Jリーグとプロ野球 コロナ対策で手を組む背景にあった「和解」

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
約1年前の3月2日、「新型コロナウイルス対策連絡会議」の設置を発表し、握手するプロ野球の斉藤惇コミッショナーとサッカーJリーグの村井満チェアマン(写真:共同通信)

サッカーJリーグとプロ野球を統括するNPB(日本野球機構)がスクラムを組んで新型コロナウイルス対策を続けている。この3月で丸1年、これまで27回に及ぶ対策会議を重ねて、新型コロナウイルスと徹底的に向き合ってきた。その結果、政府や東京五輪組織委員会も持ちえないコロナ禍における感染対策のエビデンス(証拠)を今も着実に積み上げている。

Jリーグ単独でも実施できたであろうコロナ対策でなぜ、プロ野球界とスクラムを組んだのか。Jリーグ・村井満チェアマンに聞いた。

「球界の盟主」が歩み寄ってきた

JリーグとNPBによる新型コロナ対策のきっかけを作ったのは、あの読売ジャイアンツからのラブコールだった。きっかけは新型コロナウイルスの存在がまだ表面化していない、2019年秋にさかのぼる。村井チェアマンは驚きながらこう振り返る。

「ジャイアンツからJ2のV・ファーレン長崎のお話を聞きたいと伺いました。スポーツが地域に根付いているクラブ経営を学びたい、その姿を見たいと。すごいことだなと思いました」

J2長崎は2017年、累積赤字が3億円を超えるまで膨らみ、経営難に陥っていた。そこで地元のジャパネットグループが同年3月に火中の栗を拾い、創業者の高田明氏がクラブの社長に就任。長男の旭人氏と再建につとめ、その年の11月にJ1昇格まで果たした。読売新聞社のトップであり、巨人軍のオーナーでもある山口寿一氏(63)が自ら高田明氏のもとを訪ねるにあたり、村井チェアマンにも声がかかった。

Jリーグがシーズン佳境だったため、その場に居合わせることができなかった村井チェアマンは、2020年2月末に山口オーナーに会うアポを入れていた。

2020年度のJリーグは2月21日に開幕したが、同23日に開幕節を終えた頃にコロナ不安が深刻化。2月25日にJリーグもコロナ対策としてリーグ戦を中断する決断をした。その後、予定通り山口オーナーのもとを訪ねると、こう言われたのだ。

「(コロナ対策で)野球界と一緒に連携をとっていきましょうよ」―。

これからのコロナ対策に向けて背中を押すありがたい言葉だった。

カズこと三浦知良と握手するJリーグ初代チェアマンの川淵三郎氏(左)と巨人・原辰徳監督と握手する渡辺恒雄・球団最高顧問(当時)。距離を置いた時期もあった2人だが、その後、対談などが実現し、わだかまりはなくなった(写真:共同通信)

1993年に爆発的な人気を博したJリーグとプロ野球は敵対関係が続いていた。初代チェアマン・川淵三郎氏(84)は「Jリーグに巨人はいらない」と明言。読売新聞・渡辺恒雄主筆(94)とのバトルはメディアを賑わせもした。ただあれから27年以上が経過し、Jリーグも巨人軍も同じくスポーツ専門の定額制動画配信を運営する「DAZN」と契約。複数のスポーツを楽しむという顧客の傾向もつかんでいたため、村井チェアマンには確信があった。

「野球とサッカーが顧客を取り合う関係ではない。スポーツを愛する総数が増えればWIN・WINの関係ができる」。

この思いに両者完全に合致。Jリーグと巨人軍が意気投合し、NPBとスクラムを組むコロナ対策の幕が開いた。

昨年3月3日、新型コロナウイルス対策連絡会議を立ち上げた。これまで1年で26回、一ヶ月に2回以上の割合で開いてきた。日本トップクラスの3人の感染症の専門家、地方のコロナ禍の状況をより正確に把握するために8人の地域アドバイザーもメンバー入りした。

両団体や球団・クラブのトップだけではなく、役員やスタッフもこの会議には同席し、会議で得た知見は他の競技団体や高体連などの教育関係者、エンターテインメント事業者等にも幅広く共有した。また2月10日にはNPB斉藤惇コミッショナーとともに①入場制限の基準改定②夜間時刻制限の緩和③チームの戦力に影響を与える外国人選手などの入国待機期間の短縮―。

この3点を盛り込んだ要望書を萩生田光一文科相と室伏広治スポーツ庁長官に提出した。「スポーツ界の火を消さないために」を合言葉にJリーグ単独ではできなかったメリットも生んだ。

村井チェアマンが続ける。

「コロナウイルスが一体どんなものか、選手やお客様への影響がわからないのに無闇に試合を開催するわけにはいかない。しかしJリーグは4か月中断の後、1000試合以上、お客様を迎えて実践してきました。1試合1試合が試行錯誤であり、検証であり、トライアンドエラーの連続だった。そしてコロナ禍の中、スタジアムそのものが感染源になることなく、そこから感染が拡大しないような努力をしてきました」。

