平尾昌晃 遺産60億円争奪バトルの陰に、三男「育ての母」への愛

三男・勇気が「最後の妻」を告発して骨肉の争いに

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’15年、「たかの友梨CUP第38回平尾昌晃チャリティゴルフ」を開催。募金や福祉活動を積極的に行っていた

「彼女が本当に悪いことをしているのなら、法律に基づいて罪を償(つぐな)うべきです。父の著作権料の不当な独占など、数々の違法行為の疑いがある。もう彼女と和解するのは無理です」

9月25日、都内で行われた会見で、怒りに声を震わせながらこう”宣戦布告”したのは、作曲家・平尾昌晃(享年79)の三男で歌手の平尾勇気(37)だ。

60億円に及ぶ遺産相続を巡り、昌晃さんの最後の妻であるMさんと勇気を含めた3人の息子による骨肉の争いが勃発、訴訟沙汰にまで発展している。

コトの発端は、昨年10月。Mさんが昌晃さんの音楽出版管理会社とマネジメント会社、2社の社長に就任したことから始まった。勇気はこれに対し、

「株主総会すら開かれないまま、知らない間にMさんが社長に就いていた」

と、大激怒。さらにMさんが昌晃さんの印税や著作権を不当に単独相続しようとしたとして、告発に至ったのだ。

「勇気さんとMさんの不仲は、いまに始まったことではないんです。昌晃さんと彼のチーフ・マネージャーだったMさんが結婚したのは、5年ほど前。ですが、実際は15年以上前から付き合っていた。前妻の息子である勇気さんは、彼女との再々婚に反対してきたんです。今回の件が起きる前から、周囲に『あの女は絶対に信用できない。何か都合が悪いことがあるのか、俺のことを避けている』と漏らしていました」(スポーツ紙記者)

勇気の告発に対し、Mさんは遺産のひとり占めを真っ向から否定。印税の単独相続についても、「私の単純ミスでした」と言ってのけた。

なぜ勇気とMさんの関係はここまでこじれてしまったのか。

「勇気の怒りには理由があるんです。彼は少年の頃、大物の父を持ったプレッシャーで非行に走ってしまった時期がありました。それを見かねた昌晃さんが、息子の生活環境を変えることで更生させようと、地元の神奈川から名古屋に転居させたんです。彼はそこで、”育ての母”ともいうべき女性と出会った。彼女は自腹で養育費を捻出するほど、勇気を大事に育ててきた。勇気はそんな彼女に恩義を感じているんです」(勇気の知人)

つまり、勇気にとって肉親以上に愛情を抱いているのは、この育ての母。昌晃さんに対しては愛憎半ばという複雑な感情を抱いていたようだ。

今回の遺産60億円を巡るバトルで、有利なのは誰なのか。相続に詳しい土肥衆(どひしゅう)弁護士はこう語る。

「このケースでは、民法の法定相続分に関する規定によると、妻に財産の2分の1が渡ることになります。残った2分の1を、3人の子どもたちで分配することになります。妻に一切の財産を与えない旨の遺言が残されていたとしても、少なくとも4分の1の財産が保障されています」

稀代のヒットメーカーが残した莫大な遺産を巡り、過熱する争奪バトル。結局、最後に笑うのは法律で大きな権利を保障された妻ということになりそうだ。

9月25日に都内で行われた会見。勇気は父・昌晃さんの形見だという黒のジャケットを羽織って出席した

撮影:小松寛之(2枚目写真)

Photo Gallary2

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