満身創痍の鶴竜 引退後の悲願は「亡き恩師との約束」実現 | FRIDAYデジタル

満身創痍の鶴竜 引退後の悲願は「亡き恩師との約束」実現

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19年7月場所で6度目のVを達成した鶴竜。これが最後の優勝となった(画像:共同通信社)

相撲どころ四股を踏めない深刻な状態だった――。

3月24日に引退を発表した横綱・鶴竜(35)。師匠の陸奥親方(元大関・霧島)は、報道陣に引退にいたった理由をこう説明した。

「体のことは自分にしか分からない。(相撲がとれず)本人が一番苦しい。今朝、稽古が終わった後に『辞めます』と言ってきましたから」

ケガで休場が続く状況に、昨年11月場所後に横綱審議委員会は「引退勧告」に次いで重い「注意」を決議した。だが今場所は直前の稽古で左足を痛め、初日から休場。5場所連続の休場となった。

「何度も故障している右ヒジの具合が、相当悪いようです。昨年初めには白血球の数値がハネ上がり、体調を崩したこともあります。今でも復調せず、土俵に上がれない状態だとか。現役を続けるべくリハビリを重ねていましたが、いっこうに良くなる気配がないため、引退を決意したのでしょう」(相撲協会関係者)

日本国籍取得で開けた第二の人生

鶴竜は、横綱の特権で引退後5年間は現役時代の四股名で親方になれる。

「鶴竜は日本への帰化申請がなかなか許可されず、親方になれるか危ぶまれていました。ようやく昨年12月の国籍を取得。指導者としての地位が保障されたのも、引退を決意した一因だと思います。以前から鶴竜は、若手の育成に意欲的でしたから。

師匠の陸奥親方は、後3~4年で定年を迎える。それまでは『鶴竜』の名で部屋付き親方を続けるでしょう。師匠の定年後は、陸奥部屋を継ぐことになるはずです」(同前)

親方になった鶴竜には、さらなる野望がある。

「恩師との約束の実現です。鶴竜が入門した時の師匠は、井筒親方(元関脇・逆鉾)でした。モンゴルでNHKの相撲中継に魅せら手紙を送り、入門が許されたんです。井筒親方は、鶴竜をねばり強く育ててくれた。その尊敬する師匠がすい臓がんで他界したのは、19年9月でした。亡くなる直前、親方は鶴竜にこう話したそうです。『部屋を継げるのはオマエしかいない。頼んだぞ』と。井筒部屋は親方が亡くなったため、閉鎖されてしまいました。部屋の再興は鶴竜の悲願なんです。

『井筒』の年寄株は現在、親方の遺族が持っています。株を譲り受けるのは、簡単なことではありません。しかし横綱在位41場所でケガと戦い続けた鶴竜なら、立派な師匠になり、井筒部屋を継承することも考えられます」(スポーツ紙担当記者)

鶴竜は01年にモンゴルから来日し、6度の優勝を果たした。現役力士としては幕を下ろすが、第二の人生でも大きな夢を実現しようとしている。

  • 写真共同通信社

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