台湾「コロナ対策成功」のワケは、政府と国民の信頼関係にあった
オードリー・タン氏の活躍が、日本でも話題に!
隣りの芝生は青いというが、今回のコロナ禍では各国と自国の対応の違いに考えさせられることが多い。特に台湾のニュースでは“台湾モデル”と呼ばれる感染症対策や、民間からデジタル担当大臣に採用されたオードリー・タン氏の活躍などが紹介され、「へえ〜、いいなぁ」とつぶやく日々。
コロナの封じ込めに成功し、トランスジェンダーにも理解があり、若い才能を国政に活かす台湾とはどんな国なのか。台湾在住のコーディネイター・青木由香さんに、現地でのコロナ対策や台湾人の気質を語ってもらった。
日本中がアベノマスクに呆れていたあの頃に…
2019年12月31日。台湾政府は中国武漢での原因不明肺炎発生を察知。同日夕刻より武漢からの直行便に対して機内立ち入り検疫を開始し、国民への啓蒙活動をスタート。明けて1月2日には専任チームを立ち上げ、2月6日には中国人の入国を禁止する。SARSの教訓があったとはいえ、このスピーディーさはハンパない。
一方、日本では1月6日、厚生労働省のリリースに新型コロナウイルスに関する発表が初めて登場。しかし専門家会議の初会合が開かれたのは2月16日で、春節の時期には中国からたくさんの観光客が日本を訪れていた。
「一昨年の年末には、春節には人が動くから人混みに注意しようと、みんな意識していました。なのに日本の友人からは“なぜかチケットがすごく安いから台湾に行きたい”という連絡が…。Facebookに“来るな、動くな”とアップし続けました。
3月半ばにすべての外国人の入国を禁止するまでは、台湾人の知り合いから“日本人はいろんなことに関してパッと動く。震災時にもパニックにならなかった人たちなのに、一体どうしちゃったんだ!?”とよく言われました」(青木由香さん 以下同)
マスク不足を鑑み、1月24日には医療用マスクの輸出を禁止した台湾。さらに同月31日にはすべての医療用マスクを政府が徴収。2月6日には“マスク実名購入制”を開始する。
「医療用といっても見た目は不織布マスクですが、静電気で菌をつかまえるシートがもう1枚入った二重構造になっています。
台湾でもマスクは不足気味になったけど、すぐに支給が開始されました。実名制というのは、薬局で保険証を出せば、ひとり何枚かマスクを購入できるというシステム。家族の保険証があればその分も購入できるので、時間に融通の効くお年寄りが朝から何時間も並びました。でも在庫数がわからないので、並んだのにもらえないこともありましたね」
その苦情は政府の知るところとなり、マスクの在庫をリアルタイムで表示するアプリが登場した。オードリー・タン氏を有名にしたこのシステム、元々は台南市在住の技術者が、マスク難民のために考案したアプリがきっかけ。その情報をすくいあげた政府が6000店以上の薬局と調整を図ったのだ。
「実名制も、最初は外国人には対応していなかったんです。でも“台湾政府は居留権を持つ外国人には何もしてくれない”と誰かがSNSに書き込むと、すぐに改善されました」
日本の薬局からマスクが消えたのも2月のアタマだった。マスク不足は解消されず、転売ヤーが横行。日本政府が1住所あたり2枚の布製マスクを配布するという愚策を閣議決定したのは4月7日のことだった。
給付金は日本のほうがずっと高額でも文句が出ない理由とは
台湾の人口は2,400万人弱。九州よりも小さい島というコンパクトさもあるだろうが、政府と国民との距離が近いと感じる。
「台湾はLINEの普及率がとても高いんです。LINEに衛生局が管理する“疫管家”というのがあって、そこに毎日、コロナの状況が流れてきます。トイレットペーパーがなくなるというデマもありましたが、そのときも“トイレットペーパーなんていっぱいある”というフレンドリーなDMを流したりと、先手先手でいろんなことをやってくれます。
日本ではオードリー・タンさんの活躍が大きく取り上げられていますが、オードリーさんだけではないんです。台湾ではどちらかというと感染症封じ込めの陣頭指揮をとった衛生福利部長の陳時中(チェン・シージョン)さんのほうがニュースに上がります。毎日記者会見をして、自分の口で国民に、今の状況と注意してほしいことを言ってくれます。
夜中も明け方も働いているので鉄人と呼ばれ、ネットには “お願いだから休んで”という声がたくさん上がりました」
いろいろなことが思い出される。東日本大震災では、多々思うところはあるだろうが「#枝野寝ろ」がトレンド入りした。それが今回はどうだ。安倍前首相の「うちで踊ろう」が大炎上したのは4月半ばだったか。家で踊ってない人は会食やめられないみたいだし。
