ぼっち飯の元祖・久住昌之氏が語る「コロナ禍の一人飯の魅力」
「今は朝からサラダを作っています(笑)」
「最初の緊急事態宣言のころはテイクアウトを利用していたけど、今は7時に仕事を終えて、それから一人飯を楽しんでいます」
こう言うのは、『孤独のグルメ』の原作者・久住昌之氏。新型コロナウイルスで生活スタイルがすっかり変わったという。
夜型から朝型に! コロナ禍で生活が一変
「僕はいつも一人で仕事をしているから、仕事の時間も自由。だから、遅くまで寝ていて、夜11時や12時まで仕事をして、近所のお店でちょっと飲んで帰るのが日常だったんです。
けれど、去年、緊急事態宣言が出て、それができなくなった。あのときは、本当にコロナが怖かったから、好きなお店がテイクアウトを始めたら、応援する意味も込めて、テイクアウトを買っていたんです。
でも、だんだんどんなことに気をつければいいかわかってきたし、こういう生活は長く続くなと思ったんです。お店も前と同じ営業形態になるまで時間がかかるな、と。ワクチンを接種するようになっても、きっと元の生活には戻らないだろうな、と。
2度目の緊急事態宣言が出て、夜7時までしか飲めなくなったとき、これは自分の生活も変えなくてはいけない。7時までに仕事を終えるようにしようと思って、朝から仕事をすることにしたんです。
そうすると昼起きていたのが朝ごはんを食べるようになる。最初はパンとコーヒーだけだったんだけど、目玉焼きとか作るようになって、そのうちサラダとかも作って。だんだん大げさになってきました。でも、トシだし、こういう生活のほうが健康のためにもいい(笑)」(久住昌之氏 以下同)
久住さんのお店選びの基準の一つ
そもそも久住さんが一人飯を楽しむようになったのは、高校を卒業してから。大学時代、毎週土曜日の午後から夜まで講義があり、途中の夕食休憩のとき、勇気を出して、一人でお店に入ってみた。そうしたら、そこにはほとんどの人が一人で来ていて、しかも、安くて、おいしい。それから毎週一人で食べに行くようになり、それが『孤独のグルメ』の原点になったという。
近著『面(ジャケ)食い』には、その昔、ジャケットだけを見てレコードを買ったように、旅先でお店の外観だけを見て「勝負」に出たときのエピソードが綴られている。“美味しかったら勝ち、期待を裏切られたら負け”。
久住さんのお店を選ぶときの基準の一つは、そのお店が長く続いているお店かどうか。長く営業していれば、長く愛されているということで、料理が美味しいのだろうと思えるから。
「でも、長くやっているかどうかは見ただけではわからない。
ビルの1階に入っているお店だって、最初は一軒家でやっていたのが再開発でビルに入ったのかもしれない。『どうなのかな~』と考えて。
もちろん失敗もありますよ。でも、それを繰り返していくうちに、自分がどういうお店が好きなのかわかってきます。
チェーン店はイヤだという人もいれば、チェーン店だから安心できるという人もいる。どんなお店が好きかは人それぞれ。自分がリラックスできるお店を探せばいいんです」
一度行っただけでネットに感想を書き込むのは「傲慢」
ネットで調べれば、いくつものお店が検索できる現代。けれど、久住さんは決してグルメサイトを利用しない。
「ネットで検索すると、そこで紹介されている料理をつい頼んでしまう。ほかにおいしいものがあるかもしれないのに。
何よりイヤなのは、初めてそのお店に行った人があれこれ感想を書き込むこと。
お店にとって大切なのは常連さんなんです。あの人は月に○回来てくれる、この人は……という人たちがいるから、売り上げの予測が立てられる。お店はそういう客に支えられている。繰り返し来てもらうために、日々がんばっているんです。
僕は旅先で初めてのお店に入ることが多いけれど、いつも『初めまして。食べさせていただきます』という気持ちです」
様子見で「ビールと餃子」。それで次の一手を考える
とはいえ、謙虚な気持ちで入っても「あれ?」と思うことはある。久住さんは最初にビールと餃子を頼むことが多いが、
「それで様子を見ようと。いわば時間稼ぎ(笑)。それを食べながら、この店で何を頼むべきか考えます」
口に合わなかったら、それで出ていくことも?
