ホテル清掃、七草収穫…選抜初出場の三島南ナイン「もう一つの顔」 | FRIDAYデジタル

ホテル清掃、七草収穫…選抜初出場の三島南ナイン「もう一つの顔」

21世紀枠・三島南高校野球部員は「野球漬け」で甲子園に来たわけではなかった

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2点を追う6回裏、三島南は1死三塁から小堂湧貴がセンターにタイムリーヒットを放ち、1点差につめよったが、及ばなかった(写真:共同通信)
2点を追う6回裏、三島南は1死三塁から小堂湧貴がセンターにタイムリーヒットを放ち、1点差につめよったが、及ばなかった(写真:共同通信)

アルバイトを奨励する理由

21世紀枠で選ばれた静岡県の三島南高校。大会二日目の第2試合で山陰の強豪私立、鳥取城北高校に敗れた。先制点を挙げ、終盤までは1点差で粘る惜敗だったと言っていい。

「監督のボクがダメだなぁ」

ゲーム終了から数時間経った電話取材で稲木恵介監督は悔やんでいた。

「弱者の兵法」をいくつかトライした。

八回、無死からヒットで出たランナー。四番打者の初球に走らせたが盗塁失敗に終わった。九回表は好投していた2年生の先発に代えて、3年生を登板させた。リリーフ成功、最終回逆転を狙ったが、四球から自滅して逆に3点を追加された。

相手にアッと言わせようと積極果敢に試した。野球の作戦の半分は失敗する。夏への糧になったはずだ。

「選手は楽しんでました。こんな素朴なチームでも、やれることを証明できましたかね…。キビキビしていて、いいチームだった、と球場を出るときに関係者の皆さんに言ってもらいました」

三島南はほんとに、普通の県立高校だ。だけれど、いろんなユニークな特徴がある。まず開かれた学校だ。文字どおり、校門に柵を設けてない。気軽に訪れたとしてもあまり、不審がられない。

こんな特徴もある。校内は上履きがない1足制。制服は著名デザイナーの森英恵さんのデザインによる。携帯使用は昼休み中など授業中以外が基本、OKなのだ。普通は校舎内、敷地内禁止のところが多いはずだ。「新しいものを取り入れていこう、挑戦していこうという気概がある学校なんですかね」と稲木監督はいう。

一歩間違えれば、自由の捉え方を誤った生徒が学校の風紀を乱す危険性もあるが、この学校にはそれが見当たらない。なぜなら、アルバイトを奨励され、社会人経験を持つ生徒が多いからだ。

三島南ナインは年末年始にアルバイトに励むという稀有な取り込みがある。まさか甲子園に出るようなチームがアルバイトをするというのだ。

稲木監督によるとアルバイトには3つのコンセプトがあるという。まずは現実的な点だ。

「強化するにはお金がかかります。県外に遠征に出るときに足りない金額を補うため。稼いだお金は部で徴収をして遠征費の一部にする」

選手自ら稼いだ身銭は無駄にしたくない。遠征を頑張れば強化になる、というわけだ。

2つ目はキャリア教育の一環にするということだ。以前は繁忙期の郵便局でやっていた。局員が来てくれて説明をして、その指示されたことに従っていた。でも、そんな働き方では意味があるのか、と監督はいう。数年前から、自分達で仕事を探して履歴書を書いて、面接のアポイントを取るところから始めたという。社会勉強を高校生のうちにやる。それをグラウンドに持ち帰ってくれた方が、意味がある。大学生になった時の本格的なアルバイトや就職した時のためのキャリアになるとしたら、同世代に先んじることができる。

そして3つ目。最近は野球教室などの振興活動をやっていて、野球部の存在が地域に認知されてきた。さらにもっと、高校生が地元の企業に顔を出して働いていることが地域活性になるのでは、と監督は考える。

「野球やってる高校生が、あけましておめでとうございます、なんていうと活性化してると思うじゃないですか」

仕事は各自がそれぞれ、見つけてきたものだ。

ホテルの清掃をした、というのは鳥取城北戦で5番・レフト、先制点につながるヒットは放った山田駿選手だ。

「センバツ中も大阪のホテルに滞在しました。いろんな役割があって、我々を支えてくれた方がいたことを再認識しました。皆さんに感謝したい」と自身の経験に重ね合わせた。

農家に行って七草粥の七草を収穫したというのはショートを守って、二番を打った深瀬暖人選手。年末の6日間、朝の8時から夕方5時まで、ダイコンなどを洗ったりパック詰めをしたという。畑での作業、肉体労働でそれなりに疲れた、と笑う。バイト料のうちの1万円を部費に。他は親に預けたり自分の貯金に回したという。

「高校1年(12月時点)で初めてアルバイトをして楽しかった。他人と一緒に仕事をするという場で、協調性を学んだ」

それは野球という競技に生きるに違いない。

また、セカンドを守った古川龍選手は地元の伊東市のホテルで客室清掃を担当した。ゴミを集めたり、ベッドメーキングをしたり。社会に出る前の高校生という立場で経験できたことは自分を見直す機会になったという。

「目上の方への礼儀、挨拶をきちんとできるようにしないと。周りの人が喜んでくれることを、自分で考えて出来るようになったかな」と話す。

「普通の高校生は隠れてアルバイトをやってることが多いですが、うちは夏、冬、春の休みは許可制でやってます」

稲木監督は学校内の担当課長で全校生徒のハンコを押すのだそうだ。

独自の取り組みの本気度が違う

三島南は個人の進路に科目を選択できる単位制を取り入れる高校だ。野球部員はスポーツ科目を選択する生徒が多い。「トレーニング実践」という科目では筋トレや綱渡りを習得する生徒が多いそうだ。

「スポーツ概論」という座学では例えば「先頭バッターは活躍できるのか」ということを科学するのだという。スコアブックを元に調べて、卒論風に発表するという。『あるある』の実証だ。

野球部自体の練習もちょっと変わっている。

平日の全体練習は水曜日だけ、週に1回だ。水曜日以外は部員をバッテリー組みなど3つに分ける。一つはジムに行く。あと二つがグラウンドに残り、グループごとの練習をする。そして火曜日は練習休みだ。

練習メニューもICT(情報通信技術)を駆使する。フリーバッティングではタブレットなどで動画を撮って、すぐに再生してスイング軌道、ヘッドスピードをチェックする。比べる数字があると人は興味を示すのだ。

雨の日は空き教室を使う。アイパッドでプロ野球投手のキャッチャーの目線画像、審判カメラ画像を取り出す。電子機能付きプロジェクターがあるので、それをスクリーンに映して、バッターボックスに立ってる想定をして素振りをするのだ。ごくたまに昭和的なタイヤ押しなどをやるそうだが、長時間の猛練習はほとんどない。トレーニング的なことはジムに任せている。

ごく普通の学校が、独自の取り組みをして夢の甲子園を手にした。

21世紀枠は毎年、予想が難しい。前評判に上らない高校が選ばれたり、本命が漏れたり。今年はセンバツの出場校を決める選考日が近づいた頃、こんな噂が伝わってきた。静岡県内の記者は三島南が選ばれる、と信じ切っていたと言うのだ。

それは稲木監督のこんな言葉からも確信めいたものが感じられた。

「過去に推薦理由でボランティアとか、野球教室が挙げられますが、うちは本気度のレベルが違うと思ってやってます」

さまざまな地域貢献、アルバイトでの地元人々との交流が三島南の原動力になっている。甲子園初勝利はならなかったが、得難い経験とともに、ナインの礎になって夏の大会、そして将来に生きるはずだ。

  • 取材・文清水岳志

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