吉原の店主が明かす「コロナで激変したこの町のいま」 | FRIDAYデジタル

吉原の店主が明かす「コロナで激変したこの町のいま」

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吉原にある店の内部。客足は徐々に戻っているという
吉原にある店の内部。客足は徐々に戻っているという

東京、浅草の外れに、日本最大級のソープランド街「吉原」がある。住宅街の一角に、140店超のソープランドがひしめく通りがこつ然と出現するのだ。

新型コロナウイルスの感染拡大が起こった際、小池百合子東京都知事がホストクラブなどとともに真っ先に名指ししたのがソープランドだった。これによって、数カ月前までは東京五輪の追い風もあって空前の売り上げを叩き出していた街は、いっぺんに地獄に叩き落とされる。

新型コロナウイルスの感染拡大から1年。あの町で何が起き、何が変わったのか。遊郭街を起源とする吉原における、激動の1年をたどってみた。

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日本各地で新型コロナウイルスが猛威を振るう3、4ヵ月前の19年年末、吉原は近年稀に見るほどの景気の良さだった。東京五輪を前にして人々の懐のひもが緩んでいたのに加え、インバウンドの観光客が増加していたためだ。

その売り上げが急減したのは20年2月に入ってからだ。中国で新型コロナが流行したことで外国人観光客が姿を消し、日本人客も潮が引くようにいなくなっていった。3月に入ると、どの店も売り上げは例年の半分以下だった。

4月には、緊急事態宣言の発令が時間の問題となった。だが、吉原の各店が加盟する浅草防犯健全協力会からは、「ソープランドは都の休業要請から外れるだろう」との楽観論がつたわってきた。個室での一対一のサービスであるため、「密」に当たらないとしたのだ。

しかし、小池都知事の会見は、それを裏切るものだった。都知事が自ら、ソープランドを名指しして休業を要請したのだ。

経営者たちにとって、それは寝耳に水だった。吉原のソープランドは、土地の利害関係が非常に強い。かつて遊郭を経営していた一族が土地や店舗を所有しているケースが大半で、経営者は一族に毎月賃料を払って店舗経営をしている。

個室が5、6室の小さな店で月に100万円前後、大型店だと300万円くらいが相場だ。人件費や広告費等を含めると、月に1000万円の売り上げがあっても、800万円くらいの経費がかかる。休業すれば月に数百万円の赤字は必至だ。

19年に設立された「浅草地域特殊浴場暴力団等排除推進協議会」の理事を務める、田島洋一(仮名)は次のように語る。

「組合からの通達もあったので、緊急事態宣言と同時に吉原の店の大半はシャッターを下ろしました。うちのような大衆店でも月に200万円くらいの赤字なので、大型店はもっとでしょう。闇営業になるんですかね。その中でも10店くらいは密かに営業していました。表向きは休業しているんですが、常連さんをこっそり呼び込んでサービスをする。後で聞いたところでは、こういう店はボロ儲けしてたみたいです。

吉原の店は『1ヵ月の休業なら何とかなる』と考えて踏ん張っていましたが、途中で宣言の延長が決まった時点で、『さすがにもう無理』と考え、どの店も要請を無視する形で営業再開しました。

赤字に耐えられなかったのはもちろんですが、女の子の給与は歩合制なんでまったく収入がない状態がつづいていました。なので、彼女たちの方から、『早く働きたい』と言われていましたし、他店が営業しているのにうちだけが休業していれば、女の子は他店に流れてしまいます。なので、ほぼ一斉に5月初旬から営業再開したんです」

1ヵ月の休業で協力金100万円

店も女性も、1月~3月の顧客の減少で、何カ月も収益のないまま持ちこたえるだけの余力がなかったのだ。とはいえ、5月になって営業を再開しても、すぐに客がもどってくるわけではなかった。当時、田島は「スウィートキス」と「プレシャス」という2店を経営していたが、前者のみを営業再開し、後者はもう1ヵ月休業を延期して都の協力金100万円をもらった上で閉店することを決めた。田島は言う。

「コロナのせいで休業に追い込まれたのは、吉原の140店のうち20店ちょっとくらいでしょうか。大半が店の賃料がネックでした。土地の所有者が理解を示して、賃料を半額にしてくれたりすれば経営を維持できるのですが、そうじゃなければ閉店に追い込まれるという感じでした。うちが乗り切れたのも賃料を半額にしてもらったおかげです」

1ヵ月の休業で7店に1店が閉店に追い込まれたというのが、厳しい現実を物語っている。

吉原に客がもどってきたのは、延期された非常事態宣言が終了した5月の末以降だった。6、7月は例年の8割くらいまで回復した。

昔は店がスポーツ新聞やアダルト雑誌に広告を出して客を呼んでいたが、最近は女性が自らSNSを駆使して男性客に営業をかけることが多い。休業を余儀なくされていた女性たちが、生活費を稼ぐために一斉に営業をかけたのが大きかったのだろう。

閉店によって空いた店にも、よその歓楽街のソープランドグループが進出するなどして埋まりはじめた。もともと吉原は古くからある吉原系の店が大半を占めていたが、コロナ禍がきっかけとなって風穴があき、ソープランドの総本山への進出を果たす店が続出したのだ。

