井上陽水『Tokyo』に暗躍した「あの大物音楽家」とは | FRIDAYデジタル

井上陽水『Tokyo』に暗躍した「あの大物音楽家」とは

スージー鈴木の「ちょうど30年前のヒット曲」、今回は「トホホ」なエピソードから誕生した井上陽水の名曲!

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1975年4月、フォーライフレコード設立の記者会見で。右から吉田拓郎、小室等、井上陽水。いちばん左は誰でしょう
1975年4月、フォーライフレコード設立の記者会見で。右から吉田拓郎、小室等、井上陽水。いちばん左は誰でしょう

ちょうど30年前のヒット曲を紹介していきます。今回は、ちょうど30年前=1991年3月発売の井上陽水『Tokyo』。あの丸い声で「♪銀座へはとバスが走る」と歌われる、あの曲。

上の写真は、『Tokyo』から更にさかのぼること16年、1975年に、井上陽水が「フォーライフレコード」を立ち上げたときの記者会見の写真。井上陽水は左から2人目。では、いちばん左側の男性は、果たして誰でしょうか?

『Tokyo』に話を戻すと、シングルとしては、1991年3月の発売ですが、前年発売の大ヒットアルバム『ハンサムボーイ』に収録されていました。『少年時代』が入っているアルバムとして記憶されている方も多いかと思います。

『Tokyo』『少年時代』以外にも、このアルバムには『最後のニュース』という曲が収録されています。これはおそらく、40代以上の方にはよく知られた曲でしょう。筑紫哲也がキャスターを担当していた頃のTBS『NEWS 23』のエンディングテーマ

実はこの『最後のニュース』から、『Tokyo』につながる人間模様が始まります。そして前回に続いて、今回もまた、あのレジェンドが絡んでくるのです。

 

1989年、井上陽水は、『NEWS 23』側から、エンディングテーマだけでなく、オープニングのジングルの制作も依頼されます。それを受けて井上陽水は、コーラスのアレンジを大滝詠一に発注、井上陽水と大滝詠一が顔合わせをすることになったのですが、大滝詠一はその場に、なぜか、もう1人の男を連れてきます

その男の名前は――平井夏美。

南国系の華奢な女性のような名前ですが、本名:川原伸司というれっきとした男性。ビクターやソニーなどのレコード会社に勤めながら、「平井夏美」名義で、松田聖子『瑠璃色の地球』(86年)などの作曲を手掛けた人です。

顔合わせは無事終了して、一週間後にいざ録音という段になるものの、なぜか、大滝詠一がドタキャン。何と、スタジオに来なかったのです。

おいおい、って感じのエピソードなのですが、天の配剤とでも言うのでしょうか、ここで井上陽水と平井夏美は、一気に意気投合します。というのは、この2人にはビートル・マニアという、強烈な共通項があったのです。

井上陽水のビートルズ好きは有名ですが、片や平井夏美も、大滝詠一とともに、金沢明子『イエロー・サブマリン音頭』(82年)を手掛けた日本有数のビートル・マニア。

『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)という本には、平井夏美のこんな言葉が残されています――「二人のOSがビートルズということで一緒ですからアプリケーション的には動きやすい(笑)。のびのびやりましたね」。

そうして井上陽水と平井夏美は、『NEWS 23』のオープニング・ジングル(傑作!)だけでなく、いくつかの新曲も一緒に作りました。それが『少年時代』であり、今回の『Tokyo』だったのです。

という事実を知りながら、この2曲を聴いてみると、実にビートルズ的(=「ビートリー」)なことが分かります。『少年時代』には、『レット・イット・ビー』など、ビートルズ、特にポール・マッカートニー・テイストに満ち溢れている感じがします。

では『Tokyo』は? こちらは初期ビートルズのアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』(63年)に収録された『ティル・ゼア・ウォズ・ユー』の香りがぷんぷん。当然メロディは全然違うので、盗作云々という話ではないのですが、コード進行がとても似ています。

まず両曲ともキーがF。そして歌い出しからコードがF→F#dimと展開する。このF#dim(エフ・シャープ・ディミニッシュ)が個性的な響きで、両曲を引き寄せます。『Tokyo』の(♪銀座に)「はとバスが」のところと、『ティル・ゼア・ウォズ・ユー』の(♪There were bells on the)「hill」のところの響き。

ご興味ある向きは、試しに『Tokyo』をかけながら『ティル・ゼア・ウォズ・ユー』の冒頭を歌ってみてください。またF→F#dimについては、ピアノで「ファ・ラ・ド」→「ファ#・ラ・ド」と、親指の位置だけを変えて押さえてみると、響きが体感できるはずです。

 

井上陽水×ビートルズで、私がいちばん好きなエピソードは、山本コータロー『ぼくの音楽人間カタログ』(新潮文庫)に書かれているものです。1970年、山本コータローと、まだ「アンドレ・カンドレ」と名乗っていた井上陽水と、あるアマチュアの映画監督が、東京世田谷の住宅街を歩いていたときのこと。

――夜も更けていた。静まり返った住宅街を、陽水とぼくとその監督とで歩いた。
「ビートルズでも歌いませんか」

陽水がそう切り出した。その友人の家までは歩いて二十分くらいあるということだった。

陽水は、一歩先に歩きだして一人で歌いだしていた。

「ロング・アンド・ワインディング・ロード」だった。豪徳寺あたりは、まだ星空が見えていた。夜空に吸いこまれるような美しい高音。(中略)ぼくは、あの時の陽水のあの歌声を聞いている、というだけで、今の自分のやってきたことが間違いではなかったと思っている。

最後にどうでもいい話。井上陽水『Tokyo』のシングル発売は、大滝詠一『A LONG VACATION』の発売からちょうど10年となる、1991年3月21日のことでした。そして大滝詠一は、写真のいちばん左にいる男性と同い年でもありました。

  • スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。

  • 写真共同通信社

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