「蔡 英文(ツァイ・インウェン)総統もそうですが、政治家は直接投票で自分たちが送り出したヒーロー。政治家の方も国民も、選ばれた人、選んだ自分という意識は高いです。
国民は政治への参加意識が強く、デモが大好き。そしてそれがちゃんと反映される。ひまわり運動という学生運動がありましたが、その後ひまわりのリーダー的な人が選挙で当選し、さらに意見が反映されやすくなりました」
蔡 英文総統に関しては、今でも思い出すと鳥肌が立つほど感動するエピソードがあると、青木さんは語る。
「軍事訓練中の船内でクラスターが発生したことがありました。感染者は体調の悪さを言い出せなかったようで、国民は“国の軍隊が何をやっているんだ”と怒りましたが、すぐに蔡 英文が出てきて、すべて国の長である私の責任だと謝ったんですよ。責任者を呼び出して説明させるとかじゃないんです。それで政府に対する怒りはピタっと収まりました。日本の政治家は、国民に謝りますか?」
謝らないですよ。「誤解を招いたと真摯に受け止める」ことはあっても。
ただし台湾の政策も、全て大満足というわけではないと青木さんは言う。給付金は申請方法が難しく、時間がかかる割に大した額はもらえない。業種のカテゴリーごとに支給が始まり、自分に当てはまるカテゴリーがなかなか出てこない人も多かったという。
「日本のほうが申請が簡単だし、もらえる金額も多いです。でもみんな “ちゃんと順番は回ってくる”と信じて待つし、申請が通らず対象外になっても、それで騒いだりはしません。お金をばらまいてもらうことより健康を守るマスクのほうが大事だし、何よりも汗水垂らして働いている政治家の姿が見えているから、文句は言わないんです。感染者が増えたときに、陳時中さんが泣いていたのを覚えています。そんな人間性を見てしまったら、文句なんて言えません。
去年の2月頃から電車の自動改札にプラカードを持った見張りが立つようになり、マスクをしていない人は乗車禁止になりましたが、それもコロナで職を失った人を国が雇ってくれたんですよ」
お調子者だが情に厚く、困った人を捨てておけないお国柄
青木さんが台湾に住むようになった一因に、情に厚く人懐っこい台湾人特有の気質があるという。
「台湾人は情に厚く、メンツをすごく大事にします。電車にお年寄りが乗ってきたら席を譲るし、薬局の前に列ができると椅子を並べます。クラスターが出た病院にはたくさんの差し入れがあったし、陳時中さんの記者会見時にも、“おらが村のこれを食ってくれ”と農作物が届けられる。医療関係者も政治家も感謝を述べるので、嬉しくなってまた贈る。まるで贈り物合戦のようになってます(笑)。
みんなお調子者なんですよ。“俺がひと肌脱いでやる、おまえらついてこい!”みたいな。それは政治家も同様で、国民を守るというメンツがあるから非道なことはしないし、つい頑張ってしまうところがあると思います」
国民を守るというメンツ…。日本の政治家は、そんなメンツを持ち合わせているだろうか。政権批判をする人々のことを、前首相は「こんな人たち」って呼んでたぞ。
「台湾も、今回はいろんなことが偶然にパチパチっとはまってうまくいっただけで、何も考えずに先走って失敗することも多いんです。だから今回は大成功でしたね、と私は思っています。早く動きすぎる感はありますが、改正の余地があると見れば、“2.0バージョン” “3.0バージョン”というように、すぐにバージョンアップしていきます」
多少先走ったとしても、何かあるたびに中抜きが、下請け圧力が、忖度が、といちいち疑って無駄に疲れるよりよっぽどいい。首相会見では用意された文章を読むだけ、囲み取材では満足のいく回答をしてくれない。それが民主主義国家・日本の現状だ。
やっぱり青く見えますよ、台湾の芝生は。
青木由香(Aoki Yuka) 2003年に台北に移住。執筆、コーディネートなど、メディアを通して台湾を日本に、日本を台湾に紹介している。2015年、台北市に雑貨店「你好我好(ニーハオウオハオ)」をオープン。著書『台湾の「いいもの」を持ち帰る』(講談社)は、中文版『台湾好貨色』として台湾の尖端出版からも出版された。
- 取材・文:井出千昌
ライター
フリーライター、「森本美由紀 作品保存会」代表。少女小説家、漫画原作者、作詞家としても仕事歴あり。『mcシスター』、『25ansウエディング』(共にハースト婦人画報社)、『ホットドッグプレス』(講談社)などを経て、『25ans』、『AEAJ』(共にハースト婦人画報社)、『クウネル』(マガジンハウス)等に原稿を提供。編集を担当した書籍に『安部トシ子の結婚のバイブル』(ハースト婦人画報社)などがある。