メダリスト有森裕子さんに聞く「ジェンダーレスとオリンピック」 | FRIDAYデジタル

メダリスト有森裕子さんに聞く「ジェンダーレスとオリンピック」

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女子マラソンが公式種目になったのは…

オリンピックの花形競技といえるマラソン。しかし、女子マラソンの歴史は意外と浅く、1984年のロサンゼルスオリンピックで初めて女子マラソンが公式競技になった。男性によるマラソンが1896年の第一回オリンピックから行われてから、実に90年近くの時間が経っている。女子マラソンがこれほど長い間正式種目にならなかったのには、どんな背景があったのだろうか。

1992年のバルセロナオリンピック女子マラソンで銀メダルを獲得。陸上女子では1928年の人見絹枝選手以来、実に64年ぶり!(写真:アフロ)

女性をオリンピックから排除すべきと考えられていた時代も

「それは性差別ではなく、1928年のアムステルダムオリンピックの女子800mでバタバタと選手が倒れ、中長距離は女子には過酷だということになったんです」

こう言うのは、女子マラソンで1992年バルセロナオリンピックで銀、’96年アトランタオリンピックで銅メダルを獲得した有森裕子さん。

1992年のバルセロナオリンピックで銀メダル。続く’96年のアトランタオリンピックでも銅メダルを獲得し、このとき「自分で自分を褒めてあげたい」という名言が生まれた(写真:アフロ)

アムステルダムオリンピックの女子800mは、日本女子で初めて人見絹枝さんがメダルを獲得した記念すべきレース。このとき9人中6人がレース後倒れたと報道されたが、それが誤りだったという説もある。にもかかわらず、IOC(国際オリンピック委員会)が訂正しなかったのは、女性の参加を快く思っていなかった可能性がある…というのだ。

近代オリンピックの父と呼ばれるクーベルタンは、IOCの機関誌の署名入りの記事で、女性の競技スポーツについて、「非常識で、興味をひくものではなく、美的でもない」と書いただけでなく、女性がオリンピック大会に出場することは何かの間違いで、オリンピックを偽物(pseudo-Olympiad)にすることだと語ったと言われている(※)。

今は、女性もほとんどの競技に参加できるが、それは先駆者たちの並々ならぬ闘いの結果だ。

女性が42.195㎞を走れることを証明したのは、キャサリン・スウイッツァーだ。彼女は1967年に行われたボストンマラソンに性別を明記しないまま参加。これがきっかけとなって、女性もマラソンに参加するようになり、女子マラソンが1984年にオリンピックの正式種目になった。この間、なんと17年! この最初の大会に出場したのが、現在解説者として活躍する増田明美さんであり、2009年に亡くなった佐々木七恵さんだった。このとき有森さんは高校1年生。

笑顔でゴールしたロザ・モタ選手を見て

「当時、私は800mの選手でしたが、オリンピックなんて考えられないレベルの選手でした。マラソンに興味をもったのは、1988年のソウルオリンピックで優勝したポルトガルのロザ・モタ選手の表情を見たとき。当時、ゴールに駆け込んでくる女性たちはみんな苦しそうだった。けれど、ロザ・モタ選手は満面の笑顔でテープを切ったんです。その笑顔を見たとき、マラソンの魅力を感じました。いったいどういう競技なんだろう、知りたいと思ったんです」(有森裕子さん 以下同)

1988年のソウルオリンピック女子マラソンで優勝したロザ・モタ選手。このときの笑顔が有森さんをマラソンに導いた(写真:共同通信)

大学卒業後、小出義雄監督のもとでマラソンを始め、’90年の大阪国際で初マラソンに挑戦。翌’91年の大阪国際で2時間28分01秒という、当時の日本最高記録を打ち立て、92年のバルセロナオリンピックに出場。女子マラソンが正式種目となって3回目の大会だ。

「当時は女性だからという差別も偏見も全然ありませんでした。一人のアスリートとして、気持ちよくレースできました」

ジェンダー問題は現場より組織に

「ジェンダーの問題は、現場より組織にあると思うんです。現場にはまだまだ圧倒的に男性が多い。監督もコーチも多くは男性です。だからといって、それが男女差別かというと、違うと思います。指導者になりたい女性がいるのに、現場に男性が送られてきているというなら問題ですけど、そうじゃないかもしれない。監督というハードな仕事を女性自身選んでいないということもあると思います。私の性格上、現場の指導者は男性が合ったと思います。女性同士で気を遣いすぎることもありましたから。 

