実体験がベースの「DV漫画」が教える、モラハラ夫からの脱出法
重大な人権侵害であり、心にも体にも傷を残すモラハラ、DV。社会問題として取り上げられるようになっても、一向に撲滅されないのは、家庭という密室で行われる一種の洗脳行為を伴っているからだろう。
その負のサイクルを打ち破るべく、自身が受けた体験を作品にして世に問うたのが、マンガ家・斎藤かよこ氏がこの春出版した『暴力亭主から逃れる10の方法』、略して『ボウテン(=暴10)』。発売直後から「こんな本が欲しかった!」「考えさせられた」と絶賛される実録コミックは、どのようにして生み出されたのか? 作者に尋ねた。
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明るく楽しくなるはずの結婚生活が、同居で〝暗転〟
ある日の昼下がり。公園で子どもを遊ばせていた小説家兼主婦の鳥山塔子は、ふと時計を見て戦慄した。
「もうこんな時間! 帰らなきゃ!」
不審がる友人たち。だって、時刻はまだ午後3時半なのだ。しかし塔子は慌ただしく娘を自転車に乗せ、家へと急ぐ。たどり着いた家の玄関には、仁王立ちする人影。それは夫・トリオの母と父、塔子にとっては義理の両親である。
「もう4時2分よ‼︎ こんな時間までどこ行ってたの‼︎」
「田舎者は時間もわからんのか。早くメシ!」
怒鳴る義理の両親の向こうでは、無職のトリオが酒を飲みながらゲームに興じているーー。
作品冒頭のこの場面を読んだだけで、塔子が家庭内モラハラの被害者であることを、誰もが理解するはずだ。月刊誌BE・LOVEで連載された『暴力亭主から逃れる10の方法』、略して『ボウテン(=暴10)』のストーリーは、作者であるマンガ家・斎藤かよこ氏自身の離婚経験に基づいている。
「離婚成立から、今年でちょうど10年になります。マンガ家が小説家になっているなど設定が一部変えてあるほか、同じくモラハラを受けて離婚した知人のエピソードを加えていますが、ほぼ実体験ですね。いやー、ひどい目に遭いました。執筆の原動力は、はっきり言って〝怨恨〟です!」
今は明るく語る斎藤氏だが、その体験は壮絶だ。トリオのモデルである元夫は、ルックスがよく口がうまく、「すごく素敵な人に見えた」という。すでにマンガ家として身を立てていた斎藤氏とともに、最初の3、4年は平和に暮らしていた。義実家も、「どっちの名字にするか、ジャンケンで決めたら?」と言うほど、当初はリベラルな様子だったという。
「だから、ぜんぜんわからなかったんですよね。ただ、子どもが産まれた頃から義母が『トリオちゃんはちゃんと食べているのかしら?』みたいなことを言い始めて……。そうこうするうちに、完全にアウト! な状況に陥りました」
「それ、モラハラだよ」ママ友のひと言で、目が覚めた
行動を厳しく監視する。地方出身であることを理由に、「田舎生まれのくせに」と罵る。小説家として働くことを「みっともない。恥ずかしい」と否定する。『ボウテン』に描かれる塔子へのモラハラは、読んでいると怒りがこみ上げるほどの非道ぶり。そのほかにも、仕事をしている塔子の部屋の前に義母が置いた昼食が、生の食パン1枚だったというエピソードがある。しかも「床に直置き」で。
「あれ、実話なんですよ⁉︎ あまりにビックリしたので、思わず写メを撮って仕事仲間に送ったくらいです。
義父は典型的な仕事人間で、家のことは妻に任せっきり。休みの日になると競馬やゴルフに出かけていく、典型的な昭和のオヤジでした」
横暴な義両親に影響されたのか、おとなしかった夫の人格もガラリと変わる。モラハラに抵抗しようとする斎藤氏に暴言を放ち、暴力まで振るうようになったのだ。これも、ほぼ『ボウテン』に描かれている通り。
モラハラに加え、DVを受け始めた斎藤氏は、次第に抵抗する力を失っていく。同じ時期を描いた場面で、塔子がこんなことを口にしている。
《でもきっと私は社会に必要のない人間だから、この家から出て暮らしてはいけないんだろうな》
《私が鳥山家の思うような嫁だったら、こんなに言われないの。でもこれ以上、どう頑張ればいいかわからないの》
「私も、誰かに相談することや離婚することをまったく考えなかったわけではないんですが、幸せそうな周囲の人たちには言い出しにくいし、『周りから何て思われるだろう』『しゃべったことが家族にバレたらどうしよう』『もし子どもを取られたら……』と。
自分の中に変なブレーキがかかっていることにすら、あの頃は気づかなかったんですよね。完全に無気力状態に陥ってました」
塔子が、そして斎藤さんが洗脳状況を脱却するきっかけになったのは、親しいママ友がかけた「モラハラ受けてない?」のひと言だった。
「当時、暴力を受けてむちゃくちゃアザを作ってたし、10円ハゲも作ってた。それに、子どもが外で『お母さんがいじめられてる』と話したみたいなんですよね。
何かを察知したママ友たちは、それから定期的に私をお昼やお茶会に連れ出して、家から遠ざけてくれて……。ありがたかったですよね。本当に大事です、横のつながりって」
どうにもならなかったら、まず逃げる! 口に出す!
