長寿番組続々終了のなか、黒柳徹子の出演番組が長く続くワケ | FRIDAYデジタル

長寿番組続々終了のなか、黒柳徹子の出演番組が長く続くワケ

テレビマンたちが語る『徹子の部屋』『世界ふしぎ発見!』のウラ話

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国連児童基金(ユニセフ)親善大使としての活動でも知られる黒柳徹子さん。2019年には就任35周年を迎え、「100歳くらいまではしたい」と笑顔で語った 写真:共同通信

コロナ禍でいくつもの長寿番組が終了している。その多くは大物タレントたちがメインMCを務めていたが、そんな中で「この人の番組だけは何があっても終わらないのではないか」と囁かれているのが黒柳徹子さんだ。

なぜ、黒柳徹子さんが出演する番組はどれも終了せず長く続くのだろうか? そこには黒柳さんならではの「何か」があるのではないか? そこで、黒柳さんが出演するふたつの長寿番組、テレビ朝日『徹子の部屋』とTBS『日立 世界ふしぎ発見!』の裏話をテレビマンたちに聞いてみた。

テレビ朝日の局員はこう語る。

「『徹子の部屋』は、テレビ朝日にとっては『存在そのものに意義がある』番組です。視聴率は良くても悪くてもどうでもいい、という珍しい存在なんです。

かつて『アメトーーク!』で『徹子の部屋芸人』が非常に話題になりましたが、黒柳徹子さんはベテランとはいえ若い人からお年寄りまで幅広い層に愛される、いまや珍しい『テレビ的なタレントさん』です。

徹子の部屋に出演したい、という売り込みも新人からベテランまでたくさん来ます。そして番組収録の日には黒柳徹子さんの楽屋を多くの芸能人たちが訪ねてやってきます。やはりご人徳なのでしょう。とても愛されている方ですよね」

Instagramでも112万人のフォロワーを持つ黒柳さん。若い女性からも「カッコよくて可愛い憧れの人物」として人気が高い。そんなファン層の広さが「番組が終わらない」理由のひとつと言えそうだ。そして、『徹子の部屋』に関してはこんな理由もあるという。

「テレビ朝日でニュースや情報番組の担当をしている人間なら、ほぼ誰でも『徹子の部屋』のプロデューサーの携帯電話番号を知っています。誰か有名人がお亡くなりになったとか、賞を受賞したとか、結婚したとか……とにかく有名人の資料映像が必要になったら、まず徹子の部屋のプロデューサーに電話! というのが体に染みついているんです。

プロデューサーは田原総一朗さんの娘さんが長年勤めているんですが、夜中でも嫌な顔ひとつせず丁寧に対応してくださるので、とても頼りにされている素晴らしい方です。

それほどアーカイブとしての『徹子の部屋』の重要性はとても高いんです。テレビ朝日の貴重な財産だと思いますよ」(テレビ朝日局員)

まさに「元祖トーク番組」ともいえる「徹子の部屋」は1976年2月2日に放送を開始し、2011年には「同一の司会者による番組の最多放送回数記録」としてギネス世界記録に認定され、2015年5月には放送1万回を突破した。その出演者たちの映像は、テレビ朝日のみならず日本の放送界の「宝」だと言えるだろう。

これほどまでに黒柳徹子さんの番組が長く続くのは、ファン層が広いからだけではない。黒柳さんの人柄も大きく影響していると、TBS『日立 世界ふしぎ発見!』の制作に携わったことがあるテレビマンは証言する。

「徹子さんは、絶対にワガママを言いません。いつも番組のことを考えてくれるので、とても仕事がやりやすい人です。例えば収録の段取りが悪くてお待たせしてしまうようなことがあっても、文句を言ったり怒ったりするのを聞いたことがありません。

そして、とても勉強家でいらっしゃると思います。収録の数日前に必ずファックスで収録内容や共演者に関する資料をお送りするのですが、必ずしっかり下調べをしていらっしゃいます。本当にその姿勢には頭が下がりますよ」

仕事に対する真摯な姿勢といえば、みなさんも『徹子の部屋』のテーブルの上にびっしりと並べられた黒柳さん手書きのメモを思い出されるのではないだろうか。87歳にして、真剣勝負で収録に臨む姿勢はさすがである。そして、『ふしぎ発見!』の関係者はこんなエピソードも明かしてくれた。

「徹子さんは実は寂しがり屋さんなんだと思います。『ふしぎ発見!』の収録が終わると必ず老舗のイタリアンのお店にスタッフたちと一緒にご飯を食べに行かれるのですが、夜中までずーっと楽しそうにおしゃべりをされています。

その内容も、とても楽しくて聞いていて飽きません。時には深夜2時、3時くらいまでお話しされることもあるんですけど、ご一緒していて嫌だと思ったことはありません。徹子さんの周りは、いつもパーッと明るくなるような感じなんですよね」

1953年に、「テレビ女優第1号」のひとりとして、NHK放送劇団でそのキャリアをスタートさせた黒柳徹子さん。まさに「日本のテレビの歴史は、黒柳徹子さんの歴史である」と言っても過言ではない。誰よりもテレビの現場というものをよく知っているからこそ、視聴者にもスタッフにも愛され、長年にわたって活躍し続けられるのではないだろうか。

  • 取材・文鎮目博道/テレビプロデューサー・ライター

    92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組のみならず、多メディアで活動。上智大学文学部新聞学科非常勤講師。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。近著に『アクセス、登録が劇的に増える!「動画制作」プロの仕掛け52』(日本実業出版社)

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