女性特有の体の悩みを相談するために、女性のドクターやコーチは必要で、そういう面はかなり改善されてきていると思います。 

対して、組織は人事の面で、男女の割合とか、まだまだ問題はあると思います」 

JOC(日本オリンピック組織委員会)の会長には、新しく橋本聖子氏がJOC会長につき、構成メンバーも女性比率が40%になったが、

「改革するべき問題について時間をかけて話し合い、その結果女性を増やしたほうがいいということであれば、それはとても意味があることだと思います。

今回のようにオリンピックまで5か月しかない、コロナ禍の中にあってやるべきことは山積しているというとき、女性を増やすことが最優先課題だったのかは、疑問に思っています。いきなりこのタイミングで、ただ人数を増やしても意味がない。これで組織として何とするかが問題だと思います

確かに。しかし、3月24日、JOCは「アスリートへの写真・動画による性的ハラスメント」として、アスリートの盗撮、写真・動画の悪用などに対して取り組むことを発表した。女性が組織に加わることで、少しずつ環境が改善される兆しが見えている。

2018年、ビル・ゲイツ財団がSDGs(持続可能な開発目標)を実現するためにスポーツ庁とパートナーシップを結んだ。記者会見の席には森元JOC会長と有森さんの姿が(写真:アフロ)

ウィメンズ・ライツよりヒューマン・ライツを

「実社会でも女性ということで、イヤな思いをしたり、散々な目に遭っている方はたくさんいると思います。そういう問題は解決しなければならない。でも、ジェンダー問題で、女性の敵は男性だけではないんです。女性自身、固定観念に縛られて、たとえば○○男性委員会とは言わないのに、○○女性委員会という名称をつけられても、何も疑問に思わない。そういうことから意識していかなければいけないと思います。 

大切なのは、女性が女性の立場から“ウィメンズ・ライツ(女性の権利)”を主張するのではなく、女性も男性も一人の人間として“ヒューマン・ライツ(基本的人権)”を考えること。今、オリンピックを含め、国際大会の場でも、トランスジェンダーの人たちをどうするかが議論されています。そのような問題は“ヒューマン・ライツ”なしに考えることはできません」

2002年~2010年の9年間、国連人口基金親善大使として望まない妊娠を回避する活動などを支援。写真は2005年、ケニアを訪れたときのもの。ケニアのマラソン選手ポールテルガト選手と(写真:アフロ)

スポーツは感じる力を伸ばし、人を成長させてくれる 

今、有森さんが力を入れているのが、知的障害のある人たちに、さまざまなスポーツトレーニングと、その成果の発表の場を提供しているスペシャルオリンピックスだ。

「人間にとっていちばん大事なことは、感じる力を伸ばすこと。スポーツは、負けたり勝ったり、できなかったことができるようになることで、わかりやすい形で感じる力を伸ばすことができるんです。それによって、さまざまな変化が起き、成長できる。だからこそ、どんな世の中になってもスポーツがなくなることはないと思うんです。

運営組織には、男性も女性も割合同等、ジェンダー関係なくいます。理事は代々女性ですし。でも、私は男性とか女性とか気にしていないんです。一人の人間として、適材適所で職につけばいい。バルセロナオリンピックで銀メダルを取ったとき、『日本女性の陸上選手としては、人見絹枝さん以来のメダリストですね』とよく言われましたけど、『(日本女性ということではなく)メダルを受賞したのは有森裕子です』と答えていましたから」

東京2020オリンピック・パラリンピックでは「SDGs(持続可能な開発目標)」が掲げられ、「地球上の誰一人取り残さない」ことを誓っている。男女、人種、障がいの有無……あらゆる面で差別をなくしていこうと謳っている。

「世界中が注目するオリンピックは、メッセージを発信するのに最高の場。世界中の人々に届いてほしいと思います」

 

有森裕子 1966年岡山県生まれ。就実高校、日本体育大学を卒業して、(株)リクルート入社。バルセロナオリンピック、アトランタオリンピックの女子マラソンでは銀メダル、銅メダルを獲得。その後プロランナーに。2007年、プロマラソンランナーを引退。

国際オリンピック委員会(IOC)スポーツと活動的社会委員会委員、NPO法人ハート・オブ・ゴールド代表理事、スペシャルオリンピックス日本理事長、日本陸上競技連盟理事。他に国際陸連(IAAF)女性委員会委員、国連人口基金親善大使、笹川スポーツ財団評議員、社会貢献支援財団評議員等の要職歴任。2010年、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞。

参考文献:『スポーツ・ジェンダー学への招待』飯田貴子・井谷惠子編著 ※Boulongne,Yves-Pierre “Pierre de Coubertin and Women’s Sport.”in Olympic Review,February-March,2000.

  • 取材・文中川いづみ

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