ちなみに、風俗が「もうからない仕事」になったと言われて久しい。それでも風俗の中でソープランドはもっとも稼げる業態とされるが、吉原ではどれくらいが相場なのだろう。

現在、大衆店の料金は1時間1万~2万円ほど。中級店で2万~5万。高級店で6万円以上だ。おおよそ半額が、女性の取り分となる。女性は人気があれば日に8時間働いて6、7人がつくが、そうでなければ4、5人。平均して5人くらいだろう。

これで計算すれば、大衆店の場合は日給平均3万円、中級店は平均7万円、高級店の場合で15万円くらいだ。大衆店や中級店で、月15日勤務(客数は70~80人)で、50万円~100万円が相場だと言える。この金額を安いとみるか、高いとみるかはそれぞれだが、福利厚生やボーナスは一切なしで、交通費等の経費はすべて女性の負担である上に、後述のように現在はコンドーム未使用の店が多いことを考えれば、決して「割のいい仕事」というわけではない。田島は語る。

「想定外だったのは、夏からお客さんの数がガクンと減ったんです。その後もどんどん減りつづけて、繁忙期であるはずの12月は散々で、通年の6割くらいまで売り上げが落ちました。女の子たちの手取りも通常の半分くらい。店としても、いろいろ切りつめても赤字ギリギリです」

人気の「ノー・スキン」

店内には洗浄液や消毒液などがそろう
店内には洗浄液や消毒液などがそろう

二度目の緊急事態宣言の前なのに、なぜ客が減少したのか。それは、コロナ禍で吉原にくる顧客の特性が大きく影響している。

近年、吉原のソープランドでは「ノー・スキン」と呼ばれるコンドーム未使用の店が人気を博していたという。

田島によれば、コロナ禍で吉原にもどってきた客の多くはノー・スキン派の人たちだったという。こういう人たちは感染症(性感染症を含む)に対する意識が希薄な傾向があるゆえに、コロナ禍での遊びを気にしない、と田島は続けた。

一方、田島の経営する店はコンドーム着用を義務付ける店だった。こういう店の客は、新型コロナも含めて病気に対する意識が高いため、コロナ禍での遊びをひかえる傾向にある。ゆえに夏以降、田島の店は売り上げが下がりつづけたのだ。田島は言う。

「うちとしては、女の子をモノのように扱いたくない。女の子の側に立つ意味でも、お客さんにコンドームの着用をお願いしているんです。

でも、コロナ禍の吉原の現状は、それとは真逆です。ノー・スキンの店は儲かって、そうじゃない店は減収で追いつめられる。店を守るには、うちもノー・スキンに切り替えるしかないのかなと考えることもあります」

店がノー・スキンに切り替えれば、女性が様々な不利益を被るだけでなく、違法行為を拡大させる危険もあるという。

ソープランドの求人は、自ら求人広告を出すか、スカウト会社を利用するかして行われている。前者は合法だが、後者は法律や条例で禁じられている違法行為だ。ただ、「闇のスカウト会社」は存在し、歓楽街で声をかけたり、ネットで誘い出したりして、店に女の子を紹介する。その女性が稼いだ10~15%が半永久的にスカウト会社の取り分だ。

店がノー・スキンをはじめようとすれば、女性から拒否されて断られることが多くなるので、求人広告費がかさむ上に、嫌がる女の子に対してあの手この手をつかって説得しなければならない。店はその手間暇をかけたくないので、スカウト会社に頼むことが増える。つまり、違法行為が余計に横行することになる。田島は言う。

「新型コロナが流行してから、明らかに求人にくる女性は変わりました。エッと思うような女子大生が増えましたね。あと風俗初体験という女性も増えました

不景気が影響しているかどうかはわかりませんが、風俗初体験の女性に体を壊すリスクを背負ってノー・スキンで働いてもらうのは気が引けます。でも、ビジネスの面ではいたし方ない面がある。

うちはこれまでスカウト会社をつかってきませんでしたが、ノー・スキンに切り替えようとすれば、利用も検討せざるをえなくなるかもしれません。それが今おかれている現状です」

本稿では、風俗の是非について議論をするつもりはない。ただ、これまで風俗店で妊娠した子を出産して遺棄したり、性感染症になって苦しんだりする女性のルポルタージュを書いてきた経験から言えば、コロナ禍の吉原では、女性がより大きなリスクを背負う状況になりつつあるのは確かだ。

吉原のソープランドは、日本の風俗街の象徴的存在であるぶん、風俗店の中では労働環境はそれなりに守られていると言われている。実際に暴力団とのかかわりやボッタくりもほとんどない。その吉原でさえこうした状況に陥っているのならば、他の業態は言わずもがなだろう。

もうすぐ二回目の緊急事態宣言が明け、政治家のいう「人類がコロナに打ち勝った証の東京五輪」へ向かおうとしている。コロナ後の吉原の姿は、本当に「勝った証」と言えるものになるのだろうか。

  • 取材・文・撮影石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

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