「出ては行かないです。『こういう餃子なんだ』と思いながら、次の一手を考える。
外国に行ったとき、自分にはおいしくないと思うものもあるじゃないですか。初めて日本に来た外国人が納豆を食べて、日本食はまずいと思ったらイヤでしょう。ほかにもおいしいものはありますよ、カレーはどうですか? とか。
『これは避けたほうがいいのか。じゃあ、あれはどうだろう』と考えながら注文するのも楽しいじゃないですか」
そう。久住さんはメニュー選びを楽しんでいる。
一人で食事に行くと、料理が出てくるまで手持無沙汰になったり、そそくさと食べて出て行ったり、どうも食事を楽しむという感じにならない。『孤独のグルメ』の主人公・井之頭五郎も、お店に入って店内の様子を観察したりしているではないか。久住さんもいろいろ観察しているのか?
「別にがんばって観察しようなんて思ってないです。おなかが空いているんだから、料理が出てくるのを、ただ、ぼんやり待っているだけ。店の中を眺めながら待つのも楽しい時間ですよ。がんばって食べても美味しくない」
在宅ワークが推奨される今だからこそ一人飯
「何人かで行くと、食べたいものがバラバラで、自分が行きたいお店に行けないこともある。いちばんつらいのは、様子見で頼んだ餃子を食べた相手に、『イマイチだね』とか言われること。一人だったら、苦笑いしながら、次のことを考えられるけど、オイシクナイという相手に『我慢しよう』とは言えないでしょう。
自分がリラックスできるお店で、自分が食べたいものが食べられる。これが一人飯の良さだと思います」
緊急事態宣言が解除されても、みんなでワイワイ食事を楽しむことは、まだまだできない。在宅ワークも続きそうだ。毎日家で食事を作るのもたいへん。となると、一人飯の機会は必然的に増えそうだ。
「お店の人もそれをわかっているから、一人で入ってきたら、一人で食べやすい席に案内してくれますよ、日本は。
ちょっと勇気を出して入ってみればいいんです。よかったら、また行けばいい。そしたら店主はうれしいはず。
僕はライヴ活動を続けていて、初めて来てくれた人が、また来てくれたら、『僕らの音楽を気に入ってくれたんだ』と思えて、とてもうれしい。普通のことですよね。
何度か行けばお店の人とも顔なじみになって、どんどん居心地がよくなっていく。僕も最近、いい店を見つけましたよ。それまで『どうなんだろう』と思っていたけど、入ってみたら、思いがけず居心地がよかった。行くたびに、美味しいメニューもわかってきて、もっと居心地がよくなる。考え過ぎず、井之頭五郎になった気で『ここ、入ってみますか』とか心で呟いて、暖簾をくぐればいいんです」
コロナ禍で人との触れ合いが少なくなったが、お気に入りの店を見つければ、お店の人と仲よくなって、常連客同士のつながりもできる。コロナ禍の今こそ一人飯で人間関係を広げるチャンスかもしれない。
久住昌之(くすみまさゆき) 1958年、東京都生まれ。1981年、漫画家デビュー。その後数多くの作品を発表。近年では人気ドラマになった『孤独のグルメ』『花のズボラ飯』『食の軍師』などの原作も手がける。エッセイスト、ミュージシャン、切り絵師など幅広いジャンルで活躍。近著に『面食い』(光文社)。
- 取材・文:中川いづみ
- 撮影:岡田こずえ
ライター
東京都生まれ。フリーライターとして講談社、小学館、PHP研究所などの雑誌や書籍を手がける。携わった書籍は『近藤典子の片づく』寸法図鑑』(講談社)、『片付けが生んだ奇跡』(小学館)、『車いすのダンサー』(PHP研究所)など。