子どものためにも、今、逃げなければ……友人と、勇気を出して告白した実家からの援護を受け、斎藤氏はモラハラ・DV家庭を抜け出すための施策を打ち始めた。
相手のモラハラ的言動を音声や文字で記録し、DVの証拠を診断書や写真で残す。自治体の支援を確認する。話し合いをするなら第三者のいるところで……等々。『ボウテン』には、離婚に至るまでの10のプロセスが具体的に明示されており、モラハラやDVに悩む人にも共感しやすく、かつ、アドバイスが届きやすい作りになっている。これも、斎藤氏の「とにかく一歩を踏み出せるように」という気持ちからだ。
「結婚は婚姻届を出せば成立するけれど、離婚となるとわからないことが多いじゃないですか。だから、自分の経験を踏まえて、それを順序立てて書いていくことで具体的に動き出せるように……。
もちろん、自分の心にもまだ傷は残っていて、真面目に作品に向き合っているとフラッシュバックが起こって、だんだんメンタルがやられてくるんですよね。そういうときは『トリオも鳥父・鳥母もフライドチキンにしてやる!』って、食べて勢いをつけて……いったい何本食べたことか(笑)」
世間体を気にしたのか、幸い斎藤氏の夫と婚家は、斎藤氏を深追いすることなくあっさり離婚に同意(しかし、氏が積み立てていた子どもの学資保険を、夫が世帯主権限で勝手に解約したのは物語通り。怒)。
時折フラッシュバックに苛まれるものの、斎藤氏は現在、子どもとともに平和な日常を送っている。しかし『ボウテン』を連載していた間、読者から届いた反響の中には、気なるものが多々見受けられたと斎藤氏は語る。
「ちょうどコロナ禍の間の連載だったので、『主人がコロナでずっと家にいるんです。助けて』とか、『役所に行こうにも、見張られてるし、外出もしにくいし』とか。
逆に旦那さんの側からも、コロナで収入が減ったことで精神的DVを受けていて、『俺が家を出て行きたいです』といったものもあったりして。ああ、皆逃げたくなるよね、当然だよねって」
どうにもならないと思ったら、まず逃げる。そして、自分の気持ちを言葉に出して、誰かに伝える。言葉を受け取る周囲の人間にも、「ぜひ聞く耳を持ってほしい」と、斎藤氏は重ねて訴える。
「よその家の問題だから踏み込みにくい、その気持ちはわかりますが、私のママ友たちがそうだったように、第三者的な存在でも一緒にいてくれるだけで心強いことは確か。もし友だちの様子を見ていて、『あれっ?』と思ったらひと声かける、相談を持ちかけられたらフラットな耳で聞いてあげてください。いいお節介って、やっぱり必要だと思うから……。
私自身は、描いてボコボコにぶん殴ってやった感じですから、今は『あー、スッキリした!』という気分。恨みのぶん、印税で潤ってやりますよ(笑)」
斎藤氏に、そして全国にいる数多くの〝隠れ塔子〟に、心からのエールを送りたい。
斎藤かよこ 新潟県生まれ。第84回BE・LOVEマンガ大賞「スーパーキャラクターコミック」部門 部門賞受賞。既刊に『やおよろず』『これが私の中二病—勇者かよこの黙示録』『斎藤かよこの走りすぎ! 勘違いカーチューニング強制体験レポート』など。現在はBE・LOVEで『ボウテン』の塔子のその後を描いた『やめちまえ!PTAって言ってたら会長になってた件』を連載中。
斎藤かよこ氏のTwitter:@cocoan_
- 取材・文:大谷道子