当初は、サッカーの応援ではあたりまえの太鼓や手拍子もNG、というところからスタート。飛まつが飛ぶ可能性が高い「声を出す応援をしない」ことを浸透させるための苦肉の策だった。試合を開催していく中でコロナ禍での観戦マナーを積み上げていった。

「1000試合以上を通じてお客様と一緒に作り上げてきた感覚です。ですから途中から太鼓も手拍子も、アルコール販売もコロナ対策を講じながら再開させました。だからこそ、裏側で動いてきた我々にはコロナ禍でも(試合はできる)確信がありました」

昨年末までの段階で、この2つのプロスポーツで通算1794試合、700万人以上を動員。試合観戦後に発覚した陽性者はJリーグは4人、NPBは2人だった。試合そのものが感染源になっていないこともわかっている。

国内で4日連続コロナ感染者が1000人を超えた昨年8月、  J1名古屋―柏戦が行われた豊田スタジアムに設置された、感染対策を呼び掛ける看板(写真:共同通信)

「五輪パラリンピックで国内のお客様は迎えられる」

ただ新年が明けると新たな難題が降りかかってきた。1月4日に延期されたルヴァン杯決勝の開催についてだった。リーグカップ戦の頂点を決める試合は昨年11月7日に行われるはずだったが、J1柏レイソルのネルシーニョ監督以下、13人の感染が判明し、クラスター認定も受けたため、延期を決めた。この頃から、政府から大規模イベントの観戦数の制限も厳しくなり、安心、安全の大会運営を重視するなら両クラブ優勝という選択肢もあったが、開催への思いは揺らぐことがなかった。

昨年末から年明けにかけてコロナの感染拡大の猛威がおさまらず、決勝が開催された1月4日にはすでに政府内で2度目の緊急事態宣言を出すための検討がなされていたが、それでも24219人を集めて開催に踏み切ったのは、1000試合におよぶ感染対策の積み重ねがあり、政府の方針上もチケットの販売分は来場を認められていたからだ。加えて同試合では昨年末までNPBとタッグを組んで蓄積した、コロナ対策で立てた『仮説』『エビデンス』について総力を挙げて検証も行っている。

Jリーグを支援するNTTグループに力を借りて、観客のスタジアムからの直帰率を計測し、密集・密閉状況の目安となる二酸化炭素の濃度の変化を調べるために、「国立研究開発法人 産業技術総合研究所」にも協力を要請した。同研究所とはNPBと続けてきた対策連絡会議を行ってきたからこそ、できたネットワークだった。そのおかげでオファーすることができた。

スタジアムに最大収容数の50%入れた場合はどうなる見通し香、事前に想定して、その場合に感染リスクはどれぐらいか、といったシミュレーションも済ませていた。

「ルヴァン杯決勝を無謀にやった訳でもないし、感覚的に突っ走ったことではありません。大事なことは、入場者数より、お客様にしっかり安全対策をした上で観戦ルールを守っていただき、我々もできる限りの準備をすることが感染を防ぐ一番の方策だということもわかりました。東京五輪・パラリンピックに向けてもこのデータをフィードバックしていきたい」

FC東京の優勝で終わった決勝の数日後、Jリーグはこの試合を観戦した1人がコロナウイルス感染症の陽性判定を受けたと発表。本人からJリーグに報告があった。しかし、管轄の保健所から「試合観戦が感染の原因ではない」という報告もJリーグは受けた。コロナ禍の試合実施を積み重ねていく中で、観戦者に「周囲に迷惑をかけてはいけない」という自覚を促せたことは、成果のひとつと言えるかもしれない。

開幕まで150日を切った東京五輪パラリンピックには、大きなハードルばかりが残る。開催可否も未定。また世論の多くは「中止」「再延期」の声が根強い。J1神戸・三木谷浩史オーナーは自身のツイッターで先月8日「冷静に開催の見直し、または順延を国際オリンピック委員会(IOC)と協議すべきだ」と発信。13日にツイッターでアンケート(票数1万5606票)を行い「今年は見送るべき」が75%だったことを明かした。

村井チェアマンはどう考えるのか。

「国民の健康を第一に考えることは動かせない。この軸は動かせない」と前置きした上で、

「東京五輪が開催された場合、日本国内にいるお客様を迎えることはOUTではないと思っています。一定の可能性がある。JリーグやNPBには国内のお客様を迎えるためのエビデンスはあります。一番の課題は海外のアスリートやお客様をどうお迎えするか。水際対策については私たちJリーグはノウハウがないのでコメントできませんが、『水際対策』こそが、本丸の議論になってくるのではないかと思います」

今季もJリーグは2月26日にJ1から開幕した。プロ野球も今月26日に始まる。

「スポーツはアスリートだけがやるものではありません。お客様、運営スタッフ、ボランティアの皆さん、メディアの方々もそうです。コロナ禍の中、Jリーグとプロ野球は変則的なルールでも何ともしてもスポーツを続けようと思っていました。そして、コロナ禍でもお客様をお呼びしても実施できることを示せたこと。これこそ、我々が昨年に得た学びであり財産です」

日本の2大人気スポーツの歴史的な“タッグ”によって得られた知見が、東京五輪パラリンピックで生かされるかどうかはいまだ不透明だが、その価値が下がることはない。

Photo Gallary3

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事