。夜間外出禁止令(午後8時〜午前4時)によって人通りはなくなるが、国軍による恩赦で2万人以上の囚人が釈放されたため、街には不審者の目撃情報が相次いでいる。そのため、各地で自警団が組織された。冒頭の日本人が見たのは、不審者の情報を受けて自警団が捜索していた場面だ。
自警団の一員として毎晩パトロールしているというミャンマー人男性(36)が、状況を説明してくれた。
「僕はいつも鉄パイプを持ち歩いています。『あっちで何かあったぞ』という声が聞こえると、みんなが一斉に走り出し、一気に緊張感が高まります。僕の家の近くでも不審者が何人か捕まっています」
外務省の直近の統計によると、ミャンマー在住日本人は3505人。新型コロナウイルスとクーデターの影響で、これまでに多くが帰国したが、一部の起業家や駐在員らは現地に残っている。
クーデター発生直後は、現地日本人の声も報じられていた。ところが発生から2週間ほどが経過すると、異変が出てきた。ミャンマー在住日本人のSNSアカウントが、相次いで「非公開」になったり、アカウント名が変わったりしたのだ。冒頭の日本人が語る。
「変なことをつぶやいて軍政に目をつけられるのが恐いんです。ビザの更新時に影響が出ないとは限りません」
国軍が言論の締め付けにつながる「サイバーセキュリティー法」の整備を進めていることも、SNSでの情報発信を萎縮させる要因になっている。
デモ拡大に伴い、公務員や労働者が職場を放棄する「不服従運動」が広がり、街の経済や行政機能は麻痺したままだ。銀行は業務停止中で、現金を引き出せるATMの位置情報が出回ると、人々は列を作って並ぶ。ショッピングモールはほとんどが閉鎖され、ホテルも営業停止が続く。国内線の旅客機や長距離バス、鉄道も運行していないため、ヤンゴンと他の都市との行き来はできない。前出のミャンマー人男性が語る。
「車で出るにしても許可証が必要と聞いています。現実的には出るのは厳しい」
こうした状況から、ミャンマー在住9年の日本人男性(43)は、半ばあきらめた口調で言った。
「仕事ができる状況ではありません」
男性は、教育関係の事業を営んでいるが、今月末まで会社を休業にした。
「クーデター発生当初は普通に仕事をしていましたが、デモ隊が動き出した頃に休業しました。スタッフもデモに参加しています。仕事の話も来なくなり、ずっと家にいます」
物流関係の日系企業で働く日本人男性(36)は、軍政によるネットの遮断(午前1〜9時)を嘆く。
「日本時間で仕事をしているので、午前9時にネットがつながっても、日本は午前11時半。仕事の効率は落ちました」
日本の本社から給与が送金されているが、銀行が閉まっているため、1月の給与はまだ受け取れていない。
「手元に現金はある程度あるので、何とかまだ大丈夫です。しかし、このままの状況では正直、しんどいですね」
3月半ばにビザの期限が切れるが、入国管理局も業務停止中のため、更新手続きができない。
「早く沈静化してほしいです」
男性は切実な思いを口にした。
5つの2が並ぶ2021年2月22日には、「22222運動」と称するゼネストが行われ、100万人超が参加、クーデター発生以降で最大規模になった。日本の外務省は前日、ヤンゴンなどの危険レベルを「レベル2」(不要不急の渡航自粛)に引き揚げた。
情勢は日々、刻々と変化している。
『FRIDAY』2021年3月12日号より
- 取材・文:水谷竹秀(ノンフィクションライター)
’75年、三重県生まれ。『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』。ウクライナ戦争など世界各地で取